第2話




「ド腐れ寝取り野郎、昼の続きだ」


 放課後になると昼間の男子生徒が教室にやってきた。

 まだ残っているクラスメイト達が何事かとざわついている。


「あー、君。名前なんだっけ」

「……一応、名乗る。斎藤一居(さいとう・かずい)、一年生だ。将来結婚の約束をした幼馴染に浮気された情けない男だよ」

「ああ、後輩だったのね。てかそもそも俺、浮気した覚えがないんだって」


 なおクラスメイトの皆様も「あー、橘だもんなぁ」とのご意見です。

 すごく納得がいかない。


「そこら辺、お互い誤解があると思う。ちゃんと話し合おうじゃないか、カズイ後輩」

「ああ。お前が、あいつにどれだけ酷いことをしたか。しっかり償わせてやる」


 もう俺を殺さんばかりの目付きだった。

 衆人環視の中で変な話をして妙な噂を立てられるのも心外で侵害だ。

 俺達は人目を避け、屋上へ向かった。

 本来は立ち入り禁止になってるけど、俺はある女教師と“とぉっても仲良し”なのですぐ借りられる。

 話が長くなった時のために喉を潤す缶ジュースを買いつつ、俺達は屋上で対峙する。

 メンバーは俺・カズイ後輩、昼の流れで委員長。


「裕也、私部活あるから早めに終わらせてね」


 そしてスポーツ美少女・相沢涼香ちゃんだ。


「……いや、誰?!」


 カズイ後輩がめっちゃ怒鳴る。

 疲れないのだろうか。


「あ、どうもー。二年生の相沢涼香、です? なにか私に用があるって聞いたから来たよ」

「まったくない! ……ありませんが?!」


 一応先輩ということで涼香ちゃんには敬語で話そうとしている。

 俺に対しては荒い言葉だけど。


「あれ? 涼香ちゃん、知り合いじゃないの?」

「えー、違うけど……裕也もなにか勘違いしてない?」

「ん、どうもそんな感じだな……」


 俺も涼香ちゃんも不思議に思い小首を傾げる。


「なにを言っているんだ、このクソ間男は」

「いやだからさ、カズイ後輩が言ったんじゃないか。婚約者が俺のセフレになったって。だから該当しそうな人物についてきてもらったんけど」


 その発言に教室の残ったカズイ後輩が固まった。

 涼香ちゃんは照れたお顔で「いやー、改めて紹介されるとちょっと恥ずかしいねー」なんてはにかんでいる


「おい、ド腐れ寝取り野郎」

「うす」

「そこの先輩は、なんだ」

「あーと、なんと言いましょう。セフレっすね」


 さて、一年生のカズイ君は知らないだろうが、 俺は学校でもある意味で有名な人間だ。

 曰く「橘裕也はイケメンだけど女癖が悪く、何人ものセフレがいる」。そういう噂が流れているのだ。

 まあ、あんまり否定できるものではない。

 実は俺、中学の頃にはカノジョがいたんだけど、わりとヒドイ破局を迎えてしまった。

 元カノとはすっぱり切れたが、ちょっと恋愛には気後れしてしまい、現状恋人を作る気はなかった。

 しかし思春期の男子の迸る熱いリビドーは抑えられるもんじゃない。

 ということで、何人かのセフレとのんびりスローライフな高校生活を送っている。

 周囲の評価は「マジメ系チャラ男」です。


「あはは、そんな感じで裕也とは深い仲かなぁ」

「ちなみに涼香ちゃんはキスが大好きで、しながらイチャイチャが多い。あと騎乗位も得意だ!」 

「そ、そういうのは他の男の子に言うヤツじゃないよね?! しかもキス好きなのは裕也の方じゃん!」


 照れた感じで挨拶し、わたわたしちゃう涼香ちゃん。

 彼女は陸上部に所属している、ショートカットの女の子だ。

 毎日のトレーニングで鍛えられた引き締まったカラダ、ユニフォーム焼けした肌。健康的な肢体とカラッとした性格が魅力的で、今一番おセックスを一緒にするお相手だった。


「えーと、裕也のセフレって言ったら私のことだと思うんだけど……キミ、初対面、だよね?」

「は、はい……」


 カズイ後輩はなんか顔を真っ赤にしている。

 あれだな、性行為と縁がなさそうな爽やか美少女な涼香ちゃんがセフレだと聞いて、イケない想像をしたのだろう。


「じゃあ、幼馴染で婚約者って涼香ちゃんのことじゃなかったのか」

「あ、裕也それひどくない? 私最初に言ったじゃん。カレシいないし、カラダだけの関係でオッケーだよって。信じてなかったの?」

「涼香ちゃんは信じてるよ。でも、婚約者を決めるのはご両親とかだからさ」

「でも傷付いたなー、なにかお返し的なサムシングがほしいなー」

「そうだな。なら、今日泊まりに来る?」

「やた。裕也の特製カフェオレも飲みたいっ」

「分かった。じゃあ、いっぱいシてからね」


 お詫びとばかりに涼香ちゃんといちゃついておく。

 カズイ後輩があわあわと慌て、委員長がものっそい冷たい視線を送ってくる。


「でね、そんな感じで? 後輩君なにか勘違いしてないかな。裕也は確かに女癖悪いけど、嫌がる女の子を無理にセフレにするなんてしないよ? どっちかというと、いつも私を気遣ってくれるしね」


 頬を染め、にへへと笑う涼香ちゃん。

 理不尽に責められる中、彼女は俺の味方になってくれる。ホントいい子。


「涼香ちゃんの言う通り。俺は婚約者どころか、カレシがいる相手ともソウイウコトはしない。寝取りみたいな真似はもっての外だ。NTRダメ、ゼッタイ。お互い同意のうえで、セフレでもいいよって女の子とだけ関係を持つようにしている。なので浮気というのはたぶん君の勘違いだぞ。俺、誠実コンゴトモヨロシク」

「どっちにしろお前がクズだって事実が強化されただけだが?!」


 あれ、さらに恨みがさらに強まった感じがする。

 おかしいな。


「なんて言おうと、そもそも俺は浮気現場を見てるんだよ!」

「いやだから、俺は婚約者のいるような相手とは寝てないって」

「そうだよ。そこら辺、裕也はかっちりしてるよ?」

 

 三人で言い争うが、結局俺の主張は受け入れられない。

 そこで委員長がおずおずと手を挙げた。


「あの、すみません」


 全員の視線が委員長に集まる。


「正直なところ私も、クズバナくんが無理矢理、とは思いません。ですが、斎藤後輩くんが嘘を言っているとも思えません。ですから単に両者を満たすパターンというだけではないでしょうか」

「委員長、どういうこと?」

 

 ナチュラルにクズバナを定着させてることも含めて、どういうことなのか。


「ですから斎藤後輩君の婚約者が、『自分には婚約者も恋人もいません』と言ったうえで、自ら橘くんのセフレに収まったケースです」

「あ……」

 

 そうか、そういうのもあるのか。

 委員長の提案なら確かに、と思ったが、カズイ後輩はいきなり激昂した。


「そんなわけないだろ?! 俺はあいつをずっと見守ってきた。結婚するって約束したんだ! このド腐れ寝取り野郎が、無理矢理迫ったに決まってる!」


 彼は、浮気現場を見たと言いながらも婚約者を信じているのだろう。

 身に覚えはないが、ひどく痛ましいと感じられる。


「だとしても、ベッドの上で『気持ちいいだろ? もっとしてほしかったらセフレになれよ』みたいな快楽墜としからの強制同意をやった可能性も否定できませんし」

「ねえ委員長? 君の中の俺はどうなってるの?」


 委員長は、普段の俺を見ていながらも一切信じていないのだろう。

 身に覚えはあるが、ひどくないですかねこの子?


「ま、まあ。委員長のおかげで、この件を紐解くきっかけは得られたと思う。もうここは君の婚約者ちゃんも交えて話すのが早いんじゃないかな?」

「……ああ」

「じゃあ、その子も呼ぼう! えーと、君の婚約者って、三年のよっちゃん先輩? それともバスケ部マネの柚希さん?」

「違う」

「あっ、二年の佐倉綾乃ちゃんか。ダメだぞ、あの子清楚風ビッチだから婚約者には向いてない」

「違う! というかセフレが何人にいるんだよ?! 普通にクズじゃないか?!」


 カズイ後輩の暴言に、何故だか委員長も同意していた。

 俺はただ、恋人同士の面倒なアレコレを避けて行為のみをしたいというだけなのに。


「うーん、裕也ってさ。普通に中身アレなのにモテるよね」

「モテてはいないよ。そこそこイケメンで清潔感があって運動学業わりと出来て後腐れがないから、真面目に恋愛する気がない層には受けがいいってだけ」


 “遊び相手にちょうどいい”と“モテている”には非常に大きな格差がある。

 で、俺は前者。セフレの皆さんは俺の人格に惚れこんでいるのではなく、カラダを許しても恥ずかしくない程度の相手、と認識しているだけだ。


「なにくだらない話をしてるんだ?! いいか、俺の婚約者は悠月アリス! お前に弄ばれた可哀そうな女の子だよ!」


 カズイ後輩が告げた名前は、確かに知っている人物だった。


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