第8話「尋ね人」

「……どうぞ」



 ノックの音は聞こえている。


 しかし、面倒事みつきの相手をしていて、疲れて果てているせいで喉が動く気がしない。やっと開かれた唇からはひどく、倦怠感のある声しか出なかった。



「す、すめらぎ君……また、助けて貰っても、いいかなぁ」

「はああ……破魔はま先輩…………またか」



 ゆっくり開かれる扉の向こうには、眼鏡をかけた青年が頼りなさげに突っ立っている。おずおずと顔を出して、目に涙を浮かべる彼は、弱々しく、不安そうに助けを求めていた。



「聞いてくれよぉ……夜な夜な、女の人があ!!」

「分かった。分かったから、落ち着いてくれ」



 冷たい態度を取る帝に、先輩、と呼ばれる破魔は子犬のようにうるうる、とさせている。

 駆け出して縋りつくそのスピードは目を見張る。


 まさか、急に縋りついてくるとは思っていなかったのかもしれない。

 ギョッ、として咄嗟に出た手は、破魔の顔面を鷲掴みしている。ぐぐぐ、と距離を取りたい一心で押し戻していた。


 それはまさしく、先輩に取る態度ではないことは明らかだ。



「嫌だぁ……眠れないよぉぉ……!!」



 帝の頼みは彼の耳に届いていない。いや、届いているのだろうが、恐怖でそれどころじゃないらしい。

 わんわんと泣きながら、帝の太ももに必死にしがみついて、離れようとしなかった。



「……」



 現状についていけない満月みつきは、静かにぼーっと見守ってる。

 自分より年上の男性が後輩に、人目も気にせずに、親に泣きつく子供のようにしているのは異常だ。信じられない光景に瞳を揺らす。



「……あ、……えっと、破魔先輩? 一度落ち着かれた方が――」

「うぇ……な、なんで、天堂てんどうさんがここにいるの……!?」



 帝と破魔の攻防戦は終わりを知らず、続けられていた。ハッと、我に返った彼女は仲介に入ろうと、破魔の肩をポンッ、と叩いて覗き込む。


 聞き馴染みのない女性の声に、ふと、疑問が浮かぶ。破魔にとって、この部室に女性がいるイメージがない。だからこそ、間の抜けた声が出た。

 肩に添えられたあたたかさに、ゆっくり顔を上げると、大きい目がまんまると、開かれる。


 この大学にいて、知らない人がいない、と言っても過言ではない人物がこの場にいるのだから、当然の反応だ。

 違う意味でパニックになりかけている。



「…………はああ」



 とりあえず、面倒ごとを半分片付けたと思えば、また舞い込んでくる面倒ごとに、疲労したらしい。

 帝は深い、深いため息をするしかなかった。


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る