いつもの公園で

山田 詩乃舞

第1話


 同じ学校のともだちがあんまり来ない、穴場の公園。お気に入りの場所だ。


 すべり台もブランコも、ふるくて汚いけど、砂場がキレイだから、とっても気に入っている。


 なにせ猫のうんちが混ざっていないし、使いほうだいの水場も横にある。あと、かげ干し出来るちょうど良いベンチもあって、泥団子を作るのにはほんとサイコーだよね。


 今日もケンタくんと約束した、泥団子会にそなえて、かげ干ししていた団子の様子を見に、公園に来たんだけど……いつものベンチにだれか座ってる。


 少し近づいて、どんな人がすわっているか確かめる。おじさんだ。ヒゲが少し生えていて、髪の毛が少し薄い、痩せ型のおじさんは、こちらに気付いて声をかけてきた。


「なんだ? 何かようか?」

「……」


 知らない人と話しちゃいけないから返事はしない。最近よく聞く、ふしんしゃっていうやつに違いないから、いつでも逃げ出せるように身がまえる。


「……別に怪しくなんかないよ、仕事に疲れたんで休憩してただけだ」


 おじさんは、こちらの態度に気付いたのか、身振り手振りで安全をアピールしてくる。でも、だまされないからね。


「こんな子供にまで、こんな目で……」


 きぜんとした目つきでおじさんをにらみつけていたら、おじさんが泣いてしまった。……かげ干ししている団子のようすを見たいだけなのに。早くどいてくれないかな。

 

 めそめそ、めそめそ、いつになったら泣きやむんだろう。しかたがないから、おじさんに話しかけることにした。


「おじさん、そこどいてくれないかな、ぼくのつくった泥団子がとれないよ」

「くそ……オレは、真面目にしご……あぁ、す、すまない」


 おじさんは少しだけ泣きやむと、ベンチから立ち上がり、どいてくれた。すぐにしゃがみ込んで泥団子のようすを確認……ヒビが入ってる! 三日もかけて作ったのに。ねんどの配合もサラ粉磨きもあれだけていねいにしたのに……。

 ヒビが入った泥団子を手にして、今回の失敗原因をかんがえていたら、おじさんが話しかけてきた。


「泥団子か……懐かしいな」


 失敗作をジロジロ見られるのはあまりうれしくない。早く次を作りたいけど、今作り始めると、ずっと見てきそうで、なんだかいやだ。おじさんからは少し臭いニオイもするし、早くどこかにいかないかな。でも、そのまま伝えたらまた、泣きそうだ。


「また、作り直すのか?」


 ヒビなんかが入ったのをケンタ君に見せられないよ。声に出すまでもないくらい、作り直すのはとうぜんのことだから、おじさんにはうなずきだけを返す。


「そうか、諦めないで作り続けるんだな……」


 ぶつぶつ、ひとりごとを言い出したおじさんの横で、泥団子をじっくり見ながら、失敗した原因をさぐる。

 ヒビが入った箇所に少しだけへこんだところを見つけた。これはなにか、かたいものがぶつかったのかな……。

 

 泥団子を置いていた場所をもう一度よく見てみる。あっ……こんな小石、前はなかった……このとがった形……へこんだところと、同じだ! だとすると、犯人はおじさんだ。


 おじさんが座っていた位置の足元あたりは、かかとでこすったような跡がついている。ベンチに座りながら、足で地面を踏みつけたんだろう。何か怒ってたみたいだし。その時、小石が足に当たって勢いよく飛び出して、泥団子に当たったにちがいない。


 でも、泥団子にかけた三日間をかえしてよ、なんて言ったら、また泣くかもしれないし……。


「勇気を貰ったよ! そうだ、諦めちゃダメなんだ!」


 おじさんがとつぜん大きな声をだすから、びっくりして泥団子を落としてしまった。


「少年! ありがとう! おじさん、頑張るよ。普段はここに居るのかい?」


「そうだけど……」


 落ちて、われてしまった泥団子をながめながら返事をする。


「またくるからっ! ありがとう……忙しくなるぞ」


 さっきまでめそめそと泣いていた、おじさんは急にきげんがよくなって、ニコニコしながらぶつぶつ言って、さっていった。


 また来るとかいってたけど、べつに来なくてもいいと思った。


 われてしまった泥団子をベンチの下にもどす。気を取り直して、新しい泥団子づくりにとりくむべく、砂場をほる。


明日ケンタ君に会ったら、延期のお願いをしなくちゃ。


 

 


 ケンタ君はお願いを聞いてくれて、じゃあ二週間後ぐらいにしようといってくれた。ケンタ君も泥団子の出来がイマイチだったみたいで、それなら時間を取って、二人でカンペキなものを見せ合おうぜ、という、とっても楽しみな提案だ。ケンタ君大好き。


 三日前からねかせておいた、泥団子のようすを見に公園にくると、ベンチにはまたあのおじさんが座っていた……。


 たしかに、また来るとはいっていたけど、一週間で来るなんて。

 それに前より顔がどんよりしていて、着ている服もヨレヨレだ。


 近よるのはイヤだけど、泥団子のようすをたしかめるには、しかたがないから声をかけた。


「おじさん、そこどいてくれない? ベンチの下に泥団子を置いてあるんだ」


「……! 少年、おじさんは、失敗したんだ……」


 なにをいってるのか意味がわからない……。そこをどいてと頼んでいるだけなのに。


「少年の諦めない姿勢に学んで、浮かんだアイディアを形に出来たんだ……それなのに妻はっ!」


 おじさんがなんだか、ワナワナしながら勢いよく立ち上がりそうな気配を感じたので、すばやくとびのいた。

 予想は的中して、おじさんはそれはもうすごい勢いで立ち上がった。勢いがよすぎて前のめりに倒れこむぐらいだ。


「ぐぁぁっ……ぁぁ」


 悪いことをした人が、すごくあやまるような姿勢になったおじさんは、そのままの姿で泣きはじめた。痛くて泣いているのとはちがうみたいで、肩が大きくビクンとふるえて、次はブルブルとふるえてのくりかえしだ。


「どうしてなんだ……おれは家族のために必死に……どうして出て行くなんて言うんだっ……」


 おじさんはくさいから、近づきたくはないけど、ベンチからはなれたから、今がチャンスだ。しゃがみ込んで、ベンチの下にある泥団子をチェックする。

 

「何故なんだ……」


 おじさんのすすり泣く声が続く中、ゆっくりていねいに泥団子を手のひらにのせ、キズがないか確認する。


「一生懸命なところが好きだと言ってくれたじゃないか……」


 よし、ここまではバッチリだ。こっちがわはどうだろう。

 ……まただ、またなにかが当たったようなキズがついてる。


「そうだとは思わないか少年っ!」


「あっ……」


 おきあがったおじさんは、興奮しながら肩をつかんできた。つよくはないし痛くもないけど、泥団子は手からこぼれて地面におちて、まっぷたつに割れてしまった……。


「……! す、す、すまない……」


 ムカつく。もうこれ以上ないぐらいにムカつく。泣いてるおじさんにいうのはイヤだったけど、もうそんなこと、どうでもいいぐらいになったから、おもいきりおじさんにいってやった。


「おじさん、これみて……これ。こっちはこのあいだ、おじさんのせいでわれた泥団子。こっちはいま肩をつかまれたせいで、落ちてわれた泥団子。これを作るのに何日かかったと思う?」


「……」


 おじさんは答えはない。自分がしたことがわかっていない。もうしわけなさそうな顔はしているけど、しかたがないとか、わるぎはなかったとか、そんな風に思っている顔だ。それは分からないでもない。たしかにわざとじゃないし、泥団子は作りなおせばいいだけだから。


 でも。


「ぼくは、おじさんにむずかしい事はたのまなかったし、いってもいない。だけどおじさんは、ぼくの話を全然きいてくれないし、してほしくないことばかりをしているんだよ?」


 おじさんにもわかるようにせつめいをすると、おじさんはビックリした顔になった。きっとまだ、きちんと分かってないだろうから、トドメ。


「おじさんがなにをがんばったかなんて、知らないけど、奥さんがおこって出ていったのは、とうぜんだと思うよ。おじさんは自分の話ばかりして、相手の話は聞こうとしないもん。二回しか会ったことのないぼくがそう思うってことは、奥さんはもっと思ってるに決まってる。一回だけでも奥さんの話をキチンと聞いてあげたことはある? きっとないんでしょ。そんなの誰だってガマンできないよ?」


 ひと息でおじさんにいいたいことをいってやった。おじさんは地面を見たまま「あぁっ……」とか「まさかっ……」とかいっている。


 しばらくのあいだ、ぶつぶついったあと、おじさんは静かになった。


「ありがとう」


そういうとおじさんは立ち上がり、こっちをみながら右手をさしだして来た。握手がしたいんだろうか? おじさんの名前もしらないし、そもそも友達でもないし、知りあいともいえないのに、それはなにかちがう気がして、手は出さなかった。


 そんなことを考えているのが伝わったのか、おじさんは「ははっ……こういうとこか……」なんて呟きながら、気まずそうに手をしまった。


「今から、妻に会ってくるよ、少年。上手く行くかどうかはわからないが……また報告にくるよ」


 いったそばから、分かっていないおじさんには返事もせず、三個目の泥団子作りにとりかかった。


 しばらくの間、サラ粉準備の作業をながめていたおじさんは、「うん、よしっ」なんていいながらくるりと回って公園から足早にさっていった。


 なんだかよくわからないけど、奥さんと仲直り出来るように応援ぐらいはしてあげようと思ったから、その背中に向かってバイバイしておいた。


 

 それから一週間後。いつもの公園で。大急ぎで、でもすごくていねいに作った泥団子をケンタ君に見てもらっている。


「キレイに出来てる」


 ケンタ君は昨日仕上がった泥団子を見てうっとりしている。そんなに見つめられたら、恥ずかしいな。


「ぼく、ケンタ君に見てほしくて頑張ったんだ!」


 そういうと、ケンタ君はすごく嬉しそうに笑った。その顔を見ていると、胸がドキドキとしてくる。


「オレのやつ、見てくれ……だれだろう? なぁあそこにいる人達、知り合いか?」


 ケンタ君がゆびさす先には、知ってるおじさんと知らないおばさんがいた。二人はこっちに近づいてきて、知ってるおじさんのほうが声をかけてきた。


「少年! 今日はお礼を言いに来たんだ!」


「ちょっとあなた!」


 おじさんは、訳の分からないことをいいながら、お菓子の入った袋を渡してきた。

 おばさんはあわてておじさんを止める。


「……なあ、ヒメカ、なんでおまえ少年って言われてるんだ?」


 ケンタ君がふしぎそうに聞いてくるけど、そんなのわからないよ。でも、自分のことをぼくって呼んだり、スカートを履かないようにしてるのは、ケンタ君が女の子と遊ぶのを、恥ずかしく思わないようにしてるためだけどね。

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いつもの公園で 山田 詩乃舞 @nobuaki_takeda

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