第3話 打ち上げ
高すぎもせず安すぎもしないイタリアンダイニングの大きめの個室での千秋楽の打ち上げは今のところ和やかな雰囲気だ。
このままいけばDVDもきちんと発売される。との発表もあり制作側も俳優や事務所も一安心というところだ。
俳優陣は若手が多いこともあり、運ばれてくる料理も酒もなかなかのスピードで消えていく。
もちろん、男三人で水面下の修羅場を抱えているという事実が明らかになれば、この和やかさを台無しになるが、三人ともそこはきっちりとわきまえている。
しかし、打ち上げの席で男女の修羅場がおこったり、それが後々の業界人の語り草になったりするのを見てきただけに、自分がそうなるのが面倒なだけで、七斗も識臣もお互いがお互いを邪魔には思っているのだった。
「七斗、よかった、よかった」
「玲也くん、飲み過ぎだよ~」
最初はプロデューサーや脚本家に気を使っていた俳優陣も、酒がすすむとそれぞれに仲の良い相手と話し込みだす。
玲也は多少だが絡み酒な部分があり、宴会が長くなればなるほど若手が周りからさっといなくなるタイプだった。
早くも今回は顔を赤くして長い語りが入りそうになったのを察して二十代の俳優も女優もさっと他のグループに避難していった。
「そりゃあ、七斗は出てる舞台全部DVDとかになってるかもしれないけどさ~俺もいろいろ若い頃は経験してるからさ~」
「うん、うん」
スパークリングワインを飲みながら『俺の若い頃は~』なんて語るには三十二歳は早すぎる。
だが、こうやって酒が入り先輩ぶる玲也のことをカワイイとすら七斗は思っている。
それには、やはり七斗が玲也の顔が好きというフィルターが大きく作用しているのは間違いない。
玲也の自分が一番だという根拠のない自信を浴びていると、七斗もなぜかそれに当てられて玲也に酔ってしまう。
七斗は七斗で、玲也の隣を陣取れたことで機嫌がすこぶるいい。識臣がジットリと湿気を帯びた蛇のような眼で睨んでくることさえ、歪な優越感が沸き上がってくるのは止められない。
まだ、識臣のことを問い詰めたりしていないが、それはこの後ですればいいことだと七斗は軽く考えていた。
「七斗く~ん、玲也さ~ん見て~、ほらほら、コレ七斗くんのことべた褒め、玲也くんのことも褒めてる……それに比べるとさ~僕の扱い小さい~」
「え~なんか、やっぱ照れるな~」
さっきまで七斗を睨んでいたことをチラリとも見せず、鼻にかかった甘えた声色で、七斗が表向き同い年という設定を忘れないで話しかけてくる識臣もまた、プロの俳優である。
識臣がスタッフから借りて持ってきた演劇雑誌には、今回の舞台のレポとライターの感想がネタバレにならない程度に載っていた。
「このライターさん、真渕さんが七斗好きなだけだって、識臣、舞台でも可愛かったしさ~」
識臣に対して玲也は距離をつめ肩を抱き寄せた。
玲也の識臣に対するあからさまにデレデレした態度に少しだけとはいえ、七斗は苛立ちを覚える。
舞台ではあくまでも識臣はカッコいいキャラを演じていたはず、なのに『可愛い』とあえて言う玲也がどれだけ識臣に入れ込んでいるかを示しているようなものだった。
七斗は自分の察しの良さにうんざりする。
「トイレ、行ってくるね」
「は~い」
「おう」
七斗はいてもたってもいられず、その場を離れた……。
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