母親
父親が部屋から出て行き、一人になったレイジ。
彼はベットに寝っ転がって一枚の紙を見ていた。
その紙は父親から貰った一枚のメモ。
そこに書かれているのは、自分の家族全員の名前だった。
「えーと、父親は
これで自分と合わせて五人家族であると分かったレイジだが、一つ気になることがあった。それは紙に『裕翔の契約女神アイリス』と『愛花の契約女神リオ』と書かれた文字だ。
一瞬、なんの冗談だ?とレイジは思った。
しかし、裕翔は真面目そうだったので、ふざけて書くとは思えない。
どういう意味だ?とレイジが考えていると、扉からノックの音が響いた。
上半身を起こして、彼は「どうぞ」と言う。
部屋に入ってきたのは、お盆を持った小さな少女だった。
大きな瞳に三つ編みの茶髪。小学高学年ぐらいの身長。
フリルがあしらわれたエプロンとスカートをゆらして、少女は活発な雰囲気でレイジに声を掛ける。
「おはようレイくん!熱がさがったみたいだね!」
満面な笑顔を浮かべる彼女はまるで太陽のように輝いていた。
少女はベットの上に座り、手に持っていたお盆を自分の太腿に置く。
お盆の上にあるのは、シチューと百パーセントのオレンジジュースだった。
「ちゃんと食べないとね」
少女は木製のスプーンでシチューを掬い上げ、小さな口で息を吹く。そして冷ましたシチューをレイジの口元に近付ける。
「はい。あ~ん」
「え、あ~んって」
頬を赤くして、固まるレイジ。
精神年齢が大人なため、恥ずかしく感じた彼は断ろうとしたが、それでは子供である今の自分が不自然に思われる可能性があった。
故に羞恥心を殺して、シチューを食べることにした。
「あ、あ~ん」
頬を赤く染めたレイジが口を開けると、少女はスプーンを優しく入れる。
口の中に入ったニンジンや肉などを噛み砕いて、レイジは呑み込んだ。
「どう、おいしい?」
「とてもおいしいよ」
微笑みながら答えるレイジ。
嬉しかったのか、少女は花を咲かせたような笑みを浮かべた。
「どんどん食べてね」
少女はシチューを掬い上げたスプーンを、レイジの口元に近づけた。
レイジは彼女の優しさに甘えて、また食べる。
シチューは―――温かくて、美味しい。
◁◆◇◆◇◆◇◆▷
シチューを食べ終えたレイジは、オレンジジュースをストローで飲みながら少女に視線を向ける。
(不思議なシチューだったな。味は普通なのに今まで食べてきたシチューの中で一番だった。……いや、違うな。シチューがめちゃくちゃ美味く感じたのは、この女の子の優しさだろう)
特別な調味料は愛情という言葉がある。
前世では美味しい料理を作る為に、スパイスや酒など細かく調節する技術を学んだ。
だが、料理に愛情を込めるということだけは、レイジには理解できなかった。
(だけどようやく分かった。これが愛情という味なんだろうな)
心の中でそう思ったレイジは、自然と頬を緩ませる。
彼の顔を見て、少女は嬉しそうに問い掛ける。
「そのオレンジジュースも美味しい?」
「うん。とっても美味しいよ」
「そっか。気に入ってもらえてママ嬉しい♡」
次の瞬間、レイジは口からオレンジジュースを噴き出した。
「だ、大丈夫!?」
「ゲホゲホ……ちょっと気管にジュースが入っただけ」
平静によそおうレイジだが、内心では混乱して、驚愕していた。
(はぁ!?ママ?今ママって言ったよこの人!つまりこの人が俺の母親の光闇愛花?どう見ても小学生だろう!?)
自分の背中を優しくさする少女に、レイジは信じられないといった様子で視線を向けた。
愛花は心配そうに眉を寄せて、レイジに尋ねる。
「本当に大丈夫?昨日の夜はうなされていたから余計に心配」
「うなされていた?」
「うん。『なんで調理場に猛毒蛇がいるんだよ!』とか『動物の脳みそを料理するなんて』とか、『大丈夫か、フラーラ!?』とか言っていたよ」
「それって!」
昨日の出来事を聞いて、レイジは目を大きく見開いた。
愛花が言ったことは全て、前世の時に喋った言葉だった。
レイジは顎に手を当てて、自分の状態を予測する。
(多分、俺は熱の影響で前世の記憶を思い出したんだな。じゃあ、光闇レイジの記憶は一時的に忘れているだけで時間が経てばそのうち……!!)
突然頭痛が襲いかかり、レイジは頭を押さえる。
息子の異変に愛花は狼狽する。
「ど、どうしたの!?」
「頭が……痛い!!」
今まで味わったことが無い頭痛がレイジを苦しめる。
同時に知らない記憶が頭に流れ込んでくる。
(なんだ、これ!?もしかして、光闇レイジの記憶か!?)
激痛に耐えながら、忘れていた記憶が蘇る。
呼吸が荒くなっていく。
やがて頭痛が収まった頃には、レイジは額から大量の汗を流していた。
「し、死ぬかと思った」
「大丈夫!!本当に大丈夫なの!?」
涙目になって顔を近づける愛花。
彼女の表情からは息子をとても心配しているのが伝わってくる。
乱れた呼吸を整えたレイジは、クスリっと微笑む。
「……今まで迷惑かけてきた悪ガキの俺を心配してくれるんだ」
「あたりまえだよ!あなたは私の大切な子供だもの!」
「そっか……ありがとう。お母さん」
「え?」
愛花は呆然とした。まるで夢でも見ているのではと。
(まぁ、今まで散々ロリババァって言っていたから無理もないか)
レイジが前世の記憶を思い出すまで、家族全員には酷く迷惑をかけてきていた。
故に彼は自分の過ちを正すためにも、
「それと……色々とごめん」
愛花に向かって頭を深く下げた。
「え?レイくん…どうしたの急に?」
硬直が解けた愛花は謝罪するレイジに困惑した。
当然の反応だから仕方ないと思いつつ、レイジは言葉を続ける。
「俺は今まで悪いことをしてきたから、ちゃんと謝りたくて。こんなバカな俺を心配してくれる良い親なのに口悪く言ってきた。本当に後悔している……だから、これからはちゃんとしてっ!?」
顔を上げたレイジは、驚愕の表情を浮かべた。
なぜか?理由は母親である愛花が顔をくしゃくしゃにして号泣していたからだ。
彼女の涙がベットの上に零れ落ちる。
「ちょっ、母さん!?」
「うわあああああああああん!レイくんが…レイくんが……初めて反省したよおぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!
「いや、泣きすぎでしょ!大丈夫?」
「心配もしてくれたああああああああああ!!」
「そこで感動しなくてもよくない!?」
それから愛花は「今日は赤飯だよ~!」と叫びながら部屋から出て行った。
走り去っていく母親の姿を、レイジは眺めていることしかできなかった。
「またこのパターンかよ!」
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