第5話


「裕也先輩、ありがとうございます!」


 翌日の昼食時、アリスちゃんがいの一番に感謝を告げてきた。


「おお、どうしたのいきなり」

「今朝、小郷さん達から謝られたんです。今までごめんなさい、これからはこんなことしないって」

「ああ、そうなんだ?」

「聞きました。裕也先輩が、小郷さんを説得してくれたんだって。私のことを思って、頭まで下げてくれたって。本当に、なんてお礼を言えば……」


 実際のやりとりはこんな感じだったらしい。



『今までごめん。今度からは無視したり、嫌がらせはしない。クラスの女子にもそう伝えとく』

『あ、ありがとうございます、小郷さん』

『感謝するなら、橘裕也先輩にしなよ。私は、あくまであの人に頼まれたからそうするだけ』

『先輩が……?』

『そう。橘先輩って、すっごくかっこいいね。あんたを助けたいって、下級生の私に対して真剣に頭を下げて頼み込むんだから。チャラいこと言ってるけど、絶対悠月さんを大切に想ってるよ。羨ましいなぁ……くふふ』



 それでクラスでのイジメはぴたりと止まった。

 ぶっちゃけ俺は特に何もしていない。全ては由香ちゃんの判断だ。

 俺はただ成瀬君に執着する彼女の耳元で囁いただけ。

 

“都合よくチャラ男が近付いてんだから、うまいこと利用したらいいんじゃない?”

 

 それに彼女は応えた。

 つまりアリスちゃんへの干渉を“俺のお願い”で止めたという形を取ることで、俺に厄介な恋敵を押し付けたのだ。

 アリスちゃんから俺への好感度爆増、成瀬君への興味ダウン。まったくもって望む通りの展開。それでチャラ男に食われたら由香ちゃん的には万々歳ってなもんですよ

 あな恐ろしや。恋に狂うた乙女は鬼にございます。

 まあ結果としてイジメがなくなれば俺はそれでいいんだけどね


「よかったね。じゃあお祝い、前話したマンゴー大福奢るよ」

「はいっ」


 そうして放課後、俺達はお目当てのフルーツ大福のお店を訪ねた。

 ショーケースには色んな種類の大福が並べられている。

 俺は常連なので、お店の人とも仲良しだ。


「あれ、橘君じゃないか。珍しいね、女の子を連れてくるなんて初めてじゃないか?」

「ちょ、止めてくださいよ」


 お店のおっさんと気軽な会話を交わす。

 それを聞いていたアリスちゃんがちょっと照れながら俺の袖口をくいくいと引っ張る。


「あの、先輩? ここって、先輩のお気に入りの店なんですよね?」

「ああ、まあね」

「もしかして連れてくるのは」

「女の子だと、アリスちゃんが初めてかなぁ」

「そ、そうなんですか。えへへ」


 恥ずかしそうにはにかむ姿はとてもかわいい。

 特別扱いされるのって嬉しいよね。


「そうだよ、お嬢ちゃん。いつもは男だけでむさいのなんの」

「余計なことは言わんでくださいよ」


 おっさんにからかわれ、俺がちょっと困ったような顔を見せると、アリスちゃんは余計に笑った。

 ちなみに俺はチャラ男の嗜みとして「女の子を一度も連れてきたことのない常連の店」を常時複数用意してある。

 

「わあ、マンゴー大福美味しいです」

「だっろ? もしよかったら周りの子にも勧めてあげてよ」

「え……でも、独り占めしたいかも、しれません」

「はは、そんなに気に入ってくれて嬉しいなぁ。そうだ、この後ボウリングなんてどう?」

「ボウリングですか?  私やったことないです」

「じゃあ試しに。ちゃんと教えるよ」

 

 ボウリングはおすすめの遊び場だ。

 靴のサイズをそれとなく知れるし、使ってるボウリング玉である程度指輪の号数に当たりが付けられるからね。サプライズなプレゼントをするのに役立つ。

 そうやって俺はセフレになってから、改めていろんなところで遊ぶようになった。





 それが功を奏したようで、俺達は一気に仲良くなった。

 後日、なんとアリスちゃんの家にお呼ばれして、コスプレ姿を披露してくれたほどだ。

 まあ地球〇衛軍の軍服なので露出は全くないのだが、わりと出来が良くて普通に感動してしまった。


「うぉ、ホントにEDFだ。クオリティ高いな」

「えへへ。銃はただのエアガンですけどね」


 俺の素直な感想を喜んでくれている。

 それからは普通の服に着替えて、お茶したりお喋りしたりして過ごす。

 距離も近くなり、アリスちゃんは俺をとろんとした目で見つめてくる。


「先輩。んー」

「はいはい。アリスちゃんは甘えっ子だなぁ」


 もう何度もシテいるので、時には彼女の方から求めてくることもある。

 というかぶっちゃけ今じゃ向こうから誘う方が多いくらいだ。

 

「ん……はぁ……あぁ……♡ せんぱい、気持ち、いいです……♡」

「俺もだよ。さ、もっと頑張れるかな?」

「はっ、はいぃ♡」


 マジメな話、彼女は“恋人っぽい”ことを求めはするが、恋人になりたいとは思っていない。

 いじめっ子ちゃん達のせいで、嫉妬が絡むような真剣な色恋沙汰を忌避してしまうようになったからだ。

 カラダだけで恋愛感情なし。機会があれば一緒に遊びもする。

 そういう気軽なセフレ関係を。もっと言えば性行為を求めているのは、今ではアリスちゃんの方なのである。


 なので、その日もアリスちゃんの部屋で、たくさんしました。

 そういえば行為の最中、一瞬カーテンに黒い影が映ったような……




 ◆



「こうして俺はアリスちゃんへのいじめを止め、デートを重ね、彼女の部屋で八時間耐久セックスを……」

「かんっぜんに、じわじわ罠に嵌めてるじゃないか?!」


 聞き終えたカズイ後輩が怒鳴りつけた。


「え、そう? あれ、おかしーな? もうちょっとラブなコメっぽいと思ってたんだけど、羅列すると確かに……」


 いっしょに行きつけのお菓子屋さん行って、ボウリングで遊んで、彼女のコスプレ趣味に付き合って。

 そこだけ取り上げると高校生の初々しいデートのような気がしてたのに、振り返ってみるとズブズブの泥沼手口だ。


「というかあの時見えた影って」

「俺だよ?! あーちゃんが、婚約者が、自分の部屋で、間男に甘える姿を見せられた俺の気持ち、分かるか?!」

「そう言われても、そもそも俺は君の存在を知らなかったというか……」


 ちょっと後ろめたいこともあって反論は弱弱しくなってしまう。

 

「くそっ、こんな。あーちゃんがこんなド腐れ寝取り野郎に騙されて、性の快楽にハマり切ってしまうなんて……」

「あのー、でも君の発言が正しいとすると、俺もアリスちゃんの掌の上で転がされてたことにならない?」

「純粋で清楚なあーちゃんがそんな真似するわけないだろ?!」

「清楚と言っても、もう彼女は手を使わず口だけでコンドームを取り付けられるようになってるよ」

「それお前が教え込んだだけだろうがぁぁぁぁぁぁ?!」


 カズイ後輩がやばい怒ってらっしゃる。

 怒鳴り過ぎて息切れしているレベルだ。

 でもここまで俺達の意見は全然かみ合っていない。とにかく、アリスちゃんを交えて事の真相を明らかにしないと。


「裕也先輩、お待たせしましたっ」


 ちょうどその時、屋上にアリスちゃんが到着した。

 こっちも軽く息を切らしている。


「や、もしかして走って来てくれたの?」

「はい。早く先輩に会いたかったから」


 かわいいことを言ってくれる。

 いつもならそのまま抱き着いてキスの一つもするんだけど、さすがの裕也君もここでは空気を読む。


「でさ、アリスちゃん。君の幼馴染兼婚約者くんからね? 浮気したとか寝取ったとか、いろいろ言われてるんだけど、ちょっと事情を教えてほしいんだ」


 疑うような真似をして悪いが、しっかりと現状を把握しないと今後の健全なセフレ生活に支障をきたす。

 俺は親指でくいっ、とカズイ後輩を指し示す。


「あーちゃん……」


 彼は泣きそうな顔でアリスちゃんを見つめている。

 いや、泣きそうな、どころかもう涙をこぼしていた。


「どうしてなんだ。将来の約束をしたのに、俺という恋人がいながら、なんでこんなド腐れ寝取りチャラクズ野郎にカラダを許してしまったんだ……」


 ここに来てまさかの称号進化。


「え、あの……」


 アリスちゃんは泣きながら訴えるカズイ後輩を見ておろおろとしている。

 そして、申し訳なさそうに言う。


「ええと……貴方は、誰ですか?」


 うん?



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