レコーディング

俺とまっつんは、相沢さんからメッセージがあったレコーディングスタジオに来ていた。


「よろしくお願いします」


「よろしく」


この言葉だけしか記憶がなかった。


「いやー、よかった!お疲れ様」


気づけば、レコーディングは終わっていた。


「喉痛かったな!拓夢」


「うん」


「八時間もかかったな」


「八時間?」


そう言われて、俺はスマホを見つめる。時計は、18時になっていた。


「拓夢、どうした?何かずっと変だぞ」


「あっ、うん。大丈夫」


「なら、いいんだけどさ!」


まっつんは、そう言って困った顔をしていた。


「お疲れ!送るよ」


「はい」


俺とまっつんは、相沢さんに送ってもらう。


「やっぱり、よかったって!褒めてたよ。社長も来てたんだ」


「そうなんですか!知らなかったです」


「緊張させるからって会っていかなかったよ」


「そうだったんですね」


まっつんは、相沢さんと話していた。

俺は、それをぼんやりと見つめていた。

さっきから、ずっと頭の中を何も入ってこないのを感じている。


「じゃあ、また!次は、連絡するね」


「はい、お疲れ様でした。拓夢、ゆっくり休めよ」


「あー、ありがとう」


じゃあと手を上げてまっつんは、車から降りていった。


「星村君、大丈夫?」


相沢さんは、バックミラーでちらりと俺を見つめてそう言った。


「はい、大丈夫ですよ」


「なら、いいんだけど…。所属アーティストの精神状態を守るのも俺の仕事だから!何でも相談して欲しい」


相沢さんの言葉に、「はい」と小さく呟いていた。


「無理にとは言ってないから」


相沢さんは、今の俺にどう接すればいいのかがわからないようでそう言っていた。無言のまま車は、走っていく。


「ついたよ」そう言われるまで、俺は車が停まった事にすら気づかなかった。


「お疲れ様でした」


「星村君、あんまり一人で悩まないでよ」


「わかりました」


「じゃあね、ゆっくり休んで」


「ありがとうございます」


俺は、相沢さんに深々と頭を下げて降りた。俺自身も今の俺をもて余していた。

どうするのが正解なのかもわからなかった。玄関を開けて家に入ると、俺はすぐに凛に連絡をした。相沢さんから聞いた話を伝えた。


凛の声を聞くだけで、ホッとしていた。泣きそうになるから、俺は嘘をついて電話を切った。これ以上、凛に迷惑をかけたくなかった。


その後は、鉛みたいな身体を引きずりながらいろんな事をして、気づけば俺は寝ていたようだった。


「気絶してたか?」


いつ寝たのだろうか?きちんと着られたパジャマが目に入る。身体と心が疲れきっているのがわかる。


「仕事行かなきゃな!」


俺は、ゆっくりと立ち上がった。ペタペタと歩く。頭は、ずっと霧がかかったみたいに真っ白で!


頭の中は、何も入ってこない気がした。

ふと、凛が買ったトレーが目に入る。少しだけ、霧が晴れるのを感じた。


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