第6話
カズイ後輩から浮気を指摘されたアリスちゃん。
定番の返しとしては「違うの!」とか「話を聞いて!」とか「私は騙されたの!」とか「だって貴方の粗末なものじゃ満足できないんだものw」あたりだ。
「ええと……貴方は、誰ですか?」
しかし彼女が口にしたのは、まさかの存在全否定である。
「え……? な、なに言ってるんだよ、あーちゃん……。俺だよ。幼馴染の、斎藤一居だよ……」
「はあ、隣の……?」
「そ、そのチャラ男になにか言われたのか?! 他人のふりをしろって?!」
「い、いえ。フリもなにも他人では……?」
おいおい、カズイ後輩大口開けて呆然としてるよ。
ショック過ぎて二の句を告げられなくなってるじゃないか。
「すみません、悠月さん。私は橘裕也君と同じクラスの、三科葉子と申します。初めまして」
代わりに、ずいと前に出てきたのは委員長だ。
「あ、こちらこそ、初めまして。悠月アリス、一年生で。その、裕也先輩とはそういう仲で。……もしかして、三科さんも?」
「あれだけ女遊びの激しい橘君に一度たりとも誘われたことのない地味子ですが何か?」
「あ、そ、そうでしたか。ごめんなさい……ほっ」
そういや、この二人初対面だっけ。
ベッドの上で他の女の子の名前を出すのはマナー違反だしね。
「それで本題なのですが。……いくらなんでも残酷過ぎません?」
まあ寝取られ同人とかではわりとあるケースだけどね。
チャラ男とデート中の幼馴染ヒロイン、途中で主人公と会うも「なにー、こいつオマエの知り合いー?」「えー、違うよ。こんな陰キャw」みたいなやつ。
ただ実際に見るとは思わなかった。
「残酷って……あ?! 違いますよ?! 私、本当にこの人のこと知らないんですっ」
「は、ぐぅあ……?!」
待って、追加ダメージ入ってる。
「では、浮気を誤魔化すために知らないふりをしたわけではないと?」
「はいっ。私、今まで恋人なんていたこといませんし、婚約なんて聞いたこともないですし。ちゃんとルール守って、セフレになりました! 信じてください裕也先輩!」
女の子が土壇場で口にする「信じてください」ほど信じられないものはないって万葉集にも書いてあったような気がする。
だけどアリスちゃんの目は嘘を言っていないように思えるし……。
「ふざ、けるな。ふざけるなよ、あーちゃん?! なに今さら言ってんだよ?!」
そこでカズイ後輩が再起動した。
肩で息をしながら、顔を真っ赤にして、怒りを隠そうともせずにあたり散らしている。
「家が隣同士で、幼馴染で! 将来は結婚しようって約束したのに! それなのに、恋人の俺を切り捨てるのか?! そんなにチャラ男とのセックスが良かったのかよ! あの清純な、お家でケーキ作りをしたり編み物していたあーちゃんはどこへ行ったんだよ?!」
涙を流しながら悲痛な叫びを絞り出す。
彼の姿はあまりにも悲しく。
だけど、とりあえず突っ込みがいくつか。
「アリスちゃん、料理もお菓子作りもできないよね?」
「うっ……はい。泊りの時はいつも、裕也先輩にご飯作ってもらってます」
「家で編み物してる?」
「コスプレ衣裳作るのにミシンはカタカタしてますが、編み物は経験ありません」
そう、外見お淑やかな美少女さんだけど、実はこの子あんまり家事スペック高くない。
メイクとかネイルとかコーデは得意だけど、それもコスプレからの横道であり、基本オタク趣味なのだ。
「あ、でもプラ版でアクセサリーとか作れますよ」
「ああ、コスプレの時に余った切れ端で作ってたやつ。あれ、普通に出来いいよね」
「えへへ」
しかも器具はオーブントースターとかドライヤーだけ。
完成品は売り物になりそうなくらいだった。
「なにをイチャイチャしてるんだ?!」
あ、カズイ後輩の怒り再燃。
「す、すみません。でもですね、私、本当にあなたのことを知らなくて」
「だから、家隣同士だって。無理があり過ぎるだろ、その言い訳は……」
肩を落として、絶望の様相で項垂れる。
でもアリスちゃんの方は首を傾げて悩みこんでしまっていた。
埒が明かないのでまずは仕切り直し。俺が間に立ち、進行役を買って出る。
「ええとだな。カズイ後輩、君とアリスちゃんは幼馴染で、家が隣同士。これは間違いないか?」
「……ああ」
今度はアリスちゃんの方へ。
「じゃあ、アリスちゃん。カズイ後輩はこう言ってるけど」
「いえ、幼馴染と言われても……特に遊んだ記憶もありませんし」
もう初っ端から齟齬が出ちゃってる。
となると、だ。
「カ輩、回想プリーズ。なんか、アリスちゃんとの親しさを象徴するようなエピソード」
「それ俺? いや、そうだな……じゃあ。俺達が結婚の約束をした時のことを」
そうしてカ輩は、懐かしむような眼で当時の思い出を語り始めた。
◆
当時、まだ俺が小さかった頃の話だ。
俺の家の隣には悠月アリスという女の子が住んでいた。
フランス人とのハーフで、昔から物凄く可愛かったアリス。
両親同士はそこそこ仲が良かったが、習い事をしていた彼女と一緒に遊ぶ機会は少なかった。
でも、おばさんからは「いつでも遊びに来ていいよ」と言われていた。
いつでも! 遊びに来て! いいよと! 言われていた。
まあ実際には照れてしまって一度も行けなかったが、これは悠月家でも俺の存在を意識していた証拠だろう。
だが俺達は同じ幼稚園に通うになった。つまりは運命で結ばれていたのだ。
漫画で読んだことがある。
家が隣同士の男女は幼馴染で、いつも一緒に過ごすものだと。
だから俺はアリスと……あーちゃんを大切にしようと決めた。
声をかけるのは恥ずかしかったけど、遠くから彼女が危ない目に合わないようずっと見守っていた。
「あーちゃん……」
幼稚園の砂場で遊ぶあーちゃん。
プールで水着姿のあーちゃん。
お昼寝中のあーちゃん。
トイレのあーちゃん。
そうやって幼馴染として暮らすうちに、一つの転機が訪れた。
【幼稚園の七夕イベント・男の子が彦星・女の子が織姫に扮装して記念写真を撮る】
これで俺はくじ引きの結果、あーちゃんと写真を撮ることになった。
でも分かってる。そんな偶然ある訳がない。
つまりあーちゃんはくじ引きに仕掛けをして、俺と一緒になろうとしたのだ。
『あ、あーちゃん、よろしくね』
『うん、佐藤君!』
緊張してるせいか名前を間違えてしまうあーちゃんがカワイイ。
こうして俺達は七夕の記念撮影をした。
当時は分からなかったけど、織姫と彦星は遠く離れても想い合う夫婦なのだという。
『ああ、そっか。あーちゃんは……』
悔しいけれど、俺は遅れてあーちゃんの恋心を知る。
いつも一緒にはいられない。
それでも私の心は織姫のように、彦星たる貴方に寄り添っていますと。
いつかは夫婦となり、二人幸せに過ごしましょうと……彼女はそう願ってくれたのだ。
◆
「ええええええええええええええええええええええ?!」
満足そうに語り終えたカズイ後輩が恐ろしすぎて、俺は大声をあげてしまった。
「俺は幼稚園の頃にあーちゃんと婚約した。幼馴染として、小学生になってからもあーちゃんをずっと見守っていた。中学生になると、どうしても別行動が増えるからずっと一緒にはいられない。でも幸せを祈っていた」
「いや違う。それ俺の知ってる幼馴染じゃない。あと子供の頃の結婚の約束は婚約には当たらないと思う」
こいつ単なるストーカーじゃないか。
同じ幼稚園で運命って、地区一緒ならだいたい同じとこに通うに決まってんだろ。
そりゃアリスちゃんも知らないよ。ごめんね、少しでも疑ってしまって。
「じゃあさ、カズイ後輩。恋人って言うのは」
「決まってるだろ! 何も相談していないのに、あーちゃんは俺を追いかけて同じ高校に来てくれた! これはもう恋人同然じゃないか!」
ちら、とアリスちゃんに視線を送った。
ぶんぶんと思いっ切り首を横に振っている。うん、でしょうね。
「じゃあ、ケーキとか編み物は?」
「あーちゃんの趣味くらい分かってる! 恥ずかしがって俺に直接は渡してくれなかったけど、手作りの腕を磨いてくれていたんだ!」
あーちゃんさん、嫌悪感丸出しの顔で「間接ですら渡してません……」って呟いておりますが。
「なのに、あーちゃんはチャラ男にカラダを許して……。絶対に結婚できると思っていた幼馴染を、セックスで奪われた……。こんな惨めな想いをするなんて……」
「す、すみません、裕也先輩。どう答えればいいのか分からないです……」
「奇遇だなー、俺もだよ」
やっべーよ。
妄想だけでここまで思いつめられるなんて、特級のイマジネーション・モンスターだよ
「成瀬の奴がちょっかいかけるのも我慢していた。俺はずっと、見守っていたのに」
「ねえねえ、アリスちゃん。例えば、あくまで仮定としてなんだけど。自分のカノジョが他の男に誘われてるところを我慢して見守り続けるカレシってどう?」
「控え目に言って最悪ですよね」
てかお前本当に見守ってるだけかよ。
ちょっとは役に立てや。
「というかさ、もしかして二人って同じクラスなのか?」
「当たり前だろ?! 俺達は幼馴染なんだ!」
「そこに因果関係はないと思うなー、俺。とすると、もしかしていじめっ子ちゃんの嫌がらせは……」
「当然、助けてくれたことなんて一度もありません」
想像通りでした。せっかくの美少女さん、不満そうに頬を膨らませていらっしゃいます。
なのにカズイ後輩は、上がり切ったテンションのままアリスちゃんに手を差し出した。
「あーちゃん! ド腐れ寝取りチャラクズ野郎のセックスなんかに惑わされちゃ駄目だ! NTR、浮気は確かに気持ちいのかもしれない……でも、そんな一時の快楽に溺れては、きっと大切なものを見失ってしまう!」
うん、まあ、そこは俺も否定しないかな。
基本寝取られ反対派なので。
「どれだけ穢れようとも俺は君を受け入れる! だから、そんなクズの呪縛は振り切って、俺のもとに戻ってきてくれ!」
「私は一度たりとも貴方の傍に居たことはありませんが」
アリスちゃんがすげー冷たい。
彼の手を取るどころか、俺にぎゅーっと抱き着いてくる。
構図だけ見るとマジでこれ寝取られものの定番状況だということにたぶん彼女は気付いていない
「な、んで……」
愛しい幼馴染(妄)は、どれだけ愛の言葉(笑)を尽くしてもチャラ男から離れようとしない。
紡いだ絆(偽)はもうとっくの昔に失われていたのだと思い知り、ついにカズイ後輩は膝をついた。
「佐城君……」
アリスちゃんはそんな彼に声をかける。
名前は当然間違えていた。
「あ、あの、ごめんなさい。わ、私は、貴方の幼馴染ではありません。一緒に過ごしてこなかった、辛いとき支えてくれなかった、成瀬君のナンパからも小郷さんのイジメからも守ってくれなかった。そ、そんな貴方が、さも私と親しいように語らないでください。その、不愉快です」
まごつきながらだけど、わりとひどいこと言ってない?
「だから、最初から関わり合いなんてなかったですが、今後も接点を持とうなんて考えないでください。貴方の頭の中に私がいると考えるだけで、ちょっと嫌です。ええと、本当に」
申し訳なさそうだけど本気で嫌悪感丸出しです。
「あと、私の部屋を覗いたということは、敷地内に勝手に入ったということですよね。今後は法的処置をとりますから。常識的な行動を心掛けてください」
「あーちゃん。もう、君は……あいつに、寝取られて。心まで」
「寝て、取られたのは間違いないですが。でもそれは私の心が彼に奪われただけで、貴方のものがなくなった訳じゃありませんよ。あと、あーちゃんも止めてもらえませんか?」
たぶんそこで限界だった。
斎藤一居は額を地面にこすりつけ、土下座するような形で泣き叫ぶ。
「う、ああああああああああああ! 好き、だったのに。本当に好きだった、ずっと一緒だと。結婚するって信じてたのに。くそう、くそう。ああああああああああああ?!」
屋上にカズイ後輩の慟哭が響く。
彼は最後まで、大切な幼馴染兼恋人を寝取られた男という立ち位置を崩さなかった。
まったく尊敬できないけれど。それはそれで、深い想いの証明だったのではないだろうか…………なんて思う訳ねーだろ。普通にヤバい奴だわ。
「橘君」
この状況どうすればいいのかと悩んでいると、委員長に声をかけられた。
「委員長(貧)……」
「(貧)ってどういう意味でしょう? 乳ですか、まさか乳の話ですか」
「大丈夫だよ、ちゃんと柔らかかったから」
「ありがとうございます。クズバナ君の頭は大丈夫じゃないみたいですね」
いつも通りのやりとりが、荒んだ心を癒してくれる。
あれ、これがいつも通りって俺わりと普段から罵倒されてるのでは?
「そういえば、今まで会話に参加してなかったけど」
「ああ、少し離れて生活指導の先生と、悠月さんのクラスの担任に話をしに。
『一年生の斎藤一居が悠月アリスさんに粘着的なストーカー行為を繰り返している』と伝えておきました。もうすぐ確保しに来ると思います。
それとなく噂も流しておいたので、明日以降には学校中に知れ渡るでしょう。
クラスメイトの白い目が抑止力になればいいのですが。
まあ広く知れ渡った以上は次なにかあれば停学、上手くいけば退学までいけるかもしれませんので、そこに期待ですね。
あと橘君と悠月さんがセフレ関係というのも、斎藤後輩による嫌がらせのデマだと噂を流しておきました。
孤立した悠月さんをマッチポンプ的に助けるための罠だったのでは、という話にしてあります。
これで彼女が肩身の狭い思いをすることはないと信じたいです。
一番のネックは家が隣同士という点でしょうか。
双方のご両親に今回の件を伝えるべきです。
その際には、橘君から悠月家に伝えるといいと思います。家に出入りしていたのは、斎藤後輩への対策を練るため、とでも言い訳が利きますし。
逆に斎藤家には私から説明します。悠月さんを巡っての三角関係と勘繰られるのも不愉快ですからね
斎藤後輩の暴発までコントロールし切れないのは厄介ですが、そこはもう一人になる機会を減らすくらいしかありません。
私も気を付けますが、しばらくは橘君も注意してあげてください。
被害届を出すには実害ナシの現状が痛いです。
ストーカー被害、不法侵入。どちらも証拠が残っていません。
もしも今後を警戒するなら、悠月さんのご両親と相談して、庭に監視カメラの設置も検討してもらってはいかがでしょうか。
ただこれに関しては金銭的負担もある話なので、御家族に丸投げの方がいいですよ」
……うん。
俺達が屋上で馬鹿やってる間に、大体のことは委員長がやってくれたみたいだ。
「もう委員長一人で解決できたよね、これ」
「そうでもありませんよ? 橘君がいなかったら、そもそも関わろうとも思いませんでしたし」
さらっと俺を立ててくれる辺り、この子には頭が上がらない。
「そっか。ありがとね、委員長」
「いいってことよ」
にっ、と笑顔で応じる委員長。こういうところもかっちり決めてくれた。
見上げれば橙色の雲。学校は夕暮れに染まっている。
カズイ後輩の嘆きをBGMに、俺はしばらく夕空を眺めていた。
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