送ってもらう【拓夢】

「悪いな」


「いえ、いいんですよ」


溝口は、そう言って笑ってエンジンをかける。


「忙しいか?」


「それなりにですよ!先輩は、時の人になっちゃいましたねー」


「そんな事ないって」


「ありますよ」


溝口は、前だけを見つめながらそう言った。


「思ってたより、忙しくて、引き継ぎ残ってたよな…」


「それは、何とか課長としてますよ!って言うか、お客さん達もテレビ見て、星村君テレビに出てないなんか言ってきてわかってるんですよ」


「そうなのか?じゃあ、引き継がなくても大丈夫なんだな」



「ですね」


溝口は、そう言って頷いていた。


「こっちにいた時の方が、楽しかったなーとかって思ったりするよ」


俺は、ボソッと口に出していて、赤信号で停まった溝口は、俺の顔を見つめる。


「先輩、贅沢ですよ!夢を叶えられない人は、世の中に沢山いるんですよ!それに、叶えれたって、売れるとは限らないじゃないですか…。だから、先輩は贅沢ですよ」


「そうだよな」


俺は、苦笑いを浮かべて笑った。


「どこでしたっけ?」


「まだ、先」


「了解です」


見慣れた街並みが現れてくる。最寄りの駅の近くだ。


「溝口は、彼女は?」


「いないですよ。先輩は?」


「俺も同じ」


「先輩は、作れないですよね!芸能人になっちゃったし」


「そうかもな」


俺は、窓の外を見つめる。


「寂しいですか?」


「えっ!あっ、そうかもな」


「ですよね。芸能人でも、寂しいですよね」


「そりゃ、そうだろ」


「ファンが恋人です!何て言うタイプかと思ってました」


「そんなわけないよ!あっ!そこだわ」


そう言うと溝口は、車を停めてくれる。


「先輩」


「どうした?」


「無理せず、頑張って下さい」


「ありがとう」


「こっち来る事あったら、また会社に寄って下さいよ」


「わかった」


「応援してます」


「ありがとう!溝口も頑張って」


俺は、紙袋を下げて車から降りる。


「あっ!先輩」


「何?」


「これ、預かってたの忘れてました。じゃあ!」


そう言って、溝口は分厚い封筒を渡してからいなくなってしまった。


「あっ、これ」


誰から預かったかを聞きそびれてしまった。俺は、紙袋に封筒それを入れて歩き出す。凛と過ごした日々が、鮮やかに蘇ってくるのを感じる。ポストには、大量のチラシが入っていた。俺は、それを手に取って紙袋に入れる。


三ヶ月ぶりに、この家に帰ってきた。俺は、鍵を開ける。


「ただいま」


って言っても、誰もいないの何かわかってる。三ヶ月住まないだけで、部屋は埃臭い。


鍵をかけて、家に入る。リビングに来た。ダイニングテーブルは、まだ引っ越せていなかった。俺は、椅子に紙袋を置いた。


バサッ…。下手くそに置いたから中身がひっくり返ってしまった。


「最悪だ」


紙袋の中身をしまう。さっきの封筒を握りしめる。


誰かわからないけど、読むか…。俺は、紙袋をきちんと置いてから座る。


封筒を開いて、中の手紙を取り出した。


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