帰り道【凛】

「帰ろうか?」


「うん」


「ちゃんと挨拶だけはして行く?」


「ううん。いらない」


私は、龍ちゃんと並んで駅に向かう。


「もう、撮影には参加しないのか?」


「参加しても会わないよ。最近は、SNOWROSEだけ別撮りっていうのに変わったから……」


「そっか……。あのさ、凛。久しぶりに会ったのに、悲しい別れになったんじゃないのか?」


「どうして……。龍ちゃんがそんな顔するの?」


龍ちゃんは、切なそうな表情を浮かべていた。


「ごめん。でも、凛が星村さんを愛してるのはわかってるから……」


「私って、欲深いよね。普通に考えて二人も愛せないのにね」


「そんな事ないんじゃないか?女の人でも男の人でも、一度に複数人を愛せる人は存在するから」


「そうなのかな……。それって、ちゃんと全員を愛せてるのかな?」


龍ちゃんは、私の手をそっと握りしめてくる。


「愛せてるよ。少なくとも俺は、凛に愛されてるって感じてる」


「龍ちゃん……」


「未来がないぐらいの年齢だったら星村さんを選んでただろ?」


私は、龍ちゃんの言葉に笑ってしまう。


「例えば、凛が今90歳とかだったら?」


「90歳って龍ちゃん。それは、未来がなさすぎじゃない?」


私の言葉に龍ちゃんは、ハハハって笑った後で、「100歳まで生きるとしても10年は過ごせるだろ?」と言った。


「それなら、拓夢を選んだと思う。未来がなくてもいいなら……。ごめんね」


「謝る必要はないだろ?俺には、拭い切れなかった絶望を星村さんは拭えたんだから当然だよ」


駅について、龍ちゃんは切符を買う。


「俺達は、きっと少しずつズレていってたんだよな」


私は、龍ちゃんから切符を受け取った。


「ボタンの掛け違いってやつ?」


「そうだな。細かいボタンの服だよな」


「掛け違ってるのにも気づかないタイプのやつだよね」


「それだよ、それ……」


確かに、私と龍ちゃんはそんな感じだった。


私達は、ホームに降りて行く。


「気づいた時には、手遅れで……本当ならやり直せなかったんだと思う」


龍ちゃんは、ホームを見つめている。


「だけど、やり直せたのは、彼が音楽をしてて未来がある年齢だったからだ」


ホームに人が増えていくのを見て、龍ちゃんは拓夢の名前を出すのをやめた。


拓夢が、SNOWROSEじゃなかったら……。

私と拓夢は、今でも関係を続けていたはずだ。


「俺が選ばれたのは、彼が若かったからだね」


電車がホームに入ってくる。


「それだけじゃないよ。龍ちゃん……」


私は、龍ちゃんの手を握りしめた。


「だけど、俺には凛の絶望を拭えないから……」


龍ちゃんは、私の手を引いてくれる。電車に乗り込んだ。


「もっと私が強くならなきゃ駄目なんだよね」


電車が動きだして、私と龍ちゃんは窓の外の景色を見つめながら話す。


「凛は、強いよ。これ以上強くならなくていいんじゃないか?」


「全然だよ。私は、弱いよ。だから、自分の力だけで絶望を拭えなかったんだよ」


「何度も頑張ってただろ?そんなに自分を責めなくていい」


私は、龍ちゃんの手を強く握りしめた。


「龍ちゃん……。私、少しずつ進んで行くから。今日の事も、いつか笑って話せるぐらいになるから」


拓夢が抜けた穴を埋めるものはない。


二人で一つだった。


拓夢に出会ってからは、ずっとそうだった。


「ゆっくりでいい。焦らなくていいから……」


「龍ちゃん」


ずっと隣にいてくれる龍ちゃんとの日々を大切に生きていこう。


そして、いつかこの穴を自分の力で補えるようになったら……。


「今日は、帰って飲もうか?」


「飲まないよ……」


「じゃあ、久しぶりに映画でも見ようか?」


「見る」


「楽しいのにしようか!コメディとか?」


「いいね」


最寄りの駅について、私達は電車を降りた。


この先、どんな未来が待っていても……。


私は、私で頑張るから……。



さよなら、拓夢。


ずっとずっと……。


愛してる……。


「ポップコーンでも買って帰ろうか?」


「いいね」


「映画館みたいだろ?」


「うん」


龍ちゃん、ごめんね。


だけど、私はやっぱりどっちも愛してるんだ。


私と龍ちゃんは、笑いながら家への道を歩く。


どんな未来が起こるかわからないけれど……。


今日も、明日も私達は歩いて行くだけ……。


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