第21話「茶封筒の中身」
モクモク、と湯気が上がる。ふつふつと弾ける音に電気ポットのスイッチが切れた。
準備万端なマグカップにお湯を注げば、インスタントコーヒーと躍る。
まだ混ざり合えてないそれらをマドラーでグルグルとかき回すと溶けていく。
マグカップをトレンチの上に3つ置けば、ソファで待つ2人の元へと歩み寄った。
「……はぁ」
「どうだったの?」
書類すべてに目を通し終わったのか、手に持ったまま、ソファに投げている。天井を見上げて、ため息を付いた。
コトッ、という音にチラッ、と見やる。テーブルにマグカップが置かれており、隣に座りながら、首を傾げる
「まあ、アンタが言ってたことは当たりだ」
「……外れることはないもの」
井上が嘘をついている、と断言した時のことを言ってるらしい。面倒くさそうで、覇気のない声音で言い放つ。
当たりはずれは、彼女からしたらない。けれど、はずれていて欲しかった事実には変わりはなく、残念そうに肩を落とした。
「?」
「ああ、先輩に調べてもらったのは不動産会社の人のことだ」
二人のやりとりになのか、資料の中身になのか、どちらにしろついていけていないのだろう。破魔は用意されたマグカップを大事そうに両手で持ち、不思議そうに目配せしている。
ソファの背もたれから離れ、マグカップに手を伸ばすと、その視線に気が付いたようだ。
忘れていた、とばかりに話すのは依頼内容だ。
(本当に理由も聞かずに帝くんの言われるがまま依頼したのね……怖い)
普通、手を借りるならば、事情を説明するのが筋だ。
それすらしていない帝と何も聞かずに受け入れて探偵に依頼した破魔に、満月は思わず、頬を引き攣らせた。
「ああ! 確か、今の家を借りる時に担当してくれた人だよね。覚えてるよ」
「
そんなことを思われているなんて露知らぬ破魔は、呑気にも明るく頷く。自分も関わったことのある人を調べていたことに疑問はないのは、人の良さなのか、否か。なんとも分からない。
帝はマグカップに口を付けて、温かいコーヒーを口に含むと、芳醇な香りが広がる。
喉をゴクッと鳴らして胃に流し込んで、調べるに至った経緯をまとめた。
「それで何が書かれてたの?」
「ああ、井上は捕まったことはないが、犯罪者だな」
どうしてそんなことが分かったんだろう、と疑問を抱えた目が彼女に向く。それに気が付いていても、反応するつもりはないらしい。いや、それよりも結果が気になるのだ。
急かすように問いかけると帝の眉間にシワが寄る。薄く開かれた口からは、淡々と語られた。
不動産会社の店員である井上正樹が真っ黒である、ということを。
「ぶっ!? ゴホゴホッ……!!」
「は、破魔先輩、大丈夫ですか?」
予想もしていなかった単語が飛び出る。
驚きから口に含んでいたコーヒーが全部吹き出してしまった。誰の顔にもそれを喰わらせなかったのは彼の技量だが、変なところに入り込んでしまったのだろう。咳が止まらずに、とても苦しそうだ。
気管に入ってしまったんじゃないか、と勘違いしそうなほど止まらない咳に、満月は背中をさする。
「ゴホゴホッ……! だ、大丈夫だけど……天堂さん、ッ、ゴホッ、お、驚かないの?」
「あ、えっと……薄々そんな気がしてたので」
少し収まってきたのか、息が吸えるようになったらしい。それでも、まだ苦しさは残っているのかもしれない。目にはジワリ、と涙が溜まっていた。
帝の爆弾発言に驚くこともなく、心配する彼女に疑問が浮かび、不思議そうに問いかける。
そう、彼が指摘する通りだ。普通は驚くところだ、と今、気が付いたのだろう。けれど、驚くにはタイミングを逃している。
うようよと泳ぐ目は自然と斜め上を向く。素直に打ち明けることも出来ただろうが、その勇気は持ち合わせていないのか、濁すことしか出来なかった。
それが今の彼女にとって精一杯の答えなのだろう。
「そうだったんだ……すごいなぁ」
「あはは……そ、それであの人は何をやったの?」
怪しい視線に気が付くこともなく、ただ感心する彼は純粋だ。
誤魔化すのが心苦しくなったのか、複雑そうな笑みを浮かべて、話を逸らすべく、本題へと戻す。
「……」
「帝くん?」
「…………アンタが体験したようなことだ」
投げかけられた問いに、しかめっ面だ。コーヒーを啜って黙り込んでいる。
帝らしいテンポ良い返事が、なかなか返ってこないことに、疑問が生じる。パチパチと瞬きをして、首を傾げる満月に、ジッと、見つめた。
重い唇がゆるり、と開く。彼の口から発せられるそれに大きく目を見開き、瞳を揺らしたのは言うまでもない。
「え!? ぼ、僕の家で何を体験したの!?」
「……」
「ハッ! ……ま、まさか……二人ってそういう関係!? あ、いや、で、でも、そ、そうだったとしても僕の家でいろいろするのはどうかと――」
あの家で体験したことといえば、霊体験という名の悪夢だ。
この一言に尽きるが、如何せん、帝は言葉が非常に足りない。
破魔は目を真ん丸にさせて顔を真っ赤に染める。それはもう、茹で上がったタコのようだ。
恥ずかしそうに、慌ただしく手振り身振りしている。
「……霊体験ですから、そんな顔を赤くしないでください」
何を勘違いしているのか、なんと分かりやすいことか。
なんせ、満月の目に映る少年は、興奮してキャハハウフフとしているのだから。
よからぬ事を想像していることは帝にも分かるらしい。勝手な妄想を繰り広げる先輩に二人は呆れた目を向けた。
これは、可哀想でも何でも誤解を解かなければならない、と肌で感じる。いや、普通に考えて解いておきたい誤解だ。
満月は深く、深く息を吐き出して、にっこり、笑う。
綺麗なその表情に似つかわしい言葉は、破魔が想像していたピンクな発想を一蹴するにはぴったりだったらしい。
ピシリ、と音を立てて身体を硬直させた。
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