命の前では…

私は、ぐちゅぐちゅとうがいをして歯磨きを終えた。洗面所をあとにして、キッチンでシチューのお鍋を冷蔵庫にしまってから二階にあがった。


結局、人間ひとは死に行く命と産まれ行く命を決める事は出来ないわけで…。祖母も癌で死ななかったとしても、いずれ亡くなっていたのだと思う。


そして、私はどんなに努力をしても命を産み落とす事は出来ないわけです。


「駄目、駄目」


二階の部屋に入った瞬間、私は自分の頬を叩いた。暗くなりすぎだから…。せっかく、拓夢が新しい世界を見せてくれたのに!

こんなに鬱々としていては、いけない。


「明日も笑って、前に進まなきゃ!」


私は、布団に横になった。鬱々したら、寝るのが一番!眠らないから、鬱々するのだ。

無理やりに目を閉じた。


◆◆◆◆


ブー、ブー


「うーん」


気づけば眠っていたようだった。スマホが鳴ってる。

私は、スマホを取って見つめる。


【パン美味しかった。いってきます!】


龍ちゃんからのメッセージに一緒にご飯を食べなかった事を申し訳なく思っていた。


【ごめんね。今、起きちゃった】


【気にしないで!ゆっくり休んで】


そう言った後、玄関で音がした。龍ちゃんが出て行ったのがわかった。私は、ゆっくり起き上がる。結局、拓夢にも返事をしていなかった気がする。


私は、拓夢に【昨日は、本当にありがとう】とだけ送った。


「さあて!片付けようかな」


お水入れとコップを持って、ポケットにスマホを入れて一階に降りる。龍ちゃんの為に、家を綺麗にしておきたい。


キッチンで、お水いれとコップを置いた。洗面所に行って、うがいをしてから洗濯機に洗濯物を入れる。今朝は、龍ちゃんはバタバタしていたみたいで洗濯物を残したままだった。


「私がやらなきゃ!」


家庭内別居をしていても、私の役目だと思った。だって、私は働いていないわけだから…。


洗濯物を洗濯機に入れる。洗面台の紙袋を拾った。スーツは、お昼にクリーニングかなー。拓夢に買ってもらった冬用の服は、この洗濯が終わったら回そう。私は、そのまま寝てしまったルームウェアから新しいルームウェアに着替える。洗濯機にルームウェアを放り込んでからスイッチを押した。


「この間に朝御飯食べようかなー」


独り言を話しながら、キッチンに向かう。鉄瓶で、お湯を沸かしながらパンの紙袋を取った。


「メロンパンとソーセージのパンにしようかな」


私は、独り言を話す自分に少しだけ笑ってしまった。不思議と年を取る事は、嫌じゃない。だから、この独り言も大好き。


老いていく事が嫌な人がいるけれど、私には不思議だった。だって、老いていくという事はそれだけ経験を重ねてきたって事でしょ?年を取りたくない何て言ったら、自分が生きてきた時間を否定するようなもの。私は、自分の生きてきた時間を否定したくない。


その時間のお陰で、龍ちゃんに出会った頃よりも、今の方が龍ちゃんに上手に気持ちを言えるようになったわけで…。自分がどんな物が好きか嫌いかも知っている。


そして、何より過去に戻ってもう一度傷つきたくないわけです。


あの頃に戻りたいっていう人は幸せな人だと思う。私には、戻りたくないあの頃の方が多いから…。

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