巡る因果と損得勘定

長月 八夜

ep.1 因

「あぁ、あぁ、分かってるよ」

 男は面倒臭そうにスマートフォンの終話ボタンをタップした。

 深呼吸にも似たため息をつき、よし、と呟いて立ち上がる。

 傍らには大きなスーツケースが用意されている。これから旅行へと出かけるらしく、先程の電話も待ち合わせの確認だった。

 だが、男にとって、この旅行は気乗りしないものらしい。

 つい数日前までは楽しみにしていた旅行だったのだが、事情が変わってしまったのだ。

 一緒に旅行するほどの付き合いがある友人だと思っていた相手が、まさか自分のアイデアを盗んだ奴だったなんて――。

「どんな顔して会えばいいのやら」

 ガラガラとスーツケースのキャスターが音を立てる。中身以上に重たい音がしているように聞こえるのは、気のせいだろうか。


 ***


「ねぇ、さっきからちゃんと私の話聞いてるの?」

「メノウ、聞こえてるから声量落として」

「聞こえてるならちゃんと返事しなさいっ」

 幼い子に言い聞かせるようにメノウは言った。やれやれ、とサンゴは首をぐるり、と回す。下を向くと机に置かれた書類と、一枚の写真が目に入る。

「……で、今度はその男がターゲットって訳か」

 手に取った写真にはなかなか整った顔をした男が写っていた。

 写真は左手に持ったまま、その下にまとめられていた書類を右手で取る。そこには男についての詳細な情報がまとめられていた。

 男の名は珠樹真たまきまこと、ゲームクリエイターとして名を馳せ、業界内では確固たる地位を確立していると記されている。

「サンゴは知ってる? そのゲーム。私は全然知らないんだよね」

「んー……名前は知ってるけど、遊んだことはないね」

 珠樹の代表作はスマートフォン専用のアプリゲームで、独特の世界観が特徴的な作品らしい。アニメ化の構想も噂される程若い世代を中心に人気を集めているようだが、残念ながらサンゴにはこの手のゲームの面白さが分からない。ゲームの紹介記事に目を通しながら思わず呟く。

「仲間を集めて、育成……?」

「そうね、育成っていうのがなんだか面倒なイメージ」

 メノウもサンゴと同じ考え方を持っているようだ。

「ただね」

 メノウは声の調子をワントーン落とし、続けた。

「どうもそのゲームシステム? 世界観? ――なんていうのか分からないけれど。それが盗作らしいのよね」

「へぇ。人様のアイデアを盗んで儲けているってことか」

「そうらしいわ。だから、今回のターゲットってわけ」

 メノウは愛らしい微笑みを浮かべる。

「オーケイ、プランは出来ているんだろう? 聞かせてもらうよ」

 メノウとは対照的な不敵な笑みを浮かべ、サンゴは立ち上がった。

 長い話になりそうだ。コーヒーでも飲みながら、じっくりと打ち合わせに臨むことにした。

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