さよなら……【凛と拓夢】

触れ合った指先が離れていく。これでもう本当に最後なのはわかってる。終わりに近づけば近づくほど、この手を手繰り寄せたくなる。凛は、精一杯笑ってくれていた。


「じゃあ、元気で」


「拓夢も……」


振り返れば二度と戻る事は出来ない。


「せーので進もうか?じゃなきゃ、俺。歩けないよ」


「私もだよ」


俺と凛は、お互いに見つめ合う。


『せーの』


一緒に言ってから、回れ右をした。


背中合わせに、まだ凛がいるのを感じる。


「じゃあ、また、いつか」


「うん。また、いつか」


歩き出したのが同時なのが、わかった。凛のヒールのカツカツという音だけが規則正しく聞こえている。振り返る事はしない。


振り返れば、二度と凛を手放せなくなる。


「凛、ありがとう」


「拓夢、ありがとう」


俺達の声が響いて重なり合う。音だけが、抱き合ってくれていた……。


俺は、泣きながら歩いて行く。


「帰ろうか!星村君」


「はい」


出た所で、相沢さんが待っていてくれた。


「凛は?」


「見てないよ。会場に戻った……」


相沢さんの言葉に膝の力が抜けて崩れ落ちそうになる。


「大丈夫か?星村君」


「すみません」


「絶望だろ?これ以上にないくらいの……」


「はい……」


今までの【さよなら】とは違う。重くて痛い【さよなら】だった。


「素敵な歌詞がかけるね。急いで、帰ろう」


「はい」


相沢さんは、俺を支えてくれて歩き出す。


身体中に力が入らない。

味わった事のない絶望。

俺、こっから本当に復活出来るのかな?



♡♡♡♡♡♡♡♡


拓夢に絡み付いていたいぐらいだった。今すぐに、拓夢と愛し合いたいぐらい。未来なんかなくたっていいと思えたなら、この結末はなかったのかな?


【せーの】で、背中合わせになった。


まだ、拓夢の温もりがあるのを感じる。


歩き出したのは、同時だった。


拓夢の歩く足音がかすかに聞こえてくる。


「凛、ありがとう」


拓夢の声が聞こえ、私も叫んだ。


声が、重なり合う。まるで、愛し合っていたあの頃のように……。


振り返ってはいけない事はわかっている。もう、戻る事は出来ないのだから……。


会場の入り口についた時、私は拓夢にバレないように見てしまった。


拓夢は、こっちを振り返る事なく出て行った。


胸が痛くて、息が出来ない。苦しくて、悲しくて堪らなかった。


私は、会場の扉を開ける。


「もうすぐ、終わりだって……」


龍ちゃんが扉の前で待っていてくれた。


「龍ちゃん……」


足の力が抜けて、私はふらついた。


「凛、選ばなかったんだね……」


私は、龍ちゃんの言葉に頷く。


「頑張ったね、凛」


龍ちゃんは、優しく私の頭を撫でてくれる。


未来なんかいらないと思えたら違ったかも知れない。


でも、今の私はまだそんな風には思えなかった。


「龍ちゃん……私、ズルいよね。ズルい人間だよね」


「人間なんて、みんなズルいんじゃないか?俺は、ズルい凛も好きだよ」


「龍ちゃん……」


まっつんさんと理沙ちゃんの二次会が終わった。最後に二人から、ささやかなお礼として、天使の羽根がついたスプーンが渡される。


「おめでとう、理沙ちゃん、まっつんさん」


「ありがとう」


「ありがとうございます」


私と龍ちゃんは、二人に会釈をしてから離れた。


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