虫狩り
魔導書を買い終えたレイジは、家に帰った。
裏口のドアを開けて、「ただいま」と中に入る。
階段を上っていると、レイジは夕陽と朝陽に出くわした。
彼女達は怯えた様子で、レイジに視線を向ける。
目の前で平然と生き物を殺したレイジが怖いのだ。
「た、ただいま」
軽く声を掛けると、夕陽と朝陽は慌てて自分達の部屋に逃げ込んだ。
レイジは口からため息を吐いた。
「ま、そうだよね」
仕方がないことだと自分に言い聞かせ、レイジは自分の部屋に向かう。
その時、後ろから聞き覚えのある声が響いた。
「レイジ」
振り返ると、そこにいたのは裕翔だった。
「お父さん」
「おかえり、大丈夫か?」
「……うん、大丈夫だよ」
見てほしくないところを見られてしまったな、とレイジは苦笑する。
「……そうか。そうだ、レイジのおかげで店は繁盛したよ」
明るい表情で裕翔は話を変える。
レイジは前世の料理技術と料理知識を活かして、カフェで使える料理を両親に教えたのだ。
結果は大繁盛。ネットでも高評価のコメントが書かれていた。
「うん。お客さんがカフェの前にたくさん並んでいるのを見たよ」
「これもお前のおかげだ。ありがとう」
「喜んでもらえて嬉しいよ。じゃあ、俺は部屋に戻るね」
「お昼ご飯は?今なら作ってあげられるけど?」
「自分で出来るから大丈夫」
そう言い残したレイジは、部屋に入り、ドアを閉めた。
一人になった彼は、何度目かわからない深いため息を吐いた。
「気を遣わせてしまったな」
頭をガリガリと掻きながら、ベットに座る。
「さて、気持ちを切り替えてやりますか。スキル〔格納空間・取出〕」
レイジがスキルを発動した直後、目の前の床に積み重なった魔導書が出現。
彼は一冊の魔導書を手に取り、視線を向ける。
読むだけでスキルが手に入るアイテム。
これが自分の運命を変える鍵の一つ。
「今日中に全部読んで、特訓するぞ!」
気合を入れて、レイジは魔導書を開いた。
◁◆◇◆◇◆◇◆▷
魔導書を買い、スキルを手に入れてから一週間後。
レイジはとある森の前に立っていた。
その森の中には、いくつも外灯があり、光を照らしていた。
(初めてだな……森に入るのは)
森の中は魔獣が多く生息しており、命の危険がある。
だが、強くなろうとするレイジにとっては素晴らしい訓練場だった。
彼は真剣な表情を浮かべ、前に母親が言ったことを思い出す。
『いいレイくん?森の中は絶対に入っちゃダメだからね。森の中には魔獣が沢山いるの。奥に行けば行くほど危険な魔獣がいるから行かないで。約束だよ』
大切な母との約束。
それをレイジは破る。
(ごめんね、お母さん。俺はなにがなんでも強くならなければならない)
心の中で愛花に謝罪したレイジは、覚悟を決めて森の中に足を踏み入れる。
外灯の光に照らされた道を歩きながら、周囲を警戒するレイジ。
冷たい風が流れており、葉っぱや花などの植物が揺れる。
この世界の植物は、日光が無くても空気中にある魔力を吸収して成長する。
しばらく歩いていると、人間が通れるような道が無くなり、外灯はいつの間にか無くなっていた。
光がない闇の森の中。
だが、レイジには暗闇でもはっきり見えるスキル〔夜目〕があるため、問題はなかった。
「到着したな。魔の森」
魔の森。瘴気が多く存在する森のエリア。
ここではLV3以上の魔獣が多く生息する危険な場所。
木や花などの植物は全て黒く、普通のものより、何十倍以上も大きく成長していた。
「まるで蟻になった気分だな」
魔の森の中を進むレイジ。
鼻が曲がりそうな匂い。聞いたこともない不気味な鳴き声。魔獣同士の激しい戦闘音。
そして、地面に転がっている大量の人間の骸骨。
(アニメで知ってたけど、本当に禍々しいところだな。だけど、この日のために色々準備してきた)
新しくスキルを手に入れてから、使いこなせるように猛特訓した。
スキルによる成長補正のお陰で、予想以上に早くマスターできた。
さらにアイテム屋で魔力と体力を回復し、傷を治す回復薬ポーションと攻撃系スキルの魔導書を多く買い取った。
(まぁ、高いのばかり買わされたが)
他にも、レイジはこの日のために強力な装備を作ったのだ。
彼は、ぴっちりした灰色のボディースーツを着用している。腕や脚、胸、肩、背中には黒い金属プロテクターが。
装備しているのは、スキル〔神金属生成〕とスキル〔形状変化〕で作り出したオリジナル武装。
この世で一番柔らかく、布にも使える特殊金属—――アダマンタイトで作ったボディースーツ。斬撃耐性、熱耐性、寒耐性に優れており、伸縮性が高く、衝撃を吸収する効果もある。
そしてこの世で一番硬く、重装鎧や盾などに使われる特殊金属—――オリハルコンで作った装甲。物理攻撃と魔力攻撃に強い耐性を持っている。
(準備はばっちりだ)
それから暗い森の中をしばらく歩いていたその時、レイジに巨大な鎌が襲い掛かる。
危険を感じ取った彼は、その場から素早く離れた。
直後、先程まで居た場所に鎌が突き刺さった。
地面が抉れ、土煙が舞い上がる。
感知系スキルを買っておいて正解だったと思いながら、レイジは戦闘態勢に入る。
スキル〔格納空間〕からミスリル製の巨大包丁四本を転送。
それをスキル〔重力操作〕で持ち上げ、構える。
「随分なご挨拶だな。えぇ、おい?」
険しい表情でレイジはドスの利いた声を出す。
彼の視線の先にいたのは、複数の赤い目を持つ巨大なカマキリだった。
六十メートルの体長に漆黒の外殻。そして胴体から生えた四本の巨大な鎌。
昆虫型魔獣LV4—――修羅カマキリ。
「いきなりLV4かよ!」
舌打ちして、レイジは警戒する。
LV4の魔獣は体長五十メートルから百メートルあり、一日で都市を破壊する力を持っている。
一流の魔導騎士が百人いないと倒せない化物。
子供が敵う相手ではない。
しかしレイジは逃げない。
彼は闘志を燃やし、魔獣を睨みつける。
「来い!」
直後、修羅カマキリはレイジに向かって四本の鎌を振り下ろす。
恐ろしい速度で接近する斬撃を四本の包丁で弾き返す。
(スキル〔思考加速〕の力で魔獣の攻撃をスローモーションで見えるようにしてるけど、このままじゃ押される!)
苦虫を嚙み潰したような表情を浮かべるレイジ。
修羅カマキリの斬撃を巨大包丁で防ぎながら、勝利法を考える。
(スキル〔絶対反射神経〕で反射神経を強化しろ!スキル〔並列思考〕で複数の事を考えられるようにしろ!そして必ず勝利する道を作れ!)
別のスキルを発動してレイジは対抗する。
魔獣の攻撃に一つ一つ対応し、全て防ぐ。
巨大な鎌と巨大な包丁が激しくぶつかり合い、火花が飛び散る。
金属音が鳴り響き、衝撃波が発生する。
レイジは焦っていた。鎌と包丁が衝突する度に音が変化していることに気が付いたから。
そして、
パキィン!
四本の巨大包丁に亀裂が走り、砕け散った。
空中を舞う白銀の破片を目にしたレイジは―――修羅カマキリに向かって駆け出した。
「スキル〔神兎〕!」
スキルの力で脚を強化した彼は、高く跳躍し、空中を走る。
接近する敵の姿を捉えた修羅カマキリは、四本の鎌を振るう。
襲い掛かる攻撃をレイジは紙一重で回避する。
カマキリ型魔獣は鎌を振り回して、彼を遠ざける。
(くっ!四本の鎌が邪魔!なら、もっと速度を上げてやる!)
舌打ちしたレイジはスキル名を叫ぶ。
「スキル〔超加速〕!」
刹那、レイジの動きが加速した。銀の軌跡を描きながら、修羅カマキリに突撃する。
修羅カマキリの斬撃を全て回避し、距離を縮める。
「ここで決める!スキル〔硬質化〕〔筋肉増強〕!」
レイジは肉体全身を硬くし、筋力を強化する。
そして魔力を拳に込め、力強く放つ。
「歯を食いしばれ」
彼の重い一撃が修羅カマキリの目に直撃。
赤い瞳が潰れ、鮮血が噴水のように噴き出す。
「ギシャアァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァ!!」
激痛に襲われ、苦痛の悲鳴を上げる修羅カマキリ。
だが、レイジの攻撃はまだ終わらない。
怒涛の連打が修羅カマキリの目を次々と破壊していく。
魔獣の血がレイジの頬に飛び散る。
(残り……一つ!)
レイジは最後の瞳を潰そうとした。
その時、その赤い瞳がレイジを睨みつけた。
(やばっ!)
危険を感じたレイジは距離を取ろうとした時、
「ギシャアァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァ!!」
修羅カマキリは怒りの雄叫びを上げた。
耳を塞ぎたくなるような鳴き声が響き渡る。
レイジを鋭く睨みつけるカマキリ型魔獣は背中から六本の腕を生やした。
腕の先端には鋭利な鎌が伸びていた。
「うわー。阿修羅みたいになっちゃったよ。四本多いけど」
顔を引き攣らせたレイジは、額から一筋の汗を流す。
修羅カマキリは全ての鎌を構え、彼に向かって振り下ろした。
襲い掛かる斬撃を紙一重で避けるレイジは焦燥な表情を浮かべていた。
(数が多い!)
修羅カマキリの攻撃を躱すのが精一杯な彼は、心の中で舌打ちする。
反撃が出来ず、回避し続けて一分後、
「ギシャアァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァ!!」
修羅カマキリの斬撃がレイジの横腹に直撃した。
レイジの身体が軽々と吹き飛び、地面に打ち付けられる。
轟音が鳴り響き、土煙が舞い上がる。
敵を倒したと思った修羅カマキリは勝利の雄叫びを上げた。
その時、
「おい。なに勝った気でいる?」
土煙から低い男の声が聞こえた。
驚愕する修羅カマキリは、声の発生源に視線を向ける。
土煙が徐々に収まっていき、姿を現したのは一人の青年だった。
整った中性的な顔立ちに、肩まで伸びた白銀の髪。そして血のような深紅の瞳。
突然現れた青年に、動揺する修羅カマキリ。
青年は自分の手の平を見て、笑みを浮かべた。
「うん。スキル〔成長操作〕で二十代まで成長させてみたが……やっぱり大人の身体は良い」
そう呟いた青年は深紅の瞳を怪しく輝かせる。
そんな青年を見て、修羅カマキリは気付いた。
自分の前に現れた青年は、先程まで戦っていた少年—――光闇レイジだと。
「さぁ、調理開始だ」
凶悪な笑みを浮かべて、レイジは修羅カマキリに死の宣告をした。
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