会わないつもり?(拓夢)

「もしかして、もう会わないつもり?」


「その方が凛にとっていいと思います」


「だけど、撮影で会ったりもするだろ?PVで使ってるんだから……」


「それは、そうなんですけど……。撮影が終われば話しなんかしないですぐに帰るから。あの時間は、本当にビジネスで……凛を想う時間にはなってないんです」


「そこは、割り切ってたんだね」


相沢さんは、頷きながら笑った。


「ちゃんと向き合えたのは久々でした。そしたは、止まらないんですよ。今まで、塞き止めていた気持ちが溢れだしてきて。今すぐ凛の腕を掴んで逃げ出したいぐらいなんです」


「凛さんの全てを自分のものにしたくなっちゃったんだね」


「そうなんです……」


「気持ちって押さえつければ押さえつけるほど……。解放した時の反動は止められないからね」


俺は、相沢さんの目をゆっくり見つめて頷いていた。


「自分の気持ちなのに、止める事が出来ないんだよね。わかるよ。まるで、別の生き物を飼ってるみたいだろ?」


「はい……」


「その生き物を押さえつける事は出来ないんだよね」


「はい……」


相沢さんは、俺の背中をトントンと叩く。


「じゃあ、一緒に帰ろうか?」


「はい」


「松田君には、悪いけどね。この会場で、凛さんを見ている事は今の星村君には出来ないだろ?」


俺は、相沢さんの言葉に頷いた。旦那さんと笑い合っている凛を見るのは辛い。


「痛くて、苦しい。その今の感情で歌詞を書いたらどうかな?」


「相沢さん……」


「ぶつけるんだよ。星村君は、それが出来るだろ?」


「書きます。俺、帰って書きます」


「じゃあ、帰ろうか!」


俺は、相沢さんと歩き出す。


「拓夢……」


その声に振り返った。


「何で……」


「帰るなら言ってよ。また、会えなくなるし……。話せなくなるでしょ?」


「何で……凛。旦那さんは?」


「今は、龍ちゃんの話しはいいでしょ」


相沢さんは「先に行ってる」と言って歩き出した。


「凛、駄目なんだよ。俺は……」


「わかってるよ。もう、会いたくないんでしょ?」


「違う……」


「週刊誌に撮られちゃったし……。私、拓夢に迷惑ばかりかけてる」


「違う……」


「違わないよ。もう、会わなくていいよ。会うと迷惑かけちゃうから……気をつけて帰ってね」


戻ろうとする凛の腕を無意識に掴んだ。


「拓夢……」


「迷惑じゃない。迷惑なわけない。だけど、駄目なんだよ」


「何が?」


「凛に会ったら、凛が欲しくなる。次に凛とそうなったら……俺は、あの時みたいに止められない。わかってるから、駄目なんだ」


「拓夢……」


「凛……」


凛が俺の頬にそっと手を当ててくる。


『さよなら…………』


同じ言葉を俺達は、口に出していた。


「それって、凛も……」


「私は、捨てられないよ。何もかも……だって、私は、ズルいから……」


「わかってる」


わかっていて、俺は凛を愛した。


俺は、凛の頬に手を当てる。


「愛してるよ、凛」


「拓夢……」


「この先、誰かと出会って、付き合って結婚しても……。それでも、俺は凛を愛してる。凛だけを想ってる……俺もズルい人間だから……」


「拓夢、ありがとう。私も拓夢の事、愛してるよ。だけど、龍ちゃんも愛してるの……だから、どっちか何か選べないの。ごめんね」


「先に出会ったのが俺だったら、凛は俺の傍にいてくれた?」


凛の涙が親指を濡らす。


「先に出会ったのが拓夢だったら、拓夢の傍にいたよ」


俺は、凛の頬から手を離した。


「ズルいよ、凛」


ポケットから、ハンカチを取り出して凛に差し出す。


「拓夢……ごめんね」


「謝らないでよ。謝られたら俺、凄い惨めなだけだろ?」


凛は、俺の言葉に黙ってしまう。


「最後に抱き締めていい?」


「うん」


俺は、凛を抱き締める。凛の匂いも柔らかさも、確かめるように……。


「凛とそうなりたくなるから……もう離れる」


「拓夢……ありがとう」


離れた俺の手を凛が掴んでくる。


「何が?」


「あの時の絶望を拭ってくれて……」


「ううん……本当は、今の絶望だって拭ってやりたかったよ、凛」


「大丈夫だよ。私も、覚悟を決めたから……。だけど、多分。こんな事したら、きっといけないんだけど……」


俺は、ズルい。

だって、こんなにも凛を愛しているから……。


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