女神様
「はぁ……リアクションデカすぎるだろ」
窓を開けて外の景色を眺めているレイジは、深いため息を吐いた。
外は雪が降り注ぎ、コンクリートの地面に積もっていく。遠く離れた街の建物が雪で白く染まっていた。
空は漆黒の雲に覆われ、あちらこちらに立てられた電灯が街を照らす。
「記憶を思い出して分かったけど、この世界って前世とは別の地球なんだよな」
レイジはまた深いため息を吐き出した。
ここでは彼の前世、早崎耕平がいた地球とは異なる別の地球。国やお金、科学技術などは前世の地球と殆ど同じ。
しかし、今の地球ここは前世の地球あっちには無いものが多く存在する。
大まかな違いは、四つ。
レイジは人差し指を立てて、詠唱を行う。
「火の属性よ、我に小さな炎を授けたまえ。〔LV1小火〕」
呪文を唱えると、レイジの人差し指に赤く光る円形の陣—――魔法陣が浮かび上がる。そこからライターから出てくるような小さな火が発生した。
これが前世の地球にはないものの一つ。
魔法だ。
人間の体内に流れる魔力を消費して使える特殊な力。
二つ目は空を覆う漆黒の雲—――
今は十一月三日の冬。雲に覆われているのは珍しくはないだろうが、邪雲は太古から空を覆っている。それも朝昼晩関係なく一年中。
しかもその雲から発生する『瘴気』というものは、人間には猛毒で死を与える。
大地、森、海などは瘴気に汚染されているせいで人間達は近づくことが出来ない。
「まぁ、ここはまだ安全だけど」
レイジが居る場所は栃木県の田舎町にある二階建てのカフェだ。
栃木県は瘴気に汚染された森や湖などが存在する。だが、瘴気の影響は薄く、人間が入れないほどではない。
「ま、汚染されていない場所なんて殆どなくて、人が住めるだけでとてもいいんだけどな。ただ、魔獣がいるんだよな」
魔獣。それが前世には存在しなかった三つ目。
奴らは黒い皮膚や鱗に覆われ、人間を襲う化物。
しかも魔獣達は邪雲の中や瘴気によって汚染された山や湖に住み着いている。
「でも……ちょっと見てみたいな」
アニメでしか見られない空想上の生物。
前世ではアニメオタクだったため、レイジとしては興味が惹かれた。
だが、危険を冒してまで見たくはなかった。なにより今の家族を心配させてしまう。
故にレイジは諦めた。
「危険な雲に凶暴な怪物、そして特殊な力がある地球か……変な所に転生しちゃったな」
これからどうするかとレイジが先の事を考えていると、部屋からまたノックの音が。
「どうぞ」と彼が言おうとした次の瞬間―――扉が吹き飛んだ。
扉は部屋の壁と衝突し、轟音を立てて砕け散る。
その光景を目の当たりにしたレイジは、口を開けて呆然とした。
「え?……なに?」
状況が追いつかないレイジ。
その時、二人の女性が部屋に入ってきた。
「よお!元気になったか、レイジ!ハハハハハハハ!!」
黒いタンクトップに白いホットパンツを着用した黄色い髪の女性は笑い声を上げた。
とても…いや、異常なほど元気すぎる彼女をセーラー服を着た少女が注意する。
「ちょっとリオ!急に扉を壊して開けて入るとレイジがビックリするでしょ!」
「いいじゃないか!別に?」
「もう!いつもいつもドアを壊す癖はやめてよね!同じ女神として恥ずかしいんだから」
「まぁまぁ、こんなものは神界では些細なことだ!ハハハハハ!」
「笑い事じゃないし、ここは地球でここでは大事なの!」
神界や女神などと言う彼女達は他人から見れば、変なことを言う女子大生と女子中学生だなと思うだろう。
だがレイジは知っている。
彼女達はふざけていないことを。
なぜなら正真正銘、神界から来た女神なのだから。
それがこの世界の四つ目の特徴、人間と女神の共存だ。
(この世界では人間が十歳になると自分の実力に見合った女神が神界からやってきて契約し、共に暮らすことが決められている。今の俺は四歳だからまだ先だけど……ちょっとこのドアをぶち壊して入るような女神とは契約したくないな)
レイジは心からそう思った。でなけれは将来、毎日ドアの修理をしなければならない。
十歳の自分が契約する女神はまともであることを願いつつ、レイジは深々と頭を下げて二人の女神に挨拶をする。
「おはようございます。女神リオ様、女神アイリス様」
レイジの礼儀正しさを目の当たりした二人の女神—――リオとアイリスは驚愕の表情を浮かべた。
(まぁ、そういう反応をされても仕方ないか)
前世の記憶を思い出すまでの自分がどれだけ酷いことをしてきたのか、レイジは知っている。
今までやってきた悪事は、大人が聞けばドン引きするぐらいだ。
それは女神たちも同じだった。
そんなレイジが礼儀正しくすれば目を疑いたくもなるというもの。
「お前……本当にレイジか?頭でもぶつけておかしくなったか?」
黄色い髪の女性—――リオが心配と疑惑が宿った目でレイジを見つめる。
鼻と鼻がぶつかりそうなぐらい近づけるリオを見て、レイジは無意識に思ったことを口に出してしまう。
「リオ様ってよく見ると美人ですよね」
「ふぁあ!?」
リオは変な声を上げ、レイジから距離を取る。
彼女は顔を真っ赤にしてレイジに指を指す。
「ななななななにを言ってんだよお前は!?」
「いや、本当に美人だなって」
慌てた態度を見せるリオにレイジは素直な気持ちを伝えた。
彼の言う通り、リオはかなりの美人だ。
くせ毛がある黄色いショートヘアーに力強さを感じさせるつり目。引き締まったお腹に豊満な胸。
筋トレしているからか、女性にしては少し筋肉質ではあるが、それが逆にリオの魅力を引き立てている。
「そういえば、アイリス様もとても美人ですよね」
「わ、私!?」
自分の容姿を褒められたアイリスは頬を赤く染めて、自分に指を指す。
アイリスの場合はリオと違って痩せ気味な身体をしている。胸もお尻も小さく、レイジよりも白い肌をしていた。
幼さが残る顔立ちで艶のある薄紫色の長い髪。
リオもアイリスも絶世の美女だった。
女神というのは人間と違い全員が美形なため、それが当たり前なのだ。
だが美形が当たり前な女神は容姿で褒められたことはあまりない。
実際に褒められるとどうしたらよいか、分からなくなるのだ。
それを知らないレイジはリオとアイリスを褒め続ける。
「いや~なんで女神ってそんなに美人なんですかね。遺伝?とにかく羨ましむぐっ!」
「も、もうその口を閉じろ!」
リオが目にも止まらない早さで、レイジの口を片手で押さえる。
彼女の顔はリンゴのように真っ赤に染まっていた。恥ずかしさと嬉しさが混ざり合った気持ちに耐えられなくなったのだろう。
アイリスもリオと同じ状態だった。
「頼むからそれ以上言うな。いいな?」
リオの有無を言わせない迫力に、レイジは首を縦に振ることしかできなかった。
レイジの口を押えていた手を離し、リオは深い溜息を吐いた。
「まったく……裕翔が『レイジがおかしいんだ!』って言った時は元々だろう?と思ったが、確かに頭がおかしくなっているな」
「なにげに酷いことを言うな、この女神」
だがこれも自業自得だから仕方がないとレイジは受け入れる。
そんなレイジを見て、アイリスもリオの言葉に同意する。
「そうね。レイジが反省したとか感謝したとか、天変地異が起きるんじゃないのかと思うぐらい驚いたけど、人を褒めるぐらい良い子になるとは思わなかったわ。……あんなクソガキが」
「今ちっさい声でクソガキって言いましたね?」
「本当に将来はどうなるかと思ったわ。この害虫以下のゴミクズ野郎はきっと多くの人達を悲しませるんだろうって」
「自分に非があるのは認めますが、酷すぎません?ねぇ、ちょっと」
「そんな世界の害悪でしかないような子供が礼儀正しい良い子になるなんて。まだ『明日、地球が滅びる』のほうが信用できるわ」
「めちゃくちゃ毒を吐くな。この女神」
「そうよ!本当に地球が滅びるかもしれない。ええ、それしか考えられないわ!!」
「流石に言いすぎじゃありませんかね!?」
毒舌を連発するアイリスに我慢できなかったレイジは突っ込みを入れた。
だが、アイリスがここまで辛辣な言葉を言うほど最低な事をしてきたのだと、彼も自覚していた。だからこそ、これからは自分を正すことに決めたのだ。
(だけどその前に、この世界の詳しい情報が欲しい)
前世と異なる地球で生きていくためには、まずは詳細な情報が必要だと東山は思った。
「アイリス様、リオ様。お願いがあります」
「お願い?」
「はい。この世界の常識や歴史などが書かれた本があったら貸してください」
「……それはかまわないが、その前にレイジ。質問いいか?」
「なんでしょう、リオ様?」
「お前は……なぜ急に礼儀正しくするようになった?」
リオの問い、レイジは一瞬逡巡してしまう。
一度目を閉じてゆっくりと開き、重い口を開いた。
「……自分は今まで酷いことをしてきました。姉と妹を殴ったり、カフェの椅子や机を壊しまくったり。子供がやる事とは思えないぐらいのことを。このままでは駄目だと思い、今日から自分を正そうと強く決めたのです」
真剣で、真っ直ぐな瞳をリオに向けるレイジ。
嘘偽りなく、強い覚悟が宿った彼の言葉に満足したのか、リオは満足そうに「そうか」と微笑んだ。
アイリスも嬉しそうに笑みを浮かべていた。
「よし、そういう事なら分かった!だけど様付けと敬語はやめてくれ。お前が改心したのは嬉しいが、正直言ってむず痒い。あたし達は家族当然として今まで暮らしてきた仲だ」
リオの言葉にアイリスも同意する。
「リオの言う通り。普通に会話をしましょ」
「……二人がそう言うなら分かった。でも呼び方はどうすればいい?」
東山の質問に二人の女神は平然と応える。
「リオお姉様」
「アイリスお姉様」
「様付けはやめてくれって言ったの誰だっけ!?」
「いいから早く!」
「お姉さまって呼びなさい!上目ずかいで、可愛らしく!」
「要望増えてるんだけど!」
リオとアイリスが「早く!早く!」と急かすため、レイジは仕方なくやることにした。
少し逡巡してから、レイジは上目遣いで恥じらうように。
「ア、アイリスお姉様……リオお姉様」
頬を赤らめて照れる彼は、見ている者に庇護欲をそそらせるほどの可愛さが宿っていた。
アイリスとリオは床に膝をつき、涙を流す。
「「尊い!」」
「いや、泣くほど!?」
「「本当に……尊い!!」」
「二人とも、そろそろ話を進めてもよろしいでしょうか!?」
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