第4話
悠月アリス。
新入生の中でもトップクラスの美少女である
母親がフランス人のハーフだけど、日本で生まれ育ったので英語は得意ではないとか。
でも容姿の方は日本人離れしている。
長い金髪に淡い青の瞳。小柄なのに女性らしい体付き。少したれ目で柔らかい表情と、控えめな性格も相まって男子からはたいそうな人気を誇っているらしい。
しかも恋人はいないとのこと。そりゃあ放っておく男はいなかろうて。
入学して間もないが、既に複数の男子から告白を受けているという話だ。
その上イケメン四天王に数えられる成瀬真央くん(一年)と同じクラスで、休み時間の度に声をかけられているとあっては、当然他の女子は面白くない。
結果アリスちゃんはクラスの女子グループから孤立し、その分余計に男子から声をかけられるという、負のスパイラル・シェイバーを食らってしまったという訳である。
「なるほどね。なんというか、運とかタイミングとか色々悪かった感じだ」
「……はい。だから、教室は居辛くて」
お昼休み、俺は中庭で食事をとりつつ、彼女を取り巻く状況について聞かされた。
アリスちゃんは総菜パンを一口食べて項垂れてしまう。
「あれから、いじめっ子ちゃんは?」
「睨まれたり、嫌味言われたりは。でも直接なにかはされていません。ほら、カバンも持ってきてますし」
逆に言えば、置いていたら何かされる可能性がある、と彼女は踏んでいるわけだ。
うーん、あんまりよろしくないな。
「そっか。ところで、全然食べてないな」
「あ、はは。なんだか食欲がなくて」
「駄目だよ、ご飯は力の源だ。ほら、なんならオカズ少しつまむ?」
「いえ、そんな。……でも、橘先輩のお母さん、お料理お上手なんですね。お弁当、とても美味しそうですね」
「んにゃ、これ俺の手作り。独り暮らしだからね」
イマドキ男のお手製弁当なんて珍しくもないんだけど、アリスちゃんは思った以上に驚いていた。
てか、うちのマミーの手料理なんて比喩じゃなく喰えたもんじゃないよ。だから小学校の頃から俺が家事担当だった。
「えっ、そうなんですか? すごい……」
「味見のつもりで一個どうぞ。おすすめはアスパラの豚肉巻きね」
「で、では……ん、美味しいですっ」
にっこり笑顔な美少女ご馳走様です。
さすがアスパラだ、アスパラギン酸は疲労回復やスタミナ増強効果があるのだ。
「橘先輩、お料理上手なんですね」
「独り暮らしだから慣れてるだけだよ。趣味は料理よりコーヒー」
「コーヒー、ですか?」
「うん。豆から選んで自分でブレンドして淹れるんだ」
これが友達にもなかなか好評。
文化祭とかで喫茶店やれないかなー、なんて画策していたりする。
「いつか機会があればご馳走するよ」
「はい、楽しみにしています」
「逆にアリスちゃんはなにか趣味あるかな?」
「趣味、ですか……。あ、あの、笑わないでもらえますか?」
ちょっとおどおどしながら、視線をあちらこちら。
しばらく口籠っていたけど、アリスちゃんは恥ずかしそうに言う。
「ゲームの、ですね」
「別に恥ずかしがることないよ。俺も格ゲーとか普通に好きだし」
「えと、そうではなく。魅力的なキャラ、いっぱいいるじゃないですか。だからその……そういう、恰好を、するのが、といいますか」
「もしかして、ゲームキャラのコスプレってこと?」
「…………………は、はい」
意外なところを突いてきた。
いや、日本人離れした彼女の容姿なら絶対似合うと思う。
「へぇ、すごいなぁ! ちなみにどんなキャラの?」
「地〇防衛軍のスト〇ム1」
ごめん、意外なところがきてちょっと戸惑ってる。
かわいい女の子キャラじゃないのね。でも、顔には出さないのがチャラ男の嗜みというもの。
「あ、俺も昔プレイしたことあるよ。面白いよね、怪獣対一兵士」
「そ、そうなんですっ。私、中古で一作目のもやったことがあって」
「コスプレしたら、やっぱりイベントとか参加するの?」
「そ、それは恥ずかしいので家の中で一人、写真を撮ったりするのが限界です……」
自室で独り〇トーム1の格好をして写真を撮るのは恥ずかしくないのか、という意見もございますが。
まあ俺は意外とこういう趣味には寛容。コーヒーだって傍から見たら馬鹿じゃない? とか思う人もいるだろうしね。
「あの、バカにしたり、しないんですか?」
「しないよ。ゲームもコスプレも普通の趣味だって」
女の子でもガチめな特撮好きの子とか知ってるし。
趣味なんて自分が楽しめればいいのだ。
「でもいいね、アリスちゃんのコスプレ見たいな。あ、俺がやる方に回るのもアリか。なんか似合いそうなやつある?」
「橘先輩なら格好いい男性キャラ大体似合いそうですよ。ん……グ〇ブルの、ロ〇アインとか?」
「おー、そのキャラは知らないけど、俺も一度くらい挑戦してみてもいいかな」
「その時は是非に、是非に私にお声かけ下さい!」
ぐっと両の拳を握って前のめり。
ホントにこういうのが好きなんだな、と微笑ましい気持ちになる。
それによく考えればストー〇1もいいじゃないか。俺が蟻になって「さ、酸がー?!」プレイも悪くない。
そんなことを考えた。
◆
そんなこんなで俺はアリスちゃんと仲良くなっていった。
クラスに居場所がない分、俺の方に傾いている、というところもあるのだろう。
幸いなことに、俺がクラスに迎えに行っても大きな騒ぎやいじめには繋がらなかった。
成瀬君の時とは違い、顔はよくても悪評付きの俺だ。羨ましい、とまではいかなかったんだと思う。
「先輩……」
「アリスちゃん、いいの?」
「はい。抱いて、ください」
そして親しくなった俺達は、肉体関係に発展した。
いや、展開早いって俺も思う。
ちょこちょこと甘い言葉を囁きはしたが、驚くことにセフレになりたいと言い出したのはアリスちゃんの方だった。
どうやら俺の噂に関しては知っていたらしい。その上で、身を任せてきた。
「一応言っておくけどさ、俺普通にクズチャラ男だし。現状恋人作る気もないよ?」
「分かっています。でも、私が先輩としたい。セフレに、なりたいです」
念押ししたが彼女の意思は変わらなかった。
理由はいくつか想像できる。
友達はおらず、いじめは継続。なのに煩わしい男たちのアピールは終わらない。
教室には居場所がなく逃げ場所が欲しかった。加えて、そもそも頼れる相手が俺しかいないというのもあったはずだ。
つまるところ捨て鉢だったんだろう。
肉体関係を結んでも誰かに傍に居てほしい。そう願ってしまうほどに彼女は疲れていた。
そこで「そんなんじゃ駄目だ、きっと後悔する!」と言えるのが物語の主人公で、「ひゃっほーい! 美少女とえっち!」となるのが俺である。
据え膳食わぬは男の恥、とばかりにヤっちゃいました。
「ねえ、アリスちゃん。本当にいいの?」
「はい。先輩が、色んな女性と遊んでいるのは知ってます。でも、セフレになれたら。私も先輩の特別になれるかなって。……求めてもらえるかなって、思ったんです」
彼女は恋人になりたいとは言わなかった。
好意がなかったとは思わない。それでも彼女は、都合のいい立ち位置をこそ望んだ。そのくらい誰かに求められていることに飢えていたのだ。
不毛ではあるが、そこに付け込んでセフレ関係を結んだ時点で俺の方こそ不誠実だ。
なら不誠実なりに、彼女の望む通りに特別扱いして上げるのが筋だろう。
ということで、彼女と寝た翌日。
俺は帰宅途中のいじめっ子ちゃんを待ち伏せてナンパしてみた。
「や、いじめっ子ちゃん」
「……そういう呼び方、止めてもらえませんか」
嫌そうな、とまでは言わなくとも微妙に居心地は悪そうだ。
「だって名前知らないし」
「小郷由香(こざと・ゆか)です」
「じゃあ由香ちゃんか」
「……す、すぐ名前呼びな辺り、本当に噂通りなんですね」
「言っただろ? 俺は可愛い子なら皆好きなの」
爽やかな笑顔でそう言うと、若干引きつつも照れた様子だった。
「で、何の御用ですか?」
「んー、由香ちゃんを口説きにきた、とか?」
「な、なにを。どうせ、悠月をイジメるなとか、そういう話でしょ」
「まあ、彼女とはそれなりに親しいしね」
俺がそう言うとあからさまに由香ちゃんは顔をしかめた。
「仲良くして、とまでは言えないよ。でも直接的なことは控えてほしいかな」
お願いしますと、としっかり頭を下げる。
年下が相手でもこういうのは大切だと思う。
由香ちゃんはそんな俺を見て悔しそうにしていた。
「そんなことまでして。……先輩、本気で悠月の事狙ってるんですか」
狙ってるというか、もう致しちゃったというか。
「まあね。成瀬君もアリスちゃんに興味津々なんだっけ」
「……何が言いたいんですか?」
「おっと、そんな怖い顔しないでほしいな」
「誰も彼も悠月のことばっかりで、バカみたい。なんで成瀬君も、あんな男に媚びを売ってばかりの女のことを……」
「うん、そこ」
よし、いい感じの反応を引き出せた。
「由香ちゃん。俺の噂、知ってるよね?」
「え、あの、イケメン四天王で……」
「そっちじゃなくて、女癖が悪いって奴。ならさ、そういう男が軽い気持ちでアリスちゃんに近付く意味、分かるだろ?」
俺の言葉の裏に気付いたのか、彼女は大きく目を見開いた。
「君が成瀬君を好きならさ。アリスちゃんイジメるなんて止めなよ。それより、うまく俺を使った方がよくない?」
チャラ男に狙われていた女の子が、いつの間にか親しくなったご様子。
さて、何があった? 疑問の答えって簡単に辿り着くと思う。
成瀬君はそういうアリスちゃんを好きなままでいるかって話だ。
「そう、ですね」
由香ちゃんはものっそい笑顔になった。
ただし、ニチャッってした感じの、よろしくない雰囲気の笑みだ。
「分かりました。先輩の言う通り、もう悠月さんに余計なちょっかいはかけません。先輩の邪魔もしません」
「うん、そうしてくれると有難い。お礼に何か奢ろうか?」
「いえいえ。成瀬君に誤解されると嫌なので」
そういって由香ちゃんはさらーっと帰っていった。
なんならスキップしそうなくらい上機嫌だった。
「仕掛けた俺が言うのもなんだけど、女の子って怖いよね」
いや、ほんとに。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます