第3話
悠月アリス。
確かに彼女とはずいぶん親しくさせてもらっている。
俺とアリスちゃんの出会いは、彼女が入学してからそれほど立っていない頃だった。
「あんたさぁ、調子乗ってない?」
「そ、そんなことは……」
「口答えしてんじゃねえよ!」
「ひぅっ……」
たぶん、一年生かな?
部室棟の片隅、人の少ない当たり。複数人の女子が、一人を取り囲んで何やら詰っていた。
何事かと思い隠れつつ近付いてみる。
何故俺がこんなところにいるかというと、部室棟で六限目をサボって寝てたらいつの間にか放課後になってたからです。
そのせいで、俺はいじめの現場に遭遇してしまった。
「ブスのくせにさぁ、成瀬君に色目使って」
「そうだよ、ぶってんじゃねーよ!」
「わ、私、色目なんて……」
怯える女の子は、全然ブスじゃない。
ハーフなのかな? さらりと長い金紗の髪に、淡い青の瞳。
整っているけどまだ幼さの残る顔立ち。全体的に小柄なのに、体の一部だけおっきい。
総じて飛び抜けてカワイイ、アイドルでもお目に掛かれないレベルの美少女だ。
「成瀬君はさぁ、あんたがボッチだから声をかけてるだけ。なのに、何勘違いしてんの?」
「別に、勘違いなんて」
「だから口答えしてんな!」
「うぅ……」
どうやら恋愛沙汰のあれこれっぽい。
成瀬君というと……たぶん、新入生にして既にうちの高校のイケメン四天王の一人に数えられる成瀬真央くんだろう。
中性的なかわいい顔で、同学年だけでなく先輩方からも大人気の男の子だ。
確かに成瀬君なら俺も抱けるレベルの美少年っぷりだった。
おそらく囲んでる子達は、成瀬君が好き。
でも成瀬君は金髪美少女ちゃんに興味津々。
気に入らない、いじめたれ! ってな流れかね。
女の子は怖い、なんて思わない。嫉妬にかられて馬鹿をやらかすのは男も一緒。
ただ、金髪ちゃんは明らかに怯えている。これを見逃すのは先輩としてはナシかな。
「はいはい、そこまで」
とりあえず俺は割って入ることにした。
いきなりの登場に女の子達はぎょっとしている。
「な、なによ、あんた……」
「ね、ねえ。この人、知ってるよ。噂の橘裕也」
「マジで? イケメン四天王の?」
そう、何を隠そう俺も成瀬君と同じくイケメン四天王に数えられていたりする(ドヤァ
それくらいじゃないとセフレライフなんて送れないからね。
『俺様王子』伊集院大我(三年)
『イケメンストライカー』風間晃成(二年)
『暴食のオルトロス』橘裕也(二年)
『天然アイドル』成瀬真央(一年)
この四人が目立つ男前って感じ。成瀬君は可愛い系だけど。
でもおかしいよね。俺だけ二つ名のノリがなんか違わない?
「あらま、知っていてくれて嬉しいな」
「あ、あの。先輩、なんですか。別に私達変なことは……」
一応いじめてた自覚はあるのか、気まずそうに目を逸らしてる。
そりゃこんな場面見咎められたら居心地は悪かろうて。
「まあ、なんだ。別に君達を責める気はないよ。状況が分からないし、もしかしたこっちの女の子が悪いことをしたのかもしれないしね」
俺がそう言うと、金髪ちゃんがびくりと肩を震わせた。
「でもこうやって見つかったなら、今日のところはお開きにしてもらえるかな。君達にも不満はあるだろうけど、先輩の顔を立てて、なら引きやすいだろ?」
いじめ主犯格ちゃんはやっぱり納得いってないっぽいけど、先に周りの女子が折れた。
「やばいよ、あの橘裕也先輩だよ」
「そうだよ、イケメンだけど下手に逆らったら孕まされるって」
おう、俺の評判どないなっとるんや。
これまで一度たりとも避妊に失敗したことないぞ。
「じゃ、じゃあ私達はこれでー……」
「うん、それじゃあ。ああ、もう一個の噂の方に興味あるならいつでも来てね」
「マジで……。わ、私達でもありなん?」
「俺は可愛い子なら誰でも好きだよー」
いじめ女子とセックスしたいと思うほど飢えてはないけどね。
ちょっと顔を赤くしながら去っていく彼女達を見送ってから、俺は金髪ちゃんに向き直る。
「さて、大丈夫だった?」
「は、はい」
安心したのか、小さく息を吐く。
そうして金髪ちゃんは、ぎこちないながらも微笑みを見せてくれる。
「え、えと。先輩、ですよね? ありがとう、ございます。おかげで助かりました」
「なんの。俺は二年の橘裕也。できれば、君の名前も知りたいな」
「あ、悠月。悠月アリスです。一年生です」
「綺麗な名前だね。アリスちゃん、って呼んでもいい?」
「は、はい。私は……」
「橘でも裕也でも、ゴミ野郎でもなんでもいいよ」
「そんなことなんて言いませんっ。では、橘先輩と」
ちょっとは元気になったかな。
でも初手で踏み込み過ぎはよろしくない。
「じゃあ、帰ろうか。校門出るまでは送るよ」
「え?」
「だから、さっきの子にまた絡まれても厄介だろ? 外ならそこまで大きな騒ぎは起こさないだろうし、一応ね」
「あ……すみません、なにからなにまで」
「なあに。後輩の手助けは先輩の特権だ」
茶化して言ってみれば、今度はちゃんと笑ってくれた。
ここで可愛い子を守るのは男として……みたいな言い方は厳禁。なんせ、彼女はその容姿の綺麗さから問題に巻き込まれた。
俺が、美少女だからという理由で助けたと思わせるのはよろしくない。
なのであくまで先輩として、今はまだ下心は見せない。
多少肩の力が抜けたのか、校門までの短い距離を軽い雑談をしながら歩く。
「でね、その店のマンゴー大福がすごい美味いんだ。いや、俺もあんことマンゴーがああも合うとは思わなかったよ」
「それは、珍しいですね。私もちょっと興味あります」
「何ならお店教えるよ」
「いいんですか?」
「おう、一度友達と行ってみてよ。絶対気に入るから」
「あ……そ、そうです、ね」
ううん、よろしくない反応。
まだクラスに馴染めていない感じか。
「ああ、でも今度どうせ俺も行くからな。お土産買ってくるから試してみて」
「え、そ、そんな。申し訳ないです」
「いやいや、マンゴー大福愛好家が増えるのは俺も嬉しいし。ここは顔を立てると思ってさ」
「うう、でも……」
「はい、決定。ついでに連絡先とか聞いていい? ……また絡まれたら、俺の名前を出せばいいよ。先輩に連絡しますよーってさ」
俺が真剣な顔を作ると、アリスちゃんは俯いた。
また先程の子達が絡んでくるようなことがあるかもしれない。そういう時に頼れるところは、あって困ることもない。
「でも、ご迷惑では」
「後輩に頼られるのは先輩の誉れってなもんだ。いざって時の備えだと思っておけばいいから」
「……先輩。ありがとう、ございます」
いじめで精神的に参っていたのだろう。
わりと警戒なく連絡先を交換できた。
まるでボーイ・ミーツ・ガール映画のような、初々しくも純情な男女の出会いだった。
◆
俺がアリスちゃんとの出会いを語り終えると、何故か委員長が半目で見ていた。
「会って初日で連絡先を聞き出すのはボーイ・ミーツ・ガールではなく単なるチャラ男ムーブですよね」
「確かにBMGの可愛らしさは時代を超えるよな。ガガガガールの腋も魅力だけど」
「誰がブラマジガールの話をしましたか」
涼香ちゃんは陸上部があるのでそちらへ行った。
だから現状俺の癒しは委員長だけ。呆れたように溜息をつかれても、全然平気なのである。
「まあとりあえず、俺とアリスちゃんは純情な出会いを果たした訳だ。詳しいことは、本人交えてからってことで、呼んでくれる?」
「……あ、あんなことあった後に、俺から連絡なんて出来ない」
カズイ後輩が目を逸らす。
仕方ないから俺の方からメッセを送っておく。
【アリスちゃんは今どこ? ヒマだったりしない?】
【図書室です 友達いないのでまったくもってヒマですよ】
【実はさ 君の婚約者を名乗る男子に絡まれてるんだけど ちょっと屋上まで来てくれない?】
【すみません、よく分からないんですが ともかく裕也先輩がいるなら行きますね】
幸いにもまだ校内にいたようで、すぐに来てくれる模様。
ただ返信は妙に早かった。
これは、心当たりがある、ということなのだろうか。
「カズイ後輩、アリスちゃん来てくれるってさ」
「そ、そうか……」
すごくソワソワしている。
彼の言うことを信じるなら、アリスちゃんに浮気されたのだから居た堪れないのかもしれない。
ただ根本的な問題として。
「でもなぁ、アリスちゃん恋人いないって言ってたし、周りに聞いても“いない”って情報しか出てこなかったんだよなぁ」
てなると、俺が弄ばれたってのが一番しっくりくるのだけど。
アリスちゃんはコスプレっクスにハマってるし、なにより後背位が好きだから騙すような真似をする子だとは思えない。
いや待てよ、後背位が好きなのはカズイ後輩との関係を示す重要なファクターだった可能性もある。
「うーん、分からん」
「恋人ではなかったんじゃないですか? 悠月アリスさんと斎藤後輩くんはあくまで幼馴染の婚約者であり、学業を修めた後は結婚する予定ではあっても、恋人としての付き合いはなかった。それなら別に橘君を騙したわけでもありませんし。まあ斎藤後輩君を裏切った事実は覆りませんが」
「ああ、なるほど」
そこんとこどうなの? と聞くと、カズイ後輩はきりっとした顔で宣言する。
「俺とあーちゃんは、恋人だ。もともと幼馴染で婚約はしたが、高校進学を機に恋人……にもあった。なのに、お前が……」
俯いてしまったカズイ後輩。
あーちゃんって呼び方からすると、かなり親しかったんだろう
こうなると俺は完全に間男だ。アリスちゃんに恋人がいるなんて認識していなかったが、事実如何によっては俺も何らかの償いをしなくてはいけないかも。
「ちなみに橘君は、悠月アリスさんとどういう関係だったんですか?」
「普通のセフレ」
「まずセフレが普通ではないと認識してもらいたいのですが。ともかく、肉体関係があったのは事実だと」
「うん、まあね。でもカズイ後輩の言うような、無理矢理迫ったってわけでは絶対ないよ。むしろ彼女がゆうわ」
「すみません、それ以上は言わないでもらえます?」
直接的な表現は止められちゃった。
しかし事実関係を確認するためにも、俺はアリスちゃんとのアレコレを明らかにすることにした。
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