着替えよう

暫く、泣きながら歌っていたけれど…。私は、立ち上がった。シンクの中に広がる破片を片付ける気持ちが湧かなくて寝室に行く。


「どれにしようかなー」


クローゼットの中から、服を選ぶ。ふと目についたのは、天色あまいろのワンピースだった。


「あー、これ懐かしい」


赤ちゃんが出来なくて追い詰められていた昨年夏!二人で、買い物へ行った。龍ちゃんは、恥ずかしそうに服屋さんについてきた。


「あー!!」


龍ちゃんは、突然大きな声を出した!私は、服を選ぶのをやめて龍ちゃんを見つめた。その視線の先にマネキンが着ていたのがこのワンピースだった。


「あの、これ、これ!これ、どこにありますか?」


興奮して、龍ちゃんは店員さんに聞いていて、その場所に案内されていた。そして、私の場所にやってきてこう言ったんだ。


「凛、初めてデートした時の空の色みたいなワンピースみつけちゃった」


キラキラした目で渡された。


「着て欲しいの?」


「凛が、今日みたいに落ち込む日があったら着て欲しい。二人で笑うだけで、ただ、幸せだった日々を思い出して欲しい。駄目かな?」


「着るよ」


私は、天色のワンピースを取り出した。


「龍ちゃん、着るよ!私、今日…」


落ち込んでるから、着る。龍ちゃんが、そう言ってくれたから…。


私は、ワンピースに着替える。13年間、私達には重ねた時間があって、それは絶対揺るがない自信がある。それだけじゃない。付き合ったあの日々だって、誰にも壊されない。私と龍ちゃんには、他人にはわからない大切な時間がある。他人には、壊せない時間がある。


そのワンピースを着るだけで笑顔になれた。化粧をさっと手直しした。必要なのは、昨日の鞄に入ってるから…。


「龍ちゃん、ありがとう」


私は、寝室を出た。キッチンでスマホを取る。シンクを見つめたけど、やっぱり洗う気にはなれなかった。玄関に行って、鞄を変える為に戻ってきた。


「天気予報見とかなきゃ」


小さめのバックから、四角いトートバッグに変える。どうやら、午後から雨が降りそうだったから…。折り畳みの傘をいれた。


さっさと終わらせて、拓夢と晩御飯食べたら帰ってこよう!今日は、龍ちゃんとのこの家で過ごしたい。そう決めたら、足取りは軽くなった。

靴を履いて、玄関を出て鍵を閉めた。近所の人がいないようだったから、早めに歩いた。龍ちゃんが言ったから、バレないようにって…。こんなワンピースを着てたら、変な噂をたてられてしまうかもしれない。


私は、急ぎ足で歩いた。


あっ!靴、変えてくるの忘れちゃった。


黒のエナメル素材で、リボンがついてるデザインだから、拓夢に履かないようにって言われてたんだった。


戻るのも、嫌だからそのまま行こう。私は、急いで駅に向かった。

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