菩薩みたいな人
俺は、凛が買ってきた滑らないトレーにコーヒーとパンを乗せて食べる。凛が帰ってから今日で四日目だった。
四日前の朝には、凛と一緒にいたのに…。
食べ終わった、お皿をシンクに入れる。お皿を洗う気力も湧かない俺はスーツに着替えてから、家を出た。
「いってきます」
小さな声で、呟いてから俺は歩きだした。会社につくと、後輩に引き継ぎをする為に一緒に外回りに巡る。ずっと、頭の中はモヤモヤしていて…。気付くと全部終わっていて…。怒られたり、文句を言われない所を見るとどうやらうまくやれたようだった。帰宅したのは、2時過ぎだった。
すぐに「星村、お客さん来てる」と言われる。このお客さんが、俺の頭にかかった霧をはらしてくれる。
「はい」
「第二会議室に通してるから」
「わかりました」
俺は、そう言われて、ゆっくりと第二会議室に向かった。
コンコンー
「失礼します」
そこにいたのは、見た事のない男の人だった。
「こんにちは」
「こんにちは」
その人は、立って頭を下げる。
「リフォームのご依頼でしょうか?」
「いえ」
そう言って、その人は名刺を俺に差し出してくる。
「初めまして、皆月龍次郎です」
その言葉に、俺は体が固まっていく。凛の旦那さんの龍ちゃんが、俺を殺しにきたのかと思った。
「そんな顔しなくても大丈夫ですよ!俺は、星村さんに感謝しているんです。あっ、ここじゃ何なんで外で話す方がいいですか?」
「大丈夫ですよ」
この第二会議室の近くは、ほとんど誰も来ないから、だいたい家族がやってきたりしたら通す場所だった。
「感謝なんて、そんな…」
俺の言葉に、凛の旦那さんは優しく笑ってくる。
「凛が話していないのなら、俺からは、話ませんが…。いつか、凛があの日の事を話す時があれば聞いてあげて下さい」
「はい」
「俺は、あの事を思い出すと今でも怖くなるんです。だけど、次の日、凛は、星村さんと会って帰ってきたんだと思います。昨日より、元気になったのを感じました」
その言葉に、凛の前日の絶望を思い出していた。
「星村さんと出会って、凛は救われていました。本当に感謝してます」
凛の旦那さんは、俺に頭を下げる。
「顔あげて下さい。俺と凛さんは…」
不倫だと言おうとしたのを止めるように、凛の旦那さんは、こう言った。
「世間が何と言おうと、俺は、凛と星村さんの関係を咎めたりしません。決めるのは、世間ではなく俺です」
そう言って、凛の旦那さんは俺をジッと見つめる。
「凛と俺に、子供がいないのは知っていますよね?」
「はい」
「その事で、凛はずいぶん苦しんできました。俺は、その沼のような場所から凛を救い上げる事がずっと出来ずにいました」
そう言うと、凛の旦那さんはポケットからハンカチを取り出して目を抑えている。口調から優しさが滲み出ていて、まるで菩薩みたいな人だと俺は
思っていた。
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