ep.2 果

 サンゴとの打ち合わせから二ヶ月。メノウはターゲットである珠樹と二人で『ビジネス』の話をしていた。

「こちらが今回のラフです。修正にかかる日数ですが――」

 珠樹の作っているゲームキャラクターのデザイナーとして、メノウは対峙している。メノウにそういったスキルがあるわけではなく、協力者がいるのだがそれは今詳しく話す必要はない。

「そうですね、この装飾をもう少し押さえてもらった方が、アニメーションにしやすいかと」

 メノウはラフ画のコピーに指示を書き加え、締め切りや費用の話を切り出した。

 それらの情報も全て余白に書き込み、手帳にも同様のメモを書き込む。

 その姿は本物のデザイナーさながらだ。

「ありがとうございます、では、次の打ち合わせは6日でよろしいでしょうか?」

「大丈夫です、どうぞよろしくお願いします」

 珠樹は深々と頭を下げる。売れっ子だというので、どれほど尊大な態度を取られるかと思っていたメノウは、思いのほか腰が低い珠樹に拍子抜けした。 

「そういえば、珠樹先生は新作の構想も練っているとお伺いしましたが」

「あぁ……ディレクターと食事をしたときに、ポロっと零した話が一人歩きしているんですよ」

「そうでしたの。新作制作の際はぜひまた一緒に仕事させていただければ嬉しいですわ」

 ほほほ、と鈴を転がすような音で笑う。是非、などと社交辞令をもらい、今回の打ち合わせを終わらせた。

「あぁ、そうだ」

 帰り支度を始めたメノウは、珠樹の言葉に手を止める。

「もしこの後時間がありましたら、ちょっと相談に乗っていただけないでしょうか……?」

「え? 予定はありませんし、構いませんが……私でもよろしいのですか?」

 メノウが珠樹と仕事をするようになって、まだひと月しか経っていない。『コンフィデンスマン』としてターゲットの懐に入り込むのを得意としているとはいえ、思いがけない距離の詰め方に警戒を怠るわけにはいかなかった。

 メノウは慎重に言葉を選ぶ。

「私は自分の領分以外のことは不得手ですし……」

「いや、えーと……その、仕事ではなく、プライベートのことなんですが」

 そうなると話は変わってくる。珠樹の職務関連の事となると、ボロが出てしまう可能性は否定できない。下手なことを口走って、ビジネス上での信頼関係を失ってしまっては今回のミッションに多大な影響を与えるのは間違いない。

 しかし、プライベートの話なら別だ。

「そうなのですね。なおさら、私で構いませんこと?」

「第三者の立場から見た意見が聞きたくて。川島さんならまだ僕についての先入観も少ないかな、と」

 川島とはメノウがこの場で使っている偽名だ。

「お力になれるかわかりませんが」

 そう答えると、珠樹はせっかくなので食事しながら、と言って電話をかけにその場を離れた。

 珠樹の背中を見ながら、サンゴに連絡を入れる。万が一に備え、指定した時間に電話をかけてもらうよう頼んでおいた。了解の返事とともに、しくじるんじゃないぞ、という発破もかけられる。

「おまたせしました、友人が経営している店があって。川島さんは食べられないものとかありますか? アレルギーとか、融通がききますので遠慮なく仰ってくださいね」

「お気遣いありがとうございます。なんでも食べられますので、ご心配なく」

 二人は揃って事務所をあとにする。珠樹の友人が営んでいる飲食店は徒歩十分と思ったより近くにあった。

 珠樹の相談とは、長年の友人との関係についてだった。急に相手がよそよそしくなったらしいが、珠樹自身には心当たりがないという。

 人間関係とは移ろいゆくものだと前置きをした上で、メノウはこれまでの経験から考えられるだろう事象をいくつか例として話した。どれもこれまでの「仕事」で得てきた経験と結果たち。自身のことをもっとドライだと自己評価していたメノウは、思っていたよりも過去のターゲットたちとのやり取りを記憶していることに驚いた。

「すごいですね、川島さんは」

 女性だからなのかなぁ、と首をかしげながらも真剣にメノウの話を聞いていた。珠樹から見れば、メノウは周りをしっかりと見つめ、細やかな気配りのできる女性に見えるらしい。

「まだまだですよ」

 これは謙遜ではなく本心だった。メノウと組んで仕事をしているサンゴは、もっと周りを注意深く観察している。メノウなど足元にも及ばない――そうメノウは思っている。彼はきっと天性の人たらしだ。

「ごちそうさまでした」

 自身の話がどれくらい参考になったのかはともかく、予想していたよりもあっさりと食事と「相談」は終わった。珠樹はすぐに解決したいわけではなく、言っていたとおり第三者の忌憚なき意見が聞けて満足したようだ。

「いえ、こちらこそ遅くまで付き合わせてすみません」

「それではまた」

 店の前で挨拶を交わし、別れる。駅の方向へと向かうメノウに、珠樹は深々と会釈していた。


 ***


「おそらく、そいつが盗作された被害者なんだろうな」

「やっぱりそうよねぇ」

「心当たりがない、なんて自覚がないのかそれとも間に第三者が絡んでいるのか」

「そこ、やっぱり気になるわよね。一度確認しておかなきゃ」

 メノウは帰ってくるなり荷物をテーブルへ放り出し、着替えもせずソファに倒れ込みながら話す。堅苦しいよそ行きの表情に疲れた頬を、両手でぐにぐにとマッサージしながら珠樹について得た情報をサンゴと共有した。

「ま、反省していようがなんだろうが、起きた事実は変わらないしな。第三者の有無だけ確認して、誰も居なければ当初の予定通り、珠樹が盗作して得た利益をぶん取るぞ」

「そうね。他に誰かいたならターゲットをそちらにスライドさせればどうにかなるかしら」

 むくりと起き上がり、ソファに座り直したメノウは、テーブルに置いたバッグに入っている調査資料を読み返す。今回の『相談』とやらで、プライベートで話す実績を作ることができたのは大きい。

 珠樹の週間スケジュールを見ながら、偶然を装って会えそうなポイントがないか探した。

「あ、そうだ。イラストの指示書、これデータ送って修正依頼しておいてね」

 調査資料に紛れ込んでいた『仕事の依頼書』をサンゴに手渡す。雑に扱うなよ、と小言を言いながらも、サンゴはそれを受け取りスキャナーやパソコンのある隣室へと向かった。

「さて……金銭よりも資産。資産といえば――」

 ぱらり、ぱらりと資料をめくる音が響く。集中しているメノウの耳には、なんの音も届かない。サンゴが協力相手に依頼できたと報告していたが、それにも気付いている様子がなかった。サンゴは慣れたことだ、とメモを残す。

「――権利譲渡がいいかしら? それとも出資の大元を取り込むべきか……」

 サンゴの耳を、メノウの声がかすめるように触れては流れていく。ブツブツと呟きながらデータを整理し、こちらに都合がよくなるよう再構築する、機械仕掛けのように淡々と彼女の頭の中で行われる『計算』は、何度見ても面白いとサンゴは思う。

「今日は何があったかな」

 しばらくメノウの様子を観察していたサンゴは、おもむろに立ち上がりキッチンへと向かった。凄まじい集中力で今後の計画を立てているメノウへ、糖分を補給するためだ。

 湯を沸かしながら、牛乳を温める。濃い目に煮出したティーバッグの紅茶に、温めた牛乳を注ぎ、はちみつで甘みを加えた。

 出来上がったハニーティーラテをそっとテーブルに置き、サンゴは隣室へと向かう。自分も頑張らなければな、と気を引き締めながら。

 サンゴはまず、第三者の介入がないのかを調べることにした。

 ターゲットが直接盗作をしたのか否かでは、こちらの対応もがらりと変わってしまう。何も知らずに盗作の片棒を担がされていたから罪はない、などと考えるつもりはないが、悪人とも言いきれない人間を欺いてしまうのは我々の信条に反する。

「珠樹の交友関係から、被害者と思しき人物を割り出して……うん、月長が騙された人物みたいだな」

 盗作された人物から、その作品内容やアイデアをどのように管理していたのか、そして珠樹をはじめとした他人に話したことがなかったのかを聞き出すことにした。

「とりあえず名刺作りから、かな」

 サンゴは架空のゲーム会社を記載した名刺を作る。

 メノウとサンゴの二人だけが社員のインディーゲームを配信する小さな会社。住所や電話番号はこの場所のものを使う。

 すべてを偽りとせず、いくつかの真実を含ませるのが詐欺には有効な手口だ。

 筋書きは、サンゴたちの会社で珠樹の作品を取り扱うこととなり、彼の評判や過去に不祥事を起こしていないかを調べている――そう言って珠樹の友人に接触を試みる。

「小さな会社は信用が一番大事、ってね」

 ご機嫌に鼻歌を歌いながら、デザインした名刺を印刷する。後は相手とのアポイントメントを取り付けるだけだ。

拍子抜けするくらい、アポはスムーズに取り付けることが出来た。あとは、被害者と思われる彼から肝心の話を直接聞き出せるかどうか。一度有名になったものの権利をあとから主張することは難しい。それも、相手の知名度のほうが高いと尚更だ。

 自分たちに言っても仕方がない、信用してもらえなければそう判断されて収穫を得られない可能性だってあるだろう。

 そのハードルをたやすくクリアする、ある種の才能をサンゴは持っている。だからこそメノウと組んでここまで楽しく『仕事』をこなすことができたのだ。

 

 メノウはデザイナーとして、サンゴは小さな会社の代表としてそれぞれのターゲットとの接触を重ねる。焦らずに、しかし確実に欲しい情報を引き出してゆく。

 時には偶然を装い、プライベートとしても対話を試みる。そこで珠樹と月長が二人で旅行へ向かうことを知った。

 ――動くならこのタイミングだろう。

 互いの持つ情報を並べ、組み合わせ、導き出された結論。

 やはり珠樹は月長から資産――アイデア――を奪っていた。ただ、元々奪うつもりがあったわけではなさそうだった。

 飲みの席でアイデアを話し、それを聞いた珠樹は自身の抱えていたコンペの締め切りが近づいていたため『つい』拝借してしまった。よくある話だ。

 とはいえ、後から真実を打ち明ける機会はあったはず。

 黙り続けていることに加え、月長との関係がギクシャクしていることに自覚を持たないのは見過ごすわけにはいかなかった。

「さ、後は仕上げかしら?」

「頼んだよ、メノウ。君がどこまで成果を持ち帰ることができるかで、今後の動きが決まるからね」

「任せなさい」

 ふふ、と無邪気に微笑んで、メノウは事務所から出ていく。以前持ちかけた新作ゲーム制作を、既に珠樹に依頼していた。二人が旅行へ赴く前に、最低でもゲームプロット、メインシナリオと大まかなシステムまで受け取ることが出来たなら。

「川島さん、お待たせしました」

「いえ、時間どおりですわ」

 簡単な挨拶、近況を折り交えた世間話で五分ほど時間を潰し、本題に入る。

「こちらがプロットの第一稿です」

 そう言って珠樹はA四サイズの用紙で綴られた紙束を取り出した。

 ゲームのジャンルや大まかなストーリー、世界観、キャラクター案からゲームを構築するために必要なシステム。

 メノウにゲームの良し悪しはわからないが、短期間でこれだけの資料を用意できる珠樹は決して無能ではない、それだけは理解できる。

 だからこそ、どうして盗作という愚かなことに手を染めてしまったのか。

「ありがとございます、弊社でミーティングした後にまたご連絡いたしますね」

「あ、それなんですけど」

 手帳を開き、珠樹は旅行へ行くこと、そのため旅行中は返信ができないか、できたとしても遅れてしまうということをメノウへ伝える。メノウはその日程をメモ書きし、問題ないですよ、と伝えた。

 資料を見ながら、デザイナーらしくキャラクターやステージのビジュアル面について質問をし、二人の打ち合わせは終了した。

「ただいまぁ」

 低めのヒールを脱ぎ捨て、メノウはソファーに沈み込む。上半身を倒してだらけた姿勢のまま、バッグから資料を取り出してテーブルにバサッ、と投げ置いた。

「丁寧に扱ってくれよな」

 サンゴが苦笑しながらそれを受け取り、キッチンへと向かう。メノウに飲み物を用意するためだ。

「収穫は上々ってところかしらね。後はサンゴがうまくやってくれると信じているわ」

「それは責任重大だ」

 二人はくすくすと笑い合う。しばらくしてサンゴがティーバッグの紅茶を淹れ、戻ってきた。

「あ、そうそう。月長から聞いているかもしれないけれど、これが珠樹たちの旅行の日程ですって」

「助かるよ。流石にそこまで踏み込んだことは聞けなかったからね」

「この旅行中に、今日貰ったこのプロットと形にするのは骨が折れそうだけど」

 珠樹たちの旅行期間は四泊五日。出発日までの日数を合わせたところで、十日ほどしか時間がない。

「んー……、でもこれ、第一稿にしては完成度が高いよ」

「ふぅん、そうなのね。もしかして、それも盗作だったりして」

「やめてくれよ、その冗談は笑えない」

 こればかりはこちらからも珠樹を信用するしかない。過去の経歴からしても、ある程度のクオリティが期待できるのは調べてある。

 おそらく、月長の作品を盗作する前からあたためていた作品なのだろう。この作品を形にするには時間が足りず、月長のアイデアを利用したのだとサンゴは考えていた。

「これだけあれば新作発表くらいは出来ると思うぜ。それに――」

 サンゴはメノウにも隠しているプランがあることを匂わせる。不満そうな顔をみせるメノウに笑みを返し、

「じゃ、早速僕たちのゲーム会社からニューリリースのお知らせを出す準備に取り掛かるとするよ」

 と、自室へ向かった。

「……何よ、もう」

 ソファーに仰向けに寝転がり、面白くなさそうに呟いた。

 メノウの仕事は一旦ここまでで、後はサンゴのターン。

 サンゴの作業はメノウに手伝えることがないため、手の空いたメノウは苦手な事務作業をゆっくりと進めることにした。

 ご丁寧にサンゴが必要な書類とその揃え方をマニュアル化してくれていたので、普段よりもスムーズに作業が進んだような気がした。仕事にも心にも余裕が生まれたメノウは、いつものお返しを思いつく。

「確か、アレがここに……」

 キッチンの吊戸棚を開き、雑多に物が詰め込まれたかごを取り出す。このかごはメノウの私物が入っており、サンゴも触ることはない。

「えー……っと、あ」

 あったあった、と顆粒の入ったスティック状の袋を取り出し、グラスに中身をあける。冷蔵庫のミネラルウォーターを勢いよく注ぐと、水が淡いピンク色に色づいた。

 マドラーをカチャカチャと回し、顆粒をしっかりと溶かしてからトレーに載せ、ビターチョコを二粒添える。よし、と満足した顔でメノウはそれをサンゴの部屋へ届けに行った。

「置いておくわね」

 メノウの声かけに反応することなく、真剣な表情でサンゴはパソコンのモニターを見つめている。視線は正面を向いているが、手元は休むことなくカタカタとキーボードを叩いていた。

 あの集中力が自分にもあれば、とメノウはいつも思う。サンゴから見れば、十分な集中力を持っているように思えるのだが、メノウ自身は納得していないらしい。自分よりもより高みにいる人間がそばにいると、自然と自己評価が下がるのだろう。比較対象が大きすぎる弊害なのかもしれない。

 そんなサンゴの考え方など知るはずもないメノウは、自分自身も頑張らなくてはいけないなと気合を受け取った。

(さぁ、私ももうひと頑張りするかしらね)

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