救うとは恐怖を与える
「ハァ…ハァ…ハァ!!」
愛花は全力で走っていた。
魔法の力で速度を上げ、レイジたちが居る場所に向かう。
娘達が魔獣に襲われているという報告を知り、愛花は冷静でいられなかった。
「朝陽ちゃん、夕陽ちゃん、レイくん!」
「愛花!無理して走るな!」
後ろから追いかける女神リオの声は、愛花の耳に聞こえない。
走り続けて数分後、彼女は自分の子供達を見つけた。
だが、その時には、
息子のレイジは、大きな狼型魔獣の爪に斬り裂かれていた。
「レイくん!」
防寒着が破れ、レイジは吹き飛ばされる。
その光景を見て、愛花は息を止めた。
レイジは雪の上を何度もバウンドする。
「あ、ああ……」
動かなくなってしまった息子を見て、愛花は声を震わせた。
近くにいたリオは唇を噛みしめ、顔を逸らす。
「レイくん……」
息子が死んだ。死んでしまった。
前までは悪い子だったけど、ちゃんと改心して、家族のために動くようになった息子が。
大切で、可愛い息子が……死んだ。
愛花の瞳から涙が溢れ出る。
「レイくぅぅぅぅぅぅぅぅん!」
愛花の悲痛な叫び声が響き渡った。
その時、
「よいしょっと」
倒れていたレイジは平然と起き上がった。
「え!?」
「レイ…くん?」
死んだと思っていたリオと愛花は目を見開く。
レイジは身体についた雪を手で払う。
「いや~今のはマジでビビったわ。これを装備していなかったら死んでたわ」
ボロボロになった防寒着をレイジは脱いだ。
すると露になったのは、人間の肌ではなく白銀の鎧だった。
それはレイジが万が一に備えて作った装備。
作ってよかったと、心から思った。
「さてと、ワンちゃん。覚悟は出来てるよな?」
目を細めて深紅の瞳を怪しく輝かせるレイジ。
凶悪な笑みを浮かべて、魔獣に近付いた。一歩ずつゆっくりと。
危険を感じたブラック・デス・ウルフは後ろに下がった。
いくつもの街を破壊したLV3の魔獣。
多くの人間の命を奪ってきた狼の化物。
そんな漆黒の巨狼は、目の前にいる幼い少年に恐怖を覚えた。
ブラック・デス・ウルフには見えていた。レイジの背後に大きな鎌を持った死神の姿が。
レイジは両手を広げ、スキルを発動する。
「スキル〔神金属生成“ミスリル”〕」
レイジの左右に白銀の金属の塊が出現した。
スキル〔神金属生成〕。強力な希少金属を生み出す能力。
ミスリル。それはこの世で最も軽い金属。ダイヤモンドや金塊よりも価値が高く、頑丈で武器の素材としても使える。
彼は更にスキルを発動する。
「スキル〔形状変化〕」
金属の塊は粘土の様にぐにゃりと歪み、二本の巨大な包丁に変形した。刃は薄く、固い。
スキル〔形状変化〕。無機物であれば想像したものに形を変えることが出来る。それが例え固い岩や地形だろうと。
レイジが纏っている鎧も、スキル〔神金属生成〕で生み出したミスリルと〔形状変化〕で作り出したもの。
二本の包丁をスキル〔重力操作〕で浮遊させ、レイジは構える。
「さぁ、調理を開始しよう」
刹那、二本の巨大包丁はブラック・デス・ウルフに高速で接近。
襲い掛かる刃から逃げようとする狼型魔獣。
だが、レイジは逃がさない。
銀色に輝く包丁は、巨狼の身体に突き刺さり、鮮血が飛び散る。
「ワオォォォン!?」
激痛が襲い、悲鳴を上げるブラック・デス・ウルフ。
レイジは容赦なく攻撃を続ける。
浮遊する二本の包丁を操る。
肉を裂き、毛皮を剥ぎ取り、骨を断ち、内蔵を抉り出す。
大量の血が雪に飛び散り、魔獣の悲鳴が響き渡る。
しかし、レイジは顔色一つ変えず、魔獣の身体を解体していく。
その光景を愛花とリオは見ていることしかできなかった。
◁◆◇◆◇◆◇◆▷
十分後、数十メートルはある巨狼は綺麗に解体され、雪の上に並べられていた。
それをしたのは他でもない。レイジだ。
彼の前世―――早崎耕平が最も得意な料理技術は、包丁さばきだ。
どんな物だろうと綺麗に素早く切り裂き、解体する。
故に魔獣を解体するのは、簡単なことだった。
これはアニメの光闇レイジラスボスにはない、今の光闇レイジ早崎耕平の武器だ。
LV3の魔獣を倒したレイジは、姉と妹の元へ向かう。
「二人とも大丈夫?」
心配そうに声をかけ、レイジが手を差し伸べると、
「触らないで!」
夕陽は強く振り払った。
怯えている朝陽を抱き締め、レイジを睨みつけていた。
「こ、来ないで!化物!」
彼女は雪玉を作ってレイジに投げつけた。
雪玉は頭に直撃し、崩れる。
痛くはなかった。肉体的には。
夕陽は何度もレイジに雪玉を投げつけた。
「消えて!消えてよ!」
「夕陽ちゃん!やめて!」
慌てて愛花とリオが駆け付け、夕陽を止める。
朝陽はレイジを見て、身体を震わせた。
いつも無表情で無口な彼女は、顔を歪めて涙を流していた。
「こわい…!」
小さい声で、しかし強く恐怖しているのが伝わる怯えた言葉。
まだ幼い少女である夕陽と朝陽には、生物が殺されるところは刺激が強すぎたのだろう。
圧倒的な力によって、魔獣が殺される光景。
地面に飛び散った血と内蔵。
頭から離れない魔獣の悲鳴。
街を破壊することができる魔獣を殺したレイジは、とても恐ろしい化け物に見えているだろう。
姉と妹を助けた結果、恐怖を与えてしまった。
救うとは、感謝されることばかりではない。
人を救って感謝されるのは、主人公を含めた正義の味方のみ。
ラスボスである光闇レイジには―――感謝されるのは、許されないのだろう。
「……」
レイジは何も言わず、後ろに振り返って家に向かった。
離れていく息子に、愛花は声を掛ける。
「レイくん!あ、あのね、朝陽ちゃんと夕陽ちゃんは!」
「……いいよ。分かってる」
「え?」
「慣れたから」
彼はそう言い残して、その場から立ち去った。
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