第20話「部室に集合」
「音信不通だったのに急にどうしたの?」
「アンタの連絡先を知らないだけだ」
「……教えてなかった、ね」
二人の足は旧校舎――
若干、頬が膨らんでいるような気がするが、気のせいではなさそうだ。
文句言いたげな目を捨て置き、変わらぬテンポで歩く姿は実に帝らしい。両手をズボンのポケットに突っ込んで、答えるそれはあまりにも簡素だ。
それに返す言葉が見つからないのだろう。
「だから、探してたんだろ」
「あのねぇ、私だって毎日部室に行ってたんだよ? いなかったの帝くんの方じゃない!」
「ああ、大学に来てなかったからな」
「は、はい!?」
項垂れる頭をチラッ、と視界にとらえても、彼に罪悪感はない。だからこそ、ぶっきらぼうに吐き捨てるのだ。
探してやった、と上から目線に聞こえるのは、納得いかない。眉がピクピクと勝手に動くのを覚えつつも、睨みつけるが、効果は薄い。いや、全く効果はない。
それにまた何とも言えないムカムカ、とした感情が沸き上がる。厭味ったらしく反論をすれば、また衝撃を受けた。
探しても見つからない訳が、ここにあった。いないなら、見つかるわけがないのだから。しかし、まさか大学に来ていない、なんて誰が思うだろうか。彼女は大きな声を上げるが、開いた口が塞がらない。
「あ、
「あれ、
「
遠くから呼ぶ声が聞こえる。何事かとそちらに顔を向ければ、眼鏡をかけた生真面目そうな青年がいた。
A4サイズの茶封筒を片手に、ブンブンと元気良く手を振って駆け寄っている。
タイミングよく三人が集ったことに驚いてか、満月はキョトンとすると、破魔はニコッと無邪気に笑った。
「はい……突然、迎えに来てくれて」
「え、皇君が?」
「? そうですけど……」
困ったように眉を八の字にして、小首を傾げるが、言葉の端々はどことなく刺々しい。
けれど、彼にはその棘は伝わらなかったようだ。いや、そんなことよりも気になることがあったのかもしれない。目を真ん丸にさせて、意外そうにしている。
問いの意図がなんとも分かりづらい。破魔の心を視ても、同じ顔をしているだけで何も言わない。ますます分からず、瞬きの回数が増えた。
「天堂さんは頼りにされてるんだねえ」
「はい?」
「だって、わざわざ探すために出向くなんて珍しいから」
へにゃり、人の良さそうな笑みを浮かべるだけの彼に、理解が追い付かない。いや、会話が成り立ってないようにも思えるからこその反応だ。
噂で聞く彼女は、清廉淑女と言っていい。けれど、目の前で首を傾げるのは年相応――いや、幼くも見える。身近な存在に思えてか、それとも帝が心を許しているように思えてか、チラリ、と彼へと視線を向けて、口角を上げた。
「関係者を呼んだだけだ」
「関係者、になったんだね。私って」
「……例のモノは?」
「あ、これ。持ってきたよ」
話題を振られている当の本人は相変わらずだ。
それでも、その言葉が不思議なことにじわりと満月の胸をくすぐる。あれだけ、無関係だ、帰れ、と言われてきたからこそ、考え深いのかもしれない。口元が緩む。
余計なことを覚えてる上に、わざとらしく聞くそれが癇に障るのか、帝の眉根が寄る。けれど、何かを言い返す気にはなれないようだ。文句言いたげに睨みつけながら、破魔に問いかける。
ノールックで投げられたそれに、ハッとする。ギュッ、と大事そうに抱きしめていた茶封筒を見せるように掲げた。
「どーも」
「それって?」
礼とも言えぬ、ゆるい返しは自由な人間だと、教えてくれる。
しかし、彼の手に渡ったそれは何も書かれてないただの封筒だ。まだ開けるつもりがないのか、ただ手に持っているだけのそれを不思議そうに、満月は見つめる。
「皇君から探偵を雇って調べるように言われた調査結果だよ」
「……本当に破魔先輩を頼ったんだ」
ああ、と零して嬉々として語るそれは彼女をピタッ、と固まらせた。
確かに調べてもらう、とは言っていたが、まさか有言実行しているとは思わなかったのだろう。油のないブリキのようにギギギッ、と首を鈍く動かし、頬を引き攣らせる。信じられないような眼を向ける先は、もちろん、帝だ。
「元はと言えば、破魔先輩の問題だろ。問題ない」
「……人として問題はあると思う。帝くんが」
「あはは、僕の家はお金だけはあるから大丈夫だよ」
サークルの部室に辿り着き、ガチャッと鍵を開けて入って、サラリ、と吐く。それも、何言ってんだ、とばかりに。
一理あるが、使えるものは全て使う精神に頭痛がしてくる。彼女は目を閉じて痛みをこらえるように額に手を当てた。
空気が悪くなっているように感じたのか、間に入ろうとする破魔だが、それはフォローにも何にもなっていない。
「そんなこと言ってると悪い人にいいように使われちゃいますよ」
「え……?」
それが事実だとしても、ハッキリ言ってしまうのは人柄か。それとも、癖なのか。度の過ぎたお人良しをする彼に、悲しくなる。きっと、帝は悪いことに無駄金を遣わせたりはしない。けれど、彼じゃない人間はどうか、と言われると分からない。欲に溺れる人間なんてごまんといるのだから。
心配になったからこそ、零れ落としてしまったのだが、思いもよらなかったらしい。破魔はキョトンとしている。
(純粋なのか……箱入り息子なのか……)
破魔の隣にいる少年もまた同じ顔をして、満月をジッと見つめている。
人を疑わずに生きてきたのか、と疑いたくなるからこそ、満月は驚きを隠せない。けれど、それは触れなくてもいいパーソナルスペースだ。考えることをやめるように頭を振って力なく、笑った。
「天堂、コーヒー」
「私はコーヒーじゃないんだけどな?」
「俺はこれを読むのに忙しい」
スタスタと迷いのない足取りで向かうのは帝の特等席。ソファにドサッと座って、茶封筒の中身を取り出すと、教科書くらいの厚みのある資料が出てきた。
何とも適当な指示をして、文字を目で追う姿にほとほと力が抜ける。どこぞの亭主関白だ、と文句を言いたいところを飲み込んでも、出るのは揚げ足取り、だ。
しかし、そんなことはどうでもいいらしい。帝は続けて資料に目を通している。
「……全く、召使じゃないのに」
これ以上、言っても変わらない。コーヒーが出てくるまで催促されるのが目に見えてるのだろう。ため息をついでに出るのはボヤキだ。
電気ポットを構えて、蛇口をひねるとそこに勢いよく水が流れ落ちる。
だんだん、と溜まるそれに重みを訴える腕はふるふると震えるが、耐えられないほどじゃない。目分量だが、三人分の水が入ったのを確認すると、蛇口を締めた。
(……何か、分かったのかな)
電気ポットを定位置に戻し、スイッチを押せば、赤くランプが光る。マグカップを3つ用意して、インスタントコーヒーを入れるとほんの僅か、カカオの香りが鼻腔をくすぐった。
準備することはもうない。あとはお湯が沸くのを待つだけだ。
暇になったのか、シンクに寄りかかって足を組む。目に入るのは緊張した面持ちでソファに座る破魔とその対面に座って資料に目を通す帝だ。
真剣な顔をして、何枚も何枚も資料をめくる姿をなんとなく、呆然と見ていた。
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