転生した自分は

 レイジは何とかアイリスとリオからこの世界の知識が詰まった本を借りることができた。


 本は分厚く、タイトルには『馬鹿でも分かる今の世界の常識』というものだった。


 腹が立つ名前だなと思いながら、レイジは読み始める。


 ベットに座って本のページを一枚一枚めくる。


「タイトルはあれだが、中身はちゃんとしているな」


 本の内容は読みやすく、分かりやすいものだった。


 それからレイジは暫くの間、本を読み続けた。


 部屋の中では、紙をめくる音が響く。


 電子時計の数字が午前十一時と表示した頃、レイジの視線があるページに留まる。


「アストラル王国……」


 レイジが気になったのは、前世の地球には存在しない円状の国。


 その国は日本の近くにあり、大きさは日本と同じぐらいの面積。


『日本の姉妹国』とも呼ばれている。


 そのアストラル王国のページを見て、レイジは違和感を覚えた。


(なんだ?なぜか俺はこの国を前世で知っている)


 前世の地球には存在しないはずの国。


 だが、レイジは前世の記憶でアルトラル王国を知っている。


 どこで知ったのか思い出そうとしていると、部屋の入口から小さな足音が聞こえた。


 視線を向けると、そこには二人の少女が立っていた。


 一人はレイジより少し身長が高く、長い黒髪にたれ目の女の子。その後ろに隠れているのは、茶髪を短いツインテールに纏めた女の子だ。


(あの子たちは俺の姉と妹だったな。確か黒髪の子が俺より二つ上の姉、光闇こうやみ夕陽ゆうひ。そして茶髪の子が俺より一つ下の妹、光闇こうやみ朝陽あさひだったな)


 何の用でここに来たのかと疑問に思っていると、夕陽が口を開く。


「お、おはようレイちゃん」

「おはよう」


 どこか怯えた様子で話しかけてくる姉を見て、レイジは色々と察した。


(まぁ、さんざん虐めてきた奴には苦手意識をもたれても、仕方ないか)


 記憶が戻る前の自分の愚かさにレイジは嫌気がさす。


 だが、夕陽が本当に怯えている理由は他にある事を知っている。


「あ、あのね、レイちゃん。一昨日は……池に落としてごめんなさい!ほら、朝陽ちゃんも」

「ごめんなさい」



 二人は頭を下げて謝罪をした。小動物のように怯えながら。


 姉と妹が謝る理由。それは一昨日、二人がレイジを氷池に落として、今日まで風邪をひかせたからだ。


(だけど悪いのは俺なんだよな~。二人が一生懸命雪だるまを作っている時、俺はそれを壊そうとしたんだよな。だけど完成した雪だるまが突然転がりだして俺を巻き込み、近くにあった池に向かって落ちた。それから高熱出して寝込んでしまったってわけだし)


 姉と妹は何も悪くなく、ただの事故だ。


 元はと言えば悪戯をしようとしたレイジが、近づかなければ良かった話である。


 なので、レイジが彼女達を叱る資格はなかった。


「気にしなくてもいいよ。二人は悪くないし」

「お、怒らないの?」


 恐る恐る顔を上げる夕陽に、レイジは頷いて返事を返す。


「うん、あれは事故だからね。それに今まで二人に酷いことをしてきたからその罰が当たったと思うからな。今まで本当にごめんね、二人とも」


 レイジは姉と妹に頭を下げる。


 彼の様子を見て、彼女達は困惑した表情で顔を見合わせる。


「もし、良ければなんだけど……仲直りしてくれると嬉しい」


 出来る限り優しい声でレイジは自分の手を前に出す。


 それを見て夕陽も自分の手を伸ばし、弟の手を握る。


 仲直りの握手だ。


「朝陽は……やっぱ無理か」


 夕陽の背後に隠れている小さな妹を見て、苦笑いするレイジ。


 だが、朝陽は姉に隠れながらも自分の手をゆっくりと伸ばした。


「いいのか?」


 レイジの問いかけに、朝陽は無言のまま首を小さく縦に振った。


「ありがとう」


 嬉しそうに微笑みを浮かべるレイジは妹の手を握った。


 そして決めた。これからは姉と妹が困ったら全力で助けよう、と。


(それが今まで迷惑掛けてきた自分に出来る罪滅ぼしだ)


◁◆◇◆◇◆◇◆▷


 夕食を食べ終え、風呂にも入ったレイジは、部屋の中で本を読み続けていた。


 デジタル時計には、午後九時三十分と表示されていた。


「やっぱりこの世界を知れば知るほど、前世とは違う地球だって分かるな」


 頭の後ろで指を組み、天井を見上げるレイジ。


 アニメや漫画だけの話かと思っていた異世界転生。それを自分はやってしまった。しかも転生先は別の地球。


 まさか転生するとは思わなかったレイジは、今日の出来事を思い出し、ポツリと呟く。


「……ご飯、美味かったな」


 今日の昼食と夕食は両親がよりを掛けて作り、豪勢だった。


 と言っても、高級食材が使われた料理ではない。山盛りの唐揚げやすき焼き、ケーキや餡蜜などといった普通の料理だ。


 だが、両親が作った料理はどれも優しい味だった。


 前世で食べてきた高級料理よりも、とても美味しく感じた。


「特別な調味料は愛情か…馬鹿にできないものだな」


 自然と頬を緩めたレイジは、本に視線を向けてページを捲る。


 一行一行しっかりと目を通す。


 そして最後まで読み終えた彼は、本をゆっくりと閉じて嘆息する。


「……やっぱり俺はこの世界の事を前世で知っている」


 本に書かれている知識の大半は、早崎耕平の記憶の中にも存在していた。


(最初に読んでいて気になったのは、アストラル王国だ。この国の名前はどこかで聞いたような)


 レイジは前世の記憶の中を探る。


 時間が一分、十分、三十分、一時間と過ぎていく。


 そしてデジタル時計に午後十一時と表示した頃、レイジは思い出した。


「そうだよ!確かあの大人気アニメ『クイーン・オブ・クイーン』の主人公キャラクターの生まれ故郷だ。いやー思い出してよかった!アハハハハハ!」


 笑い声を上げるレイジ。


 だがその笑い声は徐々に音量が小さくなっていき、止まった。


「冗談だろ……おい!?」


 頭に手を当てて、戦慄の表情を浮かべるレイジ。


 彼は気が付いてしまったのだ。自分がいる世界はとんでもない場所で、生まれ変わった自分がどれだけ危険なものかを。


 額に嫌な汗を浮かべながら、レイジは姿見鏡に視線を向ける。


「白銀の髪に深紅の瞳。名前は光闇レイジ……家族は父と母、姉と妹。これは確定だな」


 受け入れたくない現実から逃げずに、レイジは認めた。


 自分が将来、世界に絶望を与える最凶にして最悪の邪神……『クイーン・オブ・クイーン』のラスボスであることを。


『クイーン・オブ・クイーン』


 レイジの前世、早崎耕平がいた地球で社会現象を起こした大人気アニメ。


 舞台は漆黒の雲、邪雲に覆われた地球。


 アストラル王国の第二王女にして主人公キャラクター、アリア=アストラル。


 彼女は立派な女王になる為に、魔獣と戦う魔導騎士を育成する学園に入学。


 あらゆる困難や修羅場を、契約した女神と仲間と共に乗り越え、世界を救う物語。


 そんな彼女の最大の敵にして、最低最悪のラスボスキャラクター。


 光闇レイジだ。


 彼は人の死や不幸を喜ぶ悪逆非道な男。女神と契約してからは自分の欲を満たすために、多くの命を奪い、数々の国を消してきた。


 まさに悪の中の悪。


 そんな危険な奴に早崎耕平は転生してしまったのだ。


「まさか自分がラスボスになるとはな。ハハ…アハハハハハハハハハハハハハ!!」


 顔に手を当てて、レイジは笑い声を上げた。


 世界の最大の害悪に生まれ変わらせた運命に対して、彼はただただ大きな声で笑った。


 満足するまで笑った後―――途轍もなくドスの利いた声で、レイジは呟く。


「上等だよ。運命のクソ野郎が!こちとら前世では地獄のようなトラブルに何度も巻き込まれてきた男だ」


レイジの赤い瞳が爛々と輝く。


「『クイーン・オブ・クイーン』の物語が始まるのは俺が十八歳の時、つまり今から十四年後。時間はまだある」


 眉間に皺を寄せて、姿見鏡に映る自分を睨みつける。


 決められた運命を変えるために、彼は宣言する。


「絶対に俺は否定してやるよ。ラスボスになる未来をな!!」

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