俺氏、セフレとヤッてただけなのにド腐れ寝取り野郎と呼ばれる

西基央

第1話


 少年と少女は家が隣同士で、つまり幼馴染だった。

 幼稚園の頃に結婚しようと約束した。二人で記念写真だって撮った。

 小学生の頃には、ずっと彼女を見守り。

 中学生の頃にはお互い照れてちょっとだけ疎遠に、でも離れても幸せを祈った。

 そして同じ高校になって、少年たちは恋人同然になった。

 

 その矢先のことだった。


 少年は少女の家に遊びに来た。

 チャイムを鳴らしたのに反応がない。

 いつでも遊びに来ていいよ。幼稚園の頃、おばさんには小さな頃からそう言われていたので、少年は少女がいないか中に入っていく。

 扉には鍵がかかっているが、少女の部屋が一階であり、回り込めば窓を覗けると知っていた。


「あ…♡ ん……♡」

「ふふ、可愛いなぁ」


 だけど揺れるカーテンと、そこに揺れる二つの人影に後悔する。

 どういう、ことだ?

 少年は心臓が締め付けられる感覚を味わう。

 幼馴染のかわいらしい女の子。少年はいつだって少女を見守ってきた。

 なのに彼女の部屋から、くぐもった喘ぎ声と、他の男が聞こえる?

 いや、違う。そうだ、きっと親戚の男性が訪ねてきたとか、そういう理由だ。

 自分に言い聞かせ、少年は少女の部屋へ向かう。

 彼は信じていた。信じて、いたかったのだ。

 けれどその心は無残にも砕かれる。


「……え?」


 カーテンの隙間から見えた。

 少女は部屋にいた。

 ただし彼女は全裸で、ベッドで。


「ん……はぁ……あぁ……♡ せんぱい、気持ち、いいです……♡」

「俺もだよ。さ、もっと頑張れる?」

「はっ、はいぃ♡」


 他の男を、受け入れていた。

 艶めかしい喘ぎをあげて、とろんと蕩けた眼を向けて、何度も何度も口付けをする。


「な、なにやってんだ……?」


 二人は外にいる少年には気付かない。

 少女は快楽に酔い、間男はそんな彼女を弄び。お互いがお互いしか見ていない。

 少年は彼女達の様子に奥歯を噛みしめる。


 なんだこれは。

 愛しい女の子が、間男と抱き合い、そいつの大きなモノを喜んでいる受け入れている。

 その光景に、窓の外の少年は一筋の涙をこぼした。


「ふざけんな……お前、浮気してたのかよ……?!」


 






 まるで寝取られから始まるざまぁな物語の導入だ。

 ただ問題は視点の話である。


 はい、わたくしこと橘裕也は、寝取られ少年ではなく。

 今現在、間男ポジっぽいところにいるのでございます。




 ◆




 俺は橘裕也。

 ごく普通のイケメン高校二年生。

 今日は委員長と昼食をとろうと、学食に向かっている最中だ。


「あー、腹減った。今日はオムライスかなぁ」

「橘君はベタな洋食好きですよね」

「うん。エビフライとかメンチカツとか大好き」

「ちなみに私はかつ丼大盛りに決めています」

「委員長も見た目によらず食うよね」


 委員長というのは単なるあだ名で、本名は三科葉子という。

 小柄で三つ編み・メガネにソバカスの地味目な女の子で、何となく印象が委員長っぽいからそう呼ばれている。ていうか俺が付けた。

 異性ではあるが俺にとっては親友と言ってもいいレベルの相手だ。

 そんな彼女と一緒にランチを楽しもうとしていたのだが、


「死ねぇ! このド腐れ寝取り野郎めぇ!」

「ぬぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ?!」


 なんかいきなり男子生徒が殴りかかってきた?!

 咄嗟に避けたものの、相手はものっそい恨みがましい視線をぶつけてくる。

 

「なっ、なんだっ、いきなり?!」


 ちょっと背が低めで、ぼさぼさ髪。

 運動部ではないのか、体格も細い感じの男子だった。

 正直陰キャオタクっぽい。


「うるさい! お前だけはぶっ殺してやる!」

「なんでそんなことに?!」

「なんで、だと?! 自分の胸に聞いてみろ!」


 俺は男子生徒に言われた通り、委員長の胸に触れた。

 むにむに。小っちゃいけどちゃんと柔らかい。


「聞いたぞ。そろそろ新しいブラが欲しいって」

「俺、自分の胸にって言ったよな?!」

「委員長の胸は俺の胸だ」

「違いますよ。やめてください」

 

 委員長が胸を手で隠して離れてしまった。残念。


「くそぉ……俺の、俺の愛する幼馴染を、婚約者を穢しておきながら、とぼけるなよ!」

「なんの話だよソレ?!」

「言い訳をするな! 知っているんだぞ、お前が彼女の処女を奪い、その後も何度も何度も犯し、しまいにはセフレにしたことを!」


 あらやだ、物凄い暴言。しかも全く身に覚えがない。

 廊下で暴力だけでも非常識だというのに、さらに冤罪を吹っ掛けようとはあまりにもひどい男である。


「マジで?」

「いつかやると思ってたよ……」


 なのに周囲の生徒達はまるで俺が悪いかのようにひそひそ話している。

 えー、そんなー。

 俺は助けを求めるように委員長を見た。


「ふぅ。クズバナくん、まずは土下座してください。許されないとしてもその男子生徒に謝るところから始めるべきです」


 委員長も10:0で俺が悪いと判断を下していた。


「いやなんで?! 当たり前のように俺が悪いテイで話し進めないでもらえる?!」

「……違うんですか?」

「違うよ?! 俺に寝取り趣味はありません!」


 むしろNTRダメ、ゼッタイを掲げるのが橘裕也という男だ。

 だというのに俺の信頼度が低すぎる。ナチュラルにクズ呼ばわりされてるし。


「名も知らぬ男子生徒くん、とりあえず落ち着いてくれ。俺は本当に心当たりがないんだ」

「まだ言い訳を……」

「なあ、まずは話し合わないか? たぶん何かお互い、勘違いしてる部分があると思う」

「勘違いもなにも俺は確かに見たんだ! 俺の幼馴染とお前がセックスをしてるところを!」

「廊下でセックスって叫ぶの止めてほしいんだけど!」


 思いっ切り視線集めちゃってるじゃん。

 しかししてるところを見た、と言われても。


「分かった。じゃあ、放課後にまた話す機会を設けよう。君も、こんなところで婚約者の名前を出すわけにはいかないだろ?」

「ド腐れ寝取り野郎に同意するのはシャクだけど、確かに変な騒ぎを起こすのはまずい」

「うん、どう考えても既に変な騒ぎが起こってるけどね?」


 あとその名称を定着させようとするのは止めてもらいたい。


「放課後だ、逃げるなよ!」

「分かってる。俺だって冤罪をかけられたままなんて御免だ」


 唾を吐き捨て去っていく男子生徒。結局名前聞くの忘れてた。


「はぁ、なんなんだよいったい」

「日頃の行いの悪さですね」

「委員長、なんか俺に恨みでもあるの?」

「胸を揉まれたのに無いとでも?」


 むぅ、と不満そうな顔をしていらっしゃる。


「でも怒ってるとこもかわいい」

「私にそういうのは橘君くらいのものです」


 つん、と澄ましてるけど頬が赤い。

 何故か知らないが間男扱いを受けるという非常に納得のいかない状況でも、ちょっとだけ心が和んだ。

 


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