謝らないでいいから【凛】

暫く、目を閉じていたけれど…。包丁で手を切っても痛いのに、痛みを感じなくて、私はゆっくり目を開けた。


「龍ちゃん」


「ギリギリセーフ」


包丁は、ソファーの背もたれに刺さっていた。


「何で?」


その時に変になったのか、龍ちゃんの右手から血がポタポタと流れていた。


「当たり前だろ?殺すわけない」


龍ちゃんは、ゆっくり起き上がった。


包丁の柄の部分を私に当てたのがわかった。


「龍ちゃん、大丈夫?」


「これ?大丈夫、大丈夫。ほら、こうやった時に、本当はこうするつもりだったんだけど。間違って掠めただけ」


龍ちゃんは、包丁をソファーから抜いて説明する。どうやら、倒れる瞬間に柄を私に当ててソファーを刺そうとしたけれど…。初めてだったから、うまくいかずに腕を傷つけてしまったらしい。


「手当てしなきゃ!」


私は、龍ちゃんの血を見て冷静になっていた。床に落ちたバスタオルを拾って、龍ちゃんの血を押さえる。


「大丈夫だって!たいした事ないから」


龍ちゃんは、テーブルに包丁を置いてから私の頭を撫でてくれる。


「ごめんね、ごめんね」


「謝らなくていいから」


いつも通りの笑顔を龍ちゃんは、浮かべてくれる。


「やっと、ちゃんと目が合った」


龍ちゃんは、そう言って私の涙を拭ってくれる。


「凛、検査薬したんだろ?」


龍ちゃんの言葉に私は頷いた。


「生理くるの待てなかった?」


「うん」


「そっか、そっか。仕方ないな」


龍ちゃんは、私を引き寄せておでこにチュッてキスをしてくれる。


「龍ちゃん、手当てする」


「いいって大丈夫だから」


「でも、まだ血が出てるよ」


バスタオルに龍ちゃんの血の赤が滲んできたのが見える。


「たいしたことない。もうすぐ止まるから」


私は、龍ちゃんをいつも傷つける。


「ごめんね。龍ちゃん」


「だから、謝らないでいいんだよ」


そう言って、私の涙を左手で一生懸命拭ってくれる。


「なあ、凛」


「何?」


「これで、凛は生まれ変わったよ!おめでとう」


そう言って、龍ちゃんはもう一度おでこにキスをしてくれた。


「絶望した?」


「ううん」


「生きていてよかった?」


「うん、よかった、よかったよ」


私は、泣きながら龍ちゃんに抱きついた。


「ごめん、片手しか回せないわ」


「龍ちゃん、ごめんね、ごめんね」


「だから、謝らないでいいって」


「さっき、怒ってたでしょ?」


私の言葉に龍ちゃんは、「怒ってた」と言った。


「やっぱりそうだよね」


「でも、それより悲しかったかなー。凛が俺が居ても死にたいって言っちゃう事が悲しかったな」


そう言って、龍ちゃんは耳元で「ハハハ」って笑ってる。


「手当てさせて、龍ちゃん」


「わかった」


龍ちゃんは、そう言って私から離れた。私は、裸のまま救急箱を取りに行く。

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