第2話 気づきたくなかった

 落ち着かなくて、寝られない。

 地方公演期間、七斗はあまりにも頻回に玲也の部屋を訪れていた。

 それが、良くも悪くも最近のルーティンになっていたわけで。

 七斗は玲也以外の出演者数人と軽く夕食をとった後、他のメンツが知り合いのガールズバーに行く流れになったので、先に抜けてきた。七斗は別に、ゲイであることを俳優仲間に明け透けに話しているわけではないが、どうやらなんとなく察せられているようで引き留められなかったのは助かった。

 しかし、ホテルに戻りシャワーを浴び、そのままの流れるように玲也の部屋に行く準備をしてしまったのはいくらぼんやりしていたとはいえどうかしていると七斗自身も頭を抱える事態だ。


「オレ、マジでちょっとやばいかも」


 そんな独り言が七斗の口をついて出る。無理やり目を閉じてはみるのだが、寝ようとすればするほど玲也に会いたい、という焦燥感で七斗の内心はいっぱいになる。


※※※


 連絡もしないで部屋に行ってみる、というのは七斗としても良くないことだとはわかっていた。

 だけど、七斗にはもうそこに向かうことを止められなかった。

 好きなときに呼び出すだけ呼び出しておいて、こっちが好きなときに訪ねてはいけないだなんてのはさすがに勝手だという気持ちも七斗にはあった。


「七斗さん、玲也さんなら、もう今日は無理だと思いますよ」

「……なんのこと」


 玲也の部屋に行こうとホテルの廊下に出たところでいきなり、後輩俳優の青野識臣(あおのしきおみ)に声をかけられた。

 識臣はかわいらしい顔立ちをしているが、今回の舞台ではメイクを強めにしてカッコいいキャラを演じている。そんなギャップがたまらなく魅力的なのだとファンからは言われている。

 だが、ファン向けのキャラクターとは別に、識臣はどこか周りを舐めてかかっているところがある。

 明らかに先輩だとか、年下でも大手事務所のホープだとかにはそんなところはチラリとも見せないが。


「それに、なんでオレに敬語なんだよ、同い年だし芸歴も同じ位じゃん」

「……やだなぁ、僕は本当に二十歳だからに決まってるじゃないですか、ま、それはともかく、玲也さんとはさっきまで部屋で一緒だったんです。こんだけ言ったらわかりますよね?」


 前半、聞き捨てならない言葉があったような気がしたが、それをスルーしてしまう程後半の識臣のセリフに七斗は頭に血をのぼらせてしまった。


「……玲也くんと寝たのか? いつから?」

「わ、こわっ、最近ですよ、玲也さんってすごいですよね~、僕がそっちだってわかったらすぐに口説いてくるし、実際、自信があるだけのことはあるし」

「…………」

「だから、僕、玲也さんを一人占めしたくなっちゃったんです。もちろん、奥さんは別として」

「……玲也くんの奥さんにも気に入られなきゃ一番の男にはなれないぞ」


 玲也はどこまでもズルい男だ、妻であるさちかの前では絶対に後輩の顔を崩さない男の愛人を愛人として一番の立場に置く。

 さちかのことをそれなりに大切に思っているのもあるが、もう一度さちかを怒らせて離婚なんてことになれば、好きな役だけ受ける今の気ままな俳優活動は崩れてしまう。

 さちかの財力も失いたくないが、妻以外の恋人や遊び相手を持つスリルも失いたくないらしい。そのことは七斗も承知していた。

 七斗が短い期間で玲也の一番の愛人になったのも、さちかの前において、かわいい後輩俳優の演技を完璧にこなしているからだ。


「やだなぁ、僕だって俳優ですよ……五歳もサバ読むよりは全然簡単ですよ~ねぇ、本当は二十五歳の七斗さん?」

「玲也くんにバラすならバラせよ……」

「そんなことして奪ったってつまんないじゃないですか、ちゃんと普通に奪いますよ、僕が本気出せば奥さんからも奪っちゃえるかも」

「……好きにしろ」


 すぐに部屋に戻り鍵をかける。七斗はドアにもたれ掛かり、そのままずるずると座り込む。

 強がっていても、頭の中はパニックだ。

 識臣はなぜ自分の本当の年齢を知っていたのだろう? 誰か事務所の人間がバラした? いや、事務所でも知っているのは社長とマネージャーだけのはず……デビュー前のSNSは全部消したし……

 それより、七斗は自分自身の気持ちに動揺する。


「…………オレ、玲也くんのこと好きだったんだな」


 ろくでもない男だと、わかっている。

 顔が好きで男日照りの寂しさにフラっとしただけだと、割りきっている。つもりだった。

 玲也を渡したくない。これは恋愛なんだろうか? それとも執着? 

 今の七斗にはそれがわからなくなりつつある。


 ズブズブと底無し沼にはまったことだけは七斗の綺麗な顔を涙がつたったことが証明していた。

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