第16話「確信ある理由」

「――で、どういうことだ」

「え、何が?」



 大学の旧校舎にある一室。

 対面にあるソファに二人の男女が、深く座り込んでいた。

 

 怠惰ではあるが、鋭さがある目はじっと見つめている。それに臆することなく、満月みつきは渡された温かいコーヒーに息を吹きかけていた。



「店の前で言ってただろ。アイツが嘘ついてるって」

「言っちゃったねぇ……つい」



 惚けているその顔にみかどは眉根を寄せる。

 じくじく、と刺すような視線に流石に耐えられなくなったらしい。目を合わせないように逸らして、じんわり冷や汗をにじませていた。



「根拠は」

「ヤダ、帝くん。私に興味出てきたの?」



 あからさまに話題を避けたがっているのは見え見えだ。けれど、彼にはそんなことは関係ない。目を細めて、端的に問い詰めるそれは獲物を隅に追い詰めた獣のようだ。


 満月はぎこちなく口角を上げて、頬に手を添えて首を傾げる。どうやら、そう簡単に答える気はないらしい。



「茶化すな」

「昨日とは真逆ね。あはは……」



 びしゃり、と冷や水を食らうと逃げ場がないように思えてくるのだろう。乾いた声で笑うが、帝は一向に笑う気配はない。ただ、微かな反応を見逃さないようにしている。

 その目つきは、さながら、探偵のそれと同じだ。



「はあ……帝くんは幽霊が視れて、何とかできるんだよね」



 諦めがついたのか、それとも自分が詰め寄ってるのに逆の立場になったら逃げようとするのはフェアじゃない、と思ったのか。それは分からないが、彼女は深く息を吐き出すと自然と肩の力が抜いた。

 マグカップを持つ手に力を入れて、逸らしていた視線を戻す。



「何とかするとは言ってない」

「じゃ、なんで破魔先輩が帝くんを頼るのよ」



 唐突な問いにピクッと片眉を動かして、腕を組むとばっさり否定した。けれど、そうなると理解できないことが生まれる。

 満月はムッとした顔をして言い返すが、それは最もだ。何ともできない人間に助けを求めるなんてあり得ないのだから。



「……」



 これに関しては何も反論する気はないらしい。しかし、今、問いかけたことと何か関係があるように見えないのも確かだ。訝し気げに見つめている。



「人に話したことがない、……私的に超ナイーブな話なわけですよ」

「へぇ、アンタにもそんなところがあるんだな」

「これでもか弱い乙女だからね」



 頭を垂らしていつもより小さく、弱々しく呟くそれに、帝はソファの背もたれに背を預けて涼しげに言い放った。


 信じられない、とはっきり言われているのと同じだ。それは不本意なのだろう。じろり、と恨めしそうな目が彼へと向けられた。



(か弱い乙女は付いて来るわけないだろ)



 か弱いというならば、幽霊がいると聞いて、わざわざ現場に来るはずがない。いや、興味本位で来たとしても、あんな目に合えば、もう二度と関わらないものだ。


 それなのにも関わらず、今こうしてここにいる彼女がそのような表現になるのか、理解しがたい。



「で?」

「……はああ」



 面倒くさくなったのか、帝は髪をかき乱して催促する。それは雑と言ってもいい。


 マグカップがコトッとテーブルに置かれる。これでもかというほどに、満月は身を前へと縮こまらせて、深く、深く息を吐き出した。



「ため息つきたいのは俺の方だ」

「……私が八方美人って言われてる理由、になるんだよね」



 なんでため息なんかつかれなきゃいけないんだ、とついぞ、口から出る。けれど、そんなことを気にすることなく、彼女はゆっくり折りたたむようにしていた身体をゆっくり正した。

 閉じられている瞼を上げて、告げるそれはどこか迷いがある。



「分かってて八方美人やってるのか」

「そんなわけ、ないじゃない」



 無意識でやって呼ばれていると言うよりも、意識してやっている、と捉えても致し方ない物言いだ。


 またもや予想外な話と陰で彼女を指差すその嫌な二つ名を知っていることに、目が丸くなった。

 けれど、満月にとって不服らしい。フイッ、と顔を背けた。



「はっきり言え」



 まどろっこしいキャッチボールが面倒なのだろう。苛立ちを含んだ視線が射貫く。

 意外とこの男、せっかちだ。いや、自分のペースを乱されるのが嫌いなだけかもしれない。



「帝くんはその目で幽霊を視れるじゃない?」

「お前もな」



 刺さるそれを正面から受け止める瞳には怯えはない。

 ただ事実だけを述べているが、帝は寸分の迷いもなく鋭く返すが、ごもっとな意見だ。



「なんでだろう……じゃ、なくて」

「……」



 人は他者から言われて気づくこともある。今、まさしくそれだ。


 満月もまた不思議そうに顎に人差し指を添えている。

 話が脱線していることにハッと気づき、ゴホンッ、と咳払いした。



「視線や雰囲気、表情、声音でなんとなく、その人の思ってることが分かるって……多分、普通だよね?」

「分かるわけないだろ。普通」



 こてん、と首を傾げる。けれど、感受性とは人それぞれ。


 誰しもが、それらを理解することが出来るとは出来るのだろうか?

 確かに可能とする人は中にはいるだろう。しかし、普通かと問われれば、否。それが答えだ。


 帝は眉を八の字にして、呆れたように息を吐く。



「……普通だよ。人の心が視えるよりは」

「心が、視える……?」



 彼女にとっては「普通」であってほしいのか、そう捉えている。否定されて、ツキッと痛むのか、胸元に手をそっと添えた。


 ぽつり、と零されるそれに目が真ん丸になる。今まで聞いたことのない話に、帝は思わず、同じ言葉を繰り返していた。

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