逃げるが勝ち

 突如レイジの前に出現した猿人型魔獣LV6—――ゲーム。


 圧倒的な力に苦戦し、追い詰められたレイジに死が襲い掛かった。


 高速に迫りくるゲームの拳撃。


 防御も回避も間に合わない。


 


 この時、レイジはある事を思った。




 絶対絶命のピンチの時、主人公ならどうする?


 きっと特別な力が目覚めて、逆転するだろう。


 きっと謎の実力者が現れて、助けてくれるだろう。


 きっと―――奇跡を起こすだろう。


 だがレイジは、その奇跡を起こすことはできない。




 なぜなら自分は、主人公ではなくラスボスだからだ。




 ならどうする?このまま死を受け入れるか?


 否。


 主人公ではない人間が絶体絶命のピンチの時、とる行動は一つ。


 全力全開で逃げる。


 レイジは大声で叫び、スキルを発動する。




「スキル〔空間操作〕!」




 刹那、レイジの姿が消えた。


 ゲームの攻撃が空振りする。




「消エタ?」




 頭を左右に動かして、レイジを探すゲーム。


 しかし姿どころか気配すらないことに気が付く


 獲物を逃がしたことを知り、ゲームは嬉しそうに大声で笑った。




「逃ゲタ、逃ゲタンダアノ子!ボクノ前カラ!アハハハハ!初メテダ、ボクカラ逃ゲタ人間ハ!シカモ、ボク二深手ヲ負ワセタ……最高二楽シカッタ」




 酷い火傷を負った自分の顔を、ゲームは優しく撫でる。


 口元を三日月にして、ゲームは静かに呟いた。




「マタ遊ベルノヲ……楽シミ二待ッテイルヨ」




◁◆◇◆◇◆◇◆▷




「し…死ぬかと思った」




 自宅の風呂場に空間転移したレイジ。


 温かい湯船につかる彼は安堵の息を吐いた。




「空間を操り、瞬間移動や空間そのものを切断できるスキル〔空間操作〕。これがなかったら死んでいた」




 アイテム屋のAIがオススメしたスキルのおかげで助かったレイジは、あいつ結構有能なのでは?と思った。




「今度お礼を言わないとな……それにしても、あの魔獣LV6。強かったな」




 アニメには登場してこなかった魔獣LV6、ゲーム。


 腕を斬り飛ばし、自分を追い詰めた強敵。


 レイジは顎に手を当てて、深く考える。


 


(ゲーム。氷を使っていたから水属性なのは間違いない。行動原理は名前からして、恐らく遊びだろうな)




 魔獣にとって名前は行動原理なのだ。


 例えば今回レイジが戦った猿人型魔獣の名前は遊戯ゲーム


 遊びが目的。遊びこそが生きがい。遊びこそが全て。


 つまり、ゲームにとっては命のやり取りですら遊びなのだ。




(やっかいな相手だな。LV5の魔獣の攻撃も防いだスーツをこんなに損傷させたし)




 着ているボロボロのスーツを見て、レイジは深くため息を吐いた。


 布の部分はところどころ破れており、装甲は穴だらけ。


 また作り直さないとな、と思いながらレイジは天井を見上げる。


 


「……あの力が使えれば、勝てるのに」




 小さな声でポツリと呟いたその時、風呂場の扉が突然開いた。


 ビクッと身体を震わせたレイジは、慌てて開いた扉に視線を向ける。


 直後、レイジの身体が石像のように硬直した。


 彼の視界に映ったのは、一糸まとわぬ姿の黄色髪の女神リオだった。




「レイジ。なんでここにいる?」


「リ、リオお姉様」




 顔から滝のように汗を流すレイジ。


 そんな彼に、リオは豊満な胸を揺らしながら近寄った。




「どうしたその格好は!しかも湯船が真っ赤だ!これは…血!?」


「リオお姉様!胸、胸!胸が顔に当たる!」




 彼女の大きな胸が赤面したレイジの顔に接触しそうになる。




「そんなのはどうでもいい!」


「どうでもよくないよ!?」


「触りたければ触ればいいし、吸いたければ吸え!」


「吸え!?なにバカなことを言ってんですか!」


「むしろ吸え!」


「変態かアンタは!しないわ!」


「赤ん坊の時のお前はよく吸っていた!」


「何やってんだよ赤ん坊の俺!」




 風呂場でレイジの突っ込みが炸裂した。


 その時、扉から声が聞こえた。




「ちょっとリオ?なに耳障りな蝉セミの様に騒いでいるの?うるさいし、気持ち悪いから黙ってくれないかしら」




 聞き覚えのある毒舌。


 まさかと思いながら、レイジは声がした方に視線を向けた。


 そして案の定いた。紫髪の女神アイリスが。


 しかも裸で。




「ってレイジ!なんでここに?」


「アイリスお姉様!こ、これには深いわけが!」


「害虫みたいな声が聞きたくないわ。声に出さないで説明しなさい」


「どう説明しろと!?」


「気合と根性でやりなさい。白銀蟻ハクギンアリ


「無茶言わないで!あと白銀蟻ってなに!?新種の蟻ですか!それが俺だと?流石に泣きますよ!」


「えっ!泣くことできるの!?」


「もう泣いていいか!?」




 驚愕するアイリスを見て、本当に涙を流しそうになるレイジ。




(クソッ!なんで二人がここに!……いや、風呂場に転移した俺が一番悪いか!)




 自業自得だと気が付き、レイジは頭を抱える。




「と、とりあえず俺出るから!」




 できるだけリオとアイリスの裸を見ないように、レイジはこの場から去ろうとした。


 その時、レイジの両肩をそれぞれリオとアイリスが掴んだ。




「あ、あの~二人とも。出たいんだけど?」


「まぁ、そう言うな。お前も入れ」


「そうよ。折角だし、ゴミの様に汚れたあなたの身体を洗ってあげるわ」


「なんで!?」




 リオとアイリスの発言に驚愕するレイジ。


 レイジは全力で拒否する。




「いやですよ。絶対!」


「なんで?」


「それは……恥ずかしいのと」




 顔を赤く染めて俯くレイジは、小さな声で呟いた。




「二人が魅力的だから……」




 レイジの言う通り、リオとアイリスは魅力的だった。


 リオの場合は、少し筋肉質だが無駄な脂肪がなく、胸が大きい。


 アイリスの場合は、手足が細く、白い肌が美しい。小さい胸とお尻だが、とても形が整っていて綺麗だ。


 二人のそれぞれの魅力が強すぎて、レイジは直視できないのだ。


 レイジの言葉を聞いたリオとアイリスは、




「「よしわかった。ならまず脱ごう」」


「全然わかってねぇぇぇぇぇ!」


「「レイジが可愛すぎるのがいけない」」


「意味わかんないわ!え、ちょっとスーツ引っ張んないで!やめて、脱げる脱げる!あ、そこは!ああああああああああああああああああああ!やめてぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!!」




 風呂場でレイジの悲鳴が響き渡った。


 そして彼を助ける者は、いなかった。




◁◆◇◆◇◆◇◆▷




 リオとアイリスに隅々まで身体を洗われ、精神的に疲労したレイジ。


 げっそりした表情でレイジは、自分の部屋に向かって廊下を歩いていた。




「ひ、酷い目にあった……まさか風呂あがった後、女の子の格好をさせられるとは思わなかった」




 レイジはリオとアイリスによって、フリルが沢山付いたピンクのワンピースを着せられていた。


 とても可愛らしく、レイジに似合っている。




「ちくしょう。なんでこんな目に」




 愚痴を言いながら廊下を歩いていると、レイジの耳に聞き覚えのある声が聞こえた。




「レイくん」




 振り返るとそこには、満面の笑顔を浮かべた愛花が立っていた。




「お母さん。どうしたの?」


「ちょっと用事が……ねぇ、その格好はなに?」




 息子が女の子の服を着ていることに疑問に思った愛花は、問い掛けた。


 レイジは視線を逸らして、乾いた笑みを浮かべる。




「なにも聞かないで」


「そ、そう」


「で、用事って?」


「あ、そうそう!とりあえず目を瞑って」


「え?なんで?」


「いいから!」


「わ、分かった」




 母の言われた通り、レイジは目を瞑った。


 すると愛花はレイジの手を引っ張り、リビングに連れて行く。


 彼女は息子をソファーに座らせ、手を離す。




(ん?生クリームとスポンジケーキの香りがする。色々な果物の匂いも……もしかしてケーキか?)




 そう思っていると、愛花が「目を開けていいよ」と耳元で囁いた。


 ゆっくりと瞼を開けると、そこには果物が沢山盛られたショートケーキがあった。


 ケーキには火が付いた蝋燭が刺さっている。




「これは」


「今日は一月十八日。レイくんの五歳の誕生日だよ」


「誕生日……今日が?」


「うん!」




 満面な笑顔で愛花は頷く。


 


(そうか……今日、俺の誕生日なのか)




 転生してから死なないようにどうすればいいか?


 そればかり考えていたせいで、レイジは自分の誕生日をすっかり忘れていた。


 


「もしかして、忘れていたのかい?レイジ」


「お父さん」




 扉から現れた裕翔は、微笑みながらレイジの頭を優しく撫でる。




「忘れちゃいけないぞ。お前にとって大切な日なんだから」


「うん……そうだね」


「それはそうと……レイジ。その服は?」




 息子の格好に疑問に思った裕翔は、首を傾げて尋ねる。


 レイジは疲れたような笑みを浮かべて、顔を逸らす。




「色々……あったんだよ」


「そ、そうか。それはそうと、ほらケーキの火を消しなさい」


「うん」




 ケーキの蝋燭の火に向かって、レイジは軽く息を吹いた。


 火は消え、蝋燭から白い煙が上がる。


 それを見つめていたレイジは、前世の事を思い出す。




(懐かしいな……家族に誕生日を祝ってくれるのは)


 


 久しぶりの誕生日祝いに喜ぶレイジは、嬉しそうに微笑んだ。


 そんな彼に愛花と裕翔はリボンが付いた箱をプレゼントする。




「これは誕生日プレゼントだ」


「受け取ってね。レイくん」


「ありがとう。お父さん、お母さん。中身を開けていい?」


「「もちろん」」




 レイジは二人から貰ったプレゼントの中身を確かめる。


 中に入っていたものは、真っ赤なマフラーとフード付きの黒いジャケットだった。


 しかもただの衣類ではない。


 マフラーとジャケットには、魔力が宿っている。




「これは魔道具じゃないか!」




 驚愕するレイジ。


 魔道具。強力なスキルや魔法、魔力などを宿した特殊道具。


 魔導書と同じくらい高価な代物だ。


 本来、魔道具は魔導騎士が使うもの。子供が貰っていい物ではない。


 両親はそれを子供であるレイジに渡したのだ。


 


「きっとそのマフラーとジャケットはレイくんを守ってくれる」


「ああ、魔獣と戦うレイジには必要な物だ。貰ってくれないとお父さんとお母さんは困る」


「す、すんません」


「いいよ。それより、大切に使ってね?」


「うん」




 レイジはマフラーとジャケットを大切そうに抱き締めた。




「そのジャケットとマフラーは自動でサイズ調整がされる」


「汚れても勝手に綺麗になるし、破れても勝手に修復するのよ。レイジのようなクソガキには勿体ないジャケットとマフラーよ」


「相変わらず毒を吐くなアイリスお姉様。っていうかいつから居たの!?」




 いつの間にかレイジの背後にいたアイリスとリオ。


 彼女達はレイジの服装に視線を向け、いやらしい笑みを浮かべる。




「それにしても……お前って女子の服。めちゃくちゃ似合うよな。そんな趣味があったなんて」


「ええ、女神にも負けないぐらい可愛らしいわ。変態女装レイジ」


「あんた達が着させたんだろうが!!」




 額に青筋を浮かべて、怒鳴り声を上げるレイジ。


 そんな息子の様子を見て、愛花と裕翔は色々と察した。




「リオちゃん、アイリスちゃん。あまりレイくんを虐めないの」


「そうだぞ。レイジが可哀そうだ」


「わかったよ」


「善処してあげるわ、愚か者」


「アイリス。いい加減、その毒舌なんとかなんない?僕、結構傷つくんだけど」


「いやよ」


「はぁ~もう」




 落ち込む裕翔に、レイジは同情した。


 その時、レイジはふと気が付いた。夕陽と朝陽が居ないことに。




「お父さん」


「ん?なにかな」


「残りの二人は?」


「……夕陽と朝陽はその……」




 視線を宙に泳がせ、言葉を濁す裕翔。


 父親の様子を見て、レイジは察した。


 夕陽と朝陽はレイジの誕生日会に参加したくないのだ。


 怖くて仕方がない相手を祝うのは、誰でも嫌だろう。




「別にいいよ。それよりケーキ食べていい?」




 明るい笑顔でレイジは裕翔に尋ねた。




「あ、ああ。いいぞ」


「じゃあ、私が切り分けよっか!」




 台所から包丁を持ってきた愛花が、ケーキに刃を通そうとした。


 その時だった。


 リビングにインターホンが鳴り響いたのは。


 


「あら?誰かしら?」


「俺が見て来るよ」




 レイジは階段を下りて、玄関に向かう。


 扉を開けると、玄関前にいたのは黒いスーツ姿の真矢とアクアだった。


 


「真矢さんにアクアさん」


「やぁレイジ君」


「こんばんわ。どうしたのその格好?」


「そ、そんなことより!二人はどうしてここに?」




 強引に話を逸らして、レイジは二人がここにやってきた理由を尋ねた。


 すると真矢とアクアは思いつめたような表情を浮かべ、俯いた。


 黙り込んだ彼女達を見て、レイジは首を傾げる。




「あの……」




 レイジがもう一度問い掛けようとした時、




「「お願いしますレイジさん!どうか模擬戦に参加してください!」」




 突然、真矢とアクアが土下座して頼み込んできた。


 誕生日に大人の女性と女神が土下座するという異常事態が起こり、レイジは呆然とした。




「へ?どういうこと?」

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