あの人

俺は、久しぶりにあの人を思い出していた。


美紗と別れて、半年ぐらい経った頃だった。


「まっつん、母親来てるって」


かねやんに言われて、まっつんはあからさまに嫌な顔をした。何故か理由をみんな知っていた。でも、ライブ会場まで現れた人を追い返したりなど出来なかった。


「チッ、またかよ」


苛々するまっつん。


「俺も一緒に行くからさ!」


「じゃあ、俺等は帰るわ」


「お疲れ」


「お疲れ」


三人は、帰っていき。俺は、まっつんとまっつんの母親に会いに行く。


「何か用?」


「久しぶりに、優太の顔が見たくて来たのよ」


「あっそ」


「何よ!それが母親に対する態度なの!」


「いつ、母親だった?俺は、愛された記憶ないけど」


「まだ、昔の事根に持ってるの!成人した大人のくせに」


「文句言いにきたのか?それとも、金か?男に捨てられたからきたのか?」


パチン……。頬を叩く乾いた音が響いた。


「いってーな!何すんだよ!クソババア」


「まっつん」


手をあげようとしたまっつんを俺は止めた。


「ずっと殺したかっただろ?死ねって言ってただろーが!だから、出て行ってやったんだよ!なのに、見つけてやってくんじゃねーよ」


「まっつん」


まっつんは、走り出してしまった。追いかけようとした俺の前で、まっつんの母親が崩れ落ちた。


「大丈夫ですか?」


気づいたら、俺はまっつんの母親にハンカチを差し出していた。


「ありがとう。ごめんなさいね。帰るから」


フラフラと立ち上がった。俺は、とっさに支えた。


「ごめんね」


「途中まで、送ります」


「ありがとう」


そう言って、黙って歩いた。暫く歩いて、まっつんの母親が「一杯だけ付き合ってくれる?」と聞いてきた。俺は、首を縦に振った。個室のある居酒屋に入って、二人で飲む。一杯だけは、嘘だった。気づけば、終電もなくなっていて…。まっつんの母親は、ベロベロだった。お会計をして、タクシーに乗って俺は自分の家に連れてきてしまった。


「拓夢君、わかる?」


「はい」


俺は、水を差し出した。さっきから、永遠同じ話をされている。


「愛せない方もね!悲しいのよ!だって、お腹にいた時はあんなに優太が愛しかったんだもん。わかる?」


「はい」


「だけどね、お腹から出てきて喋れるようになったらとたんに大嫌いになったの」


「はい」


「言っちゃいけない事を平気でポンポン言うのよ!あの子!それが、許せないの!気持ち悪いの!だから、話せるようになってから毎日優太に言ったの!死ねーって」


「はい」


まっつんのお母さんは、水のコップを持って手を上げて言う。泣きながら、何度も何度も同じ話を…。

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