ズルい私【凛】
会場にいたはずの拓夢の姿がいつの間にか見えなくなったのに気づいていたけれど……。
「見に行ってきたら?」
「龍ちゃん……」
「なぁ、凛。俺に遠慮しなくていいんだよ。本当は、星村さんを選びたかったんだろ?」
「そんな事ないよ。私は、ズルいだけ……」
「三人で一緒に生きて行けたらよかったのかも……何てな」
龍ちゃんは、優しい笑顔で笑ってくれる。
「凛、ほら行く」
私は、龍ちゃんにくるりと回れ右をさせられる。
「龍ちゃん……何で?」
「後悔しないようにしなきゃ!だから、行っておいで」
「そしたら、私……」
「そうなったら、そうなった時だよ。ほら、行く」
龍ちゃんは、私の言いたい事をわかっていながら背中を押してくれた。
私は、足早に会場の外に出る。
周囲を見渡すと、拓夢が相沢さんと話しているのを見つけた。
帰るの……?
「拓夢……」
気づいた時には、もう声が出ていた。
拓夢は、自分がズルいみたいな言い方をするけれど……。私の方がズルい。
だって、私は……。
また、拓夢に絶望を拭って欲しいと思っているのだから……。
「凛、ごめん」
私の言いたい事がわかったのか、拓夢はキスをしてきた。
「謝らないで……」
「だけど……」
私は、拓夢にキスをする。
「凛……」
「拓夢に絶望を拭って欲しかった」
「それって……」
「だけどね。もう、これ以上迷惑かけたくない」
「迷惑じゃないって言ってるだろ?」
神様がいる神聖な教会で嘘をつくのはやめよう。
私は、深呼吸をする。
「わかってるよ。だけど、拓夢に会ったら拓夢が欲しくなるんだよ」
「凛……」
「私、ズルいんだよ。龍ちゃんも拓夢も失いたくない。どっちとも一緒にいたい。だけど、そんなの無理じゃない?どちらかを選ばないといけないのなら……。私は、拓夢を選べない」
「それは、旦那さんと結婚して長いから……?」
「違う」
「じゃあ、何で?」
本当は、ずっとわかってた。だけど、ずっと言えなくて……ううん。言いたくなかっただけだ。
「未来ある拓夢を選べないよ」
「SNOWROSEの事気にしてるなら……」
「違う。SNOWROSE じゃない」
「じゃあ何?」
「子供が出来る未来だよ」
拓夢は、首を横に振る。
「凛がいる未来なら、何もいらない……」
拓夢がその言葉をいうのはわかってた。
「ごめんなさい」
「凛……?」
「今は、そう言ってても……。一緒に過ごすうちに欲しくなるんだよ」
「そんな事ない」
「そんな事あるんだよ」
「凛……何でそんな事言うんだよ」
私は、拓夢の涙を指で拭う。
「拓夢がなくても、私がそうなるの……。だから、ごめんなさい」
「謝らないでよ。謝って終わりにしないでよ」
「そうだよね。拓夢、いつか……友達になってくれる?」
やっぱり私はズルい。
「わかった」
「もう二度とこんな事が出来なくなっても、胸が痛まない関係になりたい」
大人になって覚えた事はズルさだ。私は、拓夢にまたキスをする。
深い深い海の底に沈んでいくような感覚がする。
「凛……」
息が出来ない……。
「拓夢……」
それでも、夢中でキスをし続けていた。
「凛が欲しい……」
「私もだよ……拓夢」
まだ、ずっと苦しくて痛くて悲しくて……。
まだ、全然。
拭えなくて……。
体の奥から沸き上がる渇きを潤せないでいる。
『さよなら……ありがとう』
だけど……。
私と拓夢は、離れた。
「凛……友達になれる気がしたら、連絡してきてよ」
「わかった」
拓夢は、私の手を握りしめてくる。
「凛……幸せでいて」
「拓夢も、幸せでいてね」
ゆっくりと離れていく指先……。
もう一度手繰り寄せたい程、拓夢が欲しい。
だけど……。
『元気でね』
私と拓夢は、精一杯の笑顔で笑った。
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