魔獣LV6
「ハァ…ハァ…お、終わった」
大樹に背中を預けて座っていたレイジは、口から荒い息を漏らしていた。
先程まで魔獣の大群と激闘していた彼は疲労困憊だった。
返り血で髪の毛やスーツは赤く染まっている。
スーツはボロボロ。体力も魔力もほとんど残っていない。
「さすがに疲れたな」
レイジはスキル〔
口で瓶の蓋を取り、回復薬を飲んだ彼は、あまりにも酷い味に顔を歪める。
「オエッ!マッズ!確かに魔力と体力は回復したけどクソマズいな。これなら泥水飲んだ方がマシだな」
腕で口を拭うレイジは、大鎌を杖代わりにして立ち上がる。
「それにしても本当に大変だった。一番きつかったのはLV5の魔獣が現れたことだな」
彼の視線の先には、血を流して地面に倒れている百メートル以上の大蛇の姿が。
魔獣LV5アース・ギガント・スネーク。
LV5の魔獣は、体長約百メートルから千メートルある巨大化物。
一日で国を滅ぼす災害級の魔獣。
(現れた時はマジで焦った。分身達と連携してなんとか勝てたけど……死ぬかと思った)
良く勝てたなと思いながら、レイジはため息を吐く。
因みに魔獣の素材回収は分身達に任せていた。
「それにしても……俺って本当に化物だな」
魔獣の血で赤く染まって掌を見て、レイジは悲しそうな表情を浮かべた。
本来、LV5の魔獣は女神なしで勝てる敵ではない。
なのにレイジは勝ったのだ。しかも一人で。
最早、光闇レイジは化物の中の化物だ。
「流石は世界を滅ぼす寸前までしたラスボスだな」
自嘲するレイジは吐き捨てるように呟いた。
◁◆◇◆◇◆◇◆▷
その後、魔獣の素材回収を終え、充分に休憩した彼は家に帰ろうとした。
その時だった。レイジの目の前に―――人の形をした獣が現れたのは。
「!?」
身体全身に悪寒が走る。
レイジの視界に映っているのは、人の形をした百八十センチの猿型魔獣。
黒い体毛に腰から伸びた長い尻尾。そしてぶ厚い氷に覆われた両腕。
レイジは知っている。目の前にいる魔獣がなんなのかを。
「魔獣LV6……だと!?」
レイジは驚愕の表情を浮かべた。
魔獣LV6。それは魔導騎士が一万人いて倒せるかどうかの化物。
体長は百センチから二百センチ。人間と同じぐらいの大きさ。
しかし強さは魔獣LV5以上。一晩で国を三つ滅ぼす力を持っている。
魔獣LV6の最もの特徴は、人型であることと。
そして、
「ネェ……遊ボ?」
人の言葉が喋れることだ。
「!!」
男か女か分からない不気味な声音。
目の前にいる魔獣の言葉を聞いた瞬間、レイジは大鎌を振り下ろした。しかもスキルで肉体を強化した状態で。
本能が叫んでいる。こいつは危険だ。早く殺せと。
渾身の一撃が猿人型魔獣に直撃しようとした時—――大鎌を持っていたレイジの右腕が斬り飛ばされた。
「!?」
一瞬で魔獣から距離をとったレイジは、肩から失った右腕を強く押さえて止血する。
切断面から大量の血が流れ、激痛が走る。
分身達は本体のレイジを守るように囲む。
痛みで顔を歪めるレイジは、LV6の魔獣に睨みつけた。
「お前は……いったい」
「ボク?ボクハ、ゲームッテ言ウンダ。宜シクネ」
「ゲーム……遊戯ってことか」
「ソレヨリ遊ボ!遊ボ!」
子供のようにはしゃぎながら、ゲームは近寄ってくる。
そんな魔獣の姿を見て、ガリっと歯噛みするレイジ。
彼は心の中で混乱していた。
なぜなら、レイジが知らないLV6の魔獣が現れたからだ。
アニメ『クイーン・オブ・クイーン』でゲームという名のLV6の魔獣は出てこない。
(いや、落ち着け。この世界は現実だ。アニメには登場していない魔獣が現れても不思議じゃない。実際、知らないスキルもあった。今は、目の前の敵を殺すことが最優先だ)
レイジは戦略を考え、分身達に指示をする。
「お前ら。一分でいい。時間を稼げ!」
『おう!』
分身達はスキルで己を強化し、突撃する。
握り締めている大鎌を振るい、斬撃を放つ。
四方八方から襲い掛かる攻撃にLV6の魔獣は、
「アハハハハハ!遊ンデクレルンダ。ヤッター!」
楽しそうに笑いながら、全ての攻撃を尻尾で弾き返した。
驚愕する分身達を、指先から伸ばした氷の爪でゲームは斬り裂く。
鋭利な爪で切断され、分身達は粒子と化して消滅する。
その光景を見て本体のレイジは、舌打ちした。
「急いだほうが良さそうだな。スキル〔癒しの光〕!」
スキルを発動すると、レイジの左手から光の粒子が放出した。
粒子は切断された右腕に集束し、腕の形をかたどる。
そして粒子は月のように光り輝いた。
数秒後、徐々に光が収まるとそこには失ったはずの右腕があった。
手の平を握ったり閉じたりして、レイジは違和感がないか確かめる。
「よし!再生完了」
腕を完治させたレイジは、スキル〔格納空間〕から一冊の魔導書を転送。
彼は素早く魔導書を開き、スキルを収得する。
準備は整った。
「行くぞ!」
地面が陥没するほど強く踏み込み、レイジは走り出した。
白銀の軌跡を描きながら、彼はゲームに突撃する。
「アハ!今度ハ君カ!」
接近してくるレイジに気が付いたゲームは、片腕を横に振った。
すると空中に大量の氷柱が出現。
氷柱はレイジに向かって高速に飛来した。
襲い掛かる氷の弾丸を前にレイジは―――さらに加速して突き進んだ。
氷柱はレイジの皮膚を裂き、スーツに傷を付ける。
だが彼は止まらない。
血が流れても、装備がボロボロになっても前に進む。
深紅の瞳を強く輝かせ、レイジはゲームの頭を鷲掴みにした。
そして大樹に強く叩きつける。
「何ヲスルノ?」
「火遊びだ、お猿さん!」
不敵な笑みを浮かべたレイジは、鷲掴みしている掌から赤黒い炎を放った。
ゲームは爆炎に呑み込まれ、激しく燃え上がる。
血と肉が焼いたような臭いが充満し、レイジの鼻腔を刺激する。
「ウギャァァァァァァァァ!!」
味わったことが無い激痛に襲われ、苦痛の悲鳴を上げる猿人型魔獣。
レイジのスキル〔重力操作〕で圧力をかけられているせいで、逃げることもできない。
彼は魔力を消費して、さらに火力を上げる。
「流石は五百万した火属性の最上級攻撃スキル〔煉獄れんごく〕。効果は抜群だな。さっき読んで正解だった!」
このまま跡形もなく燃やしつくそうとした時、レイジのスキル〔災悪視〕が自動発動した。
ぶ厚い氷に覆われた拳がレイジの頭を粉砕する映像が、脳内に流れ込んできた。
咄嗟にゲームの頭を掴んでいた手を離し、レイジは防御系スキルを発動する。
「スキル〔障壁しょうへき〕!」
レイジは自分を中心に、半球状の光のバリアを無数に展開した。
直後、炎の中から深い火傷を負ったゲームが現れた。
笑い声を上げながら、LV6の魔獣は氷に覆われた拳をレイジに向かって放つ。
拳がバリアに直撃し、金属音と衝撃音が鳴り響く。
強い打撃を受けた光のバリアは―――皹一つ付いていなかった。
それを見て、ゲームは嬉しそうに笑みを浮かべた。
「アハハハハ!スゴイ!スゴイヨ!攻撃ヲ防ガレタノハ初メテダ!」
「これで諦めてくれると嬉しいんだが」
「ヤダヤダ!モット遊ブノ!ダカラ……死・ナ・ナ・イ・デ・ネ・?」
ゲームは光のバリアに向かって怒涛の連打を放った。
一発一発が速く、強い殺意が込められていた。
ダメージが蓄積し、バリアに皹が走る。
そして遂にバリアは甲高い音を立てて、砕け散った。
「アハ!ヤット壊レタ!」
「くっ!」
「マダ終ワラナイヨ~?」
口元を三日月に歪めたゲームはバリアを殴り続けた。
LV6の魔獣の連撃が次々と光のバリアを破壊する。
脳裏に『死』という文字が浮かんだ時、最後のバリアが砕け散った。
そしてゲームの拳撃がレイジに襲い掛かる。
「スキル〔成長操作〕!」
咄嗟に子供の姿に戻ったレイジは、攻撃を回避する。
彼の頭の上を強力な一撃が通り過ぎる。
「危ねぇ!髪の毛掠ったし!」
ギリギリ攻撃を回避したレイジ。
そんな彼に、ゲームは渾身の一撃を放つ。
「バイバイ。楽シカッタヨ」
隕石のような勢いで迫りくる殴打。
もう回避も防御もできない。
それを目にして、レイジは悟った。
今の自分では、LV6の魔獣には勝てないと。
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