ぬいぐるみに命を宿したオタク
二人のオタク仲間の友達は、そろって「ぬい」の愛好家だった。
ぬい――それは「ぬいぐるみ」の略称であり、主に女性向けコンテンツを中心に広がった文化の一つだ。
キャラクターを二頭身化させたデフォルメのぬいぐるみが公式から発売され、それを自らの推しの分身として溺愛し、イベントやコラボカフェ等で一緒に写真を撮ってTwitterにアップするのが昨今の流行りだ。推しコンテンツとは無関係な旅行なんかでも「ぬい」と共に写真を撮る者も多くいる。
そんな、女オタクコンテンツと切っても切り離せない存在である「ぬい」について、私はあまり理解を示していなかった。
ただのぬいぐるみではないか。推しにそっくりな形をした、綿の入った布を見ながら私はそう思った。
友達Aが友達Bに、「ぬい」を買って来たとき、友達Bに「ぬい」を渡す役目を仰せつかった私は電話でBに「例のブツはちゃんと受け取って来たから」と言うと「ぬいをブツって言うな!」と怒られた。
「ぬいは生きている。みんな少しずつ顔が違う」
誰もがそう言っていた。友達Aは同じキャラクターの同じ「ぬい」を五つか六つくらい持っていて、それぞれ顔が違うんだよ、と言っていた。私には全部同じに見えた。
曰く、「ぬい」には命がある。それぞれ生きていて、感情がある。
微妙に笑っているような微笑みを浮かべた口元に、どこを見ているのかわからない目。
じっと見ているとそのシュールさに笑いがこみあげて来る。
しかし、可愛くないというわけでもない。可愛いぬいぐるみとして部屋に飾る程度なら別に良いと思うのだが……
ともあれ、「ぬい」という存在とオタクコンテンツが結びつかない私には、「ぬい」という文化を理解できなかった――そのときまでは。
あの日から何年と数か月が経った。
とあるコンテンツにハマった私は、またしても「ぬい」の存在にぶち当たる。
元のキャラクターよりも随分とデフォルメ化されている「ぬい」だ。
偉く可愛い見た目になっちまったな、とTwitterにアップされた他のオタクの写真を見ながらそんなことを思っていた。
それにしてもめっちゃ可愛い。
Twitterに上げられた「ぬい」の群れを見ながらそう思った。ふわふわしてやがる。ふわふわ……してやがる……
ついつい私は、その「ぬい」に興味を見出してしまった。
こんな可愛い生物が生活のそばにいたら、心は満たされるが情緒は破壊されそう。
ん? 生物? 生物と言ったか? 私は。
これに命を見出したのか?
ふと、私はどこかで見た話を思い出した。
友達のいない少女が、毎晩ぬいぐるみに話しかけていると、ぬいぐるみが慰めてくれる言葉をかけてくれた。そんな話である。
無論、そんなのは気のせいなのだろうが、少女がぬいぐるみに命を感じたのは事実だろう。
その話を聞いた人は「あなたはぬいぐるみに自分自身の魂を分け与えた」のだと言った。
人間が人形やぬいぐるみにまるで命があるかのようにふるまうのは、自分が命を与えているからだ。
よく知らぬ「ぬい」をただの物としてしか見ていなかった私は、「ぬい」に魂を分け与えていない状態だったのだ。
どのタイミングだったのかはわからないが、きっとどこかで私はその「ぬい」に魂を分け与えた瞬間があったのだろう。
そんなわけで、私は今推しのぬいが欲しい。欲しいのだが今現在、在庫がない。
前に一瞬だけ復活したことがあったそうだが、次に在庫が復活するのは一体いつだろうか。鬼のように公式Twitterやオンラインショップのサイトを確認するのだが全然全然入荷されないんだが。
そろそろ狂いそう。部屋の隅に推しのぬいを置きたい。すでに情緒が壊れてる。最推しがいないので別の推しぬいを部屋に置いた。すでに良い。掌に乗ってしまうサイズのふわふわなぬいぐるみが狂おしいほど愛おしい。お迎えしたぬい自力で座れないの可愛い。寄りかからせないと座らせられない姿に生まれたての小動物を見るかのような気持ちを覚える。心なしか部屋の空気が良くなったような気がする。これで最推しが来たら部屋が天国になるんじゃないか? 大丈夫なのか? 世の中のオタクは。こんな生き物が部屋に大量にいるオタクは特に。部屋が天国になった上で異界化しない?
ぬいを掌に乗せると「アカン」という気持ちになってしまう。なんか、小さなハムスターを掌に乗せたときの気持ちになる。「こ、こんな小さな生き物、どうしよう……小さな命……壊してはいけない……大切にしなくてはいけない……」ってなってしまう。
現在、部屋にぬいは一人だけだ。最推しくん在庫の復活を早くしてほしいところである。一応、二か月後に発売の別のぬいを予約済みなので、部屋のぬいが永劫一人きりになってしまうようなことは避けられるだろう。
早く届いてほしい。
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