第7話「サークル」

「用事はすんだろ。さっさと出てけ」

「まだ答えてもらってない!」



 みかどは膝に肘をつき、手のひらに顔を乗せると、ジト目で睨んだ。その視線の先にいるのは、もちろん、満月みつきだ。しかし、彼女もまだだ、とばかりに腰を上げようとしない。


 それは仕方ないことだ。目の色が変わった理由が霊が視えるから、と言われても、どうして変わるのかは答えられていない。まだ半分しか分からないままなのだから。



「しつこい女はモテないぞ」



 少しずつ話題を意図的に逸らしていたのに、うっかり忘れてくれない満月が憎い。ため息を吐き出すと、悪態をついた。



「モテないどころか友達すらいないんだから、失うものなんてないもん」

「…………」



 ムッとして、プイッ、と顔を背ける彼女は拗ねているらしい。彼の嫌味をすんなり受け止め、肯定しているが、どこか拗ねているようにも聞こえた。

 返ってきた反応が予想外だったのだろう。帝は思わず、ぽかん、と口を開けて黙り込んでしまった。


 大抵、ここで返ってくる答えは三つ。

 「そんなことはない」と、事実を否定するか、「別にモテなくてもいい」と、その言葉自体を否定する。

 もしくは、「うん。だから?」と、事実を肯定した上で、次の言葉を求めるか、になるだろう。

 だが、耳に届いたそれは、どれでもない。


 強いて言うならば、三つ目が近いが、彼からしてみると四通り目の答えと言ってもいい。

 ハッキリ、キッパリ、告げる満月に言葉を失った。



「何?」

「…………自分で言ってて悲しくないか?」



 何も反応しない帝に、眉根を寄せてチラッ、と盗み見る。最初こそ、唖然としていた彼だが、次第に憐れみの目を向けていて、心配そうに問いかけていた。

 どうやら、相手を同情する心は持ち合わせてはいる、らしい。



「もう……」

「アンタの噂は嘘だらけってことか」

「噂?」



 プクッ、と頬を膨らませる満月は少し幼さが残っているように見えた。それに肩の力が抜ける。一気に身体をめぐるものを吐き出し、天井を見上げると、ポツリ、零した。

 噂、と言われても思い当たるものがなかったのかもしれない。彼女は、キョトンとして首を傾げている。



「……まさか自分の噂も知らないのか」

「うわさ……噂? 例えば?」

「おしとやかで大人しい美人とか、大学トップ10の美人とか」



 帝の噂を知らなかったことを百歩譲ったとしても、自分の噂も知らない、なんてことが果たして、あるだろうか。そんな疑問が浮上する。信じがたいものを見るように、彼は目を見張った。


 当の本人は身に覚えがないらしい。顎に手を添えて、考え込む仕草をするけれど、答えに辿り着くことはなく、眉根を寄せて問いかけた。

 どことなく、言いたくなさそうに、聞いたことのあるものを上げていくそれは、この大学に通っている生徒だったら、一度は耳にしているものばかりだ。



「…………それ、人違いじゃない?」

「…………」



 パチパチ、と何度か瞬きを繰り返す。耳を疑う言葉に、真剣な顔をして聞き返した。それだけだったら、まだいい。大丈夫?と心配しているような生暖かい眼差しが刺さるのだ。それに彼はまた、言葉を失う。

 マジか、と言いたい欲は膨らむが、思ってもみない状況に、声帯を震わせる気力もなくなっていた。



「私が知ってるのは私の二つ名が八方美人ってことくらいよ」

「……自分で言って悲しくないか?」



 黙り込んでいる彼に眉を下げて、自嘲するようにクスッ、と笑う。

 自分で言うにはあまりにも悲しい。本人が知らないだろう、と高をくくって、好き勝手に陰口を叩くためのあだ名だ。

 それを知ってなお、笑っていられる彼女が不思議で仕方ないのだろう。帝は、本日二度目の失礼極まりない問いをしてしまった。



「そう、思われても……仕方ない、から」

「……」



 満月は首を横に振り、誤魔化すように微笑む。傷ついている、けれど、諦めているような、そんな顔に何も言えなくなったのか、それ以上、深堀することを辞めたらしい。ゆっくりと、息を吐き出して、ソファのへりに頭を乗せた。



「――で、帝くん」



 シーン、と静まり返るこの空間。

 無言でいても、居心地が悪くない、というのは、なかなか貴重かもしれない。帝は体制をそのままに、天井から窓へ視線を動かす。

 ピチチ、と鳥が鳴いて飛び去って行く姿をボーッ、と、見ていると改めて呼ぶ声が聞こえた。



「ん?」

「さらーっと話そらし過ぎじゃない? とっても上手だけど」



 ゆるり、と首に力を入れて、頭を正すと彼女は先ほどとは違う、少し怒っているような表情を浮かべている。口角は上がっているから、怒り笑い、というのが適切なのかもしれない。



「チッ」

「はあ……帝くんに聞いても欲しい答えが返って来るまで時間がかかるなぁ」



 向けられた笑みに、彼は顔をそらして、小さく舌打ちした。どうやら、まだあきらめていなかったらしい。帝もなかなか諦めの悪い部類の人間なのかもしれない。

 満月は困ったように頬に手を添えて、目を閉じると、不満を打ち明けた。まるで、子供に手を焼いている母親のような口振りだ。



「褒め言葉として受け取っておく」

「……いっそのこと入っちゃおっかな」



 違和感を覚えつつも、彼はテーブルにあるマグカップを手に取って、口を付ける。

 飄々としているその姿に、彼女は、ふぅ、とため息が出る。閉じていた瞼をそっと開けて、ポツリと呟いた。



「ああ、それがいいんじゃ……――は?」



 話を半分、聞いていなかったのだろう。うんうん、と適当な相槌をしていたが、それは自分の思っていたものと違う、ということに途中で気が付いたらしい。

 言いかけた言葉を飲み込み、頬を引き攣らせた。聞き間違えじゃないか、とポカンと口を開けるその姿は何とも間抜けだ。



「うん、オカルト研究サークルに入ります」



 満月にとって、面白い表情に見えたのか、ふふっ、と笑みを零す。そして、もう一度、ハッキリと告げた。



「……なんで?」

「答えてくれないなら、私が答えを見つけるしかないじゃない」



 幽霊部員だらけで、実質の部員はただ一人。むしろ、部室を確保するためだけのサークルにわざわざ入ろうとする意味が分からない。困惑から、帝は眉間にシワを寄せて、まじまじと問いかけた。

 楽しそうに微笑みながら、言う彼女の目には好奇心で満たされている。謎解きをする気満々だ。



「……アンタはなんでこうも予想外なんだ」

「褒めてくれてありがとう」



 テーブルにマグカップを置き、顔面に手を覆って嘆く彼と反して、満月はどこか照れくさそうにしている。それもまた帝が求めていた反応と、違う。



「褒めてない」

「うん、知ってる」



 勘違いしている彼女にもう手が付けられない。おもむろに、苛立った顔をしてバッサリ切って捨てるが、重々承知の上だったらしい。返ってくるのは明るい笑顔だった。



「…………」



 どう返そうが、軌道修正され、彼女の手のひらの上、だ。それを悟ってか、黙ることを選んだようだ。

 顔を覆って隠していた手を退けて、天井を呆然と見つめる目は、疲労の色が伺える。ふー、と息を吐けば、コンコンという音が耳に届いた。



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