転生
(あれ?意識があるぞ?)
命を落したはずの耕平。
彼は自分が生きていることに疑問を抱いた。
(まさか、生きているのか?大型トラックに撥ねられて?という事はここは病院か?)
奇跡的に助かったと知って、耕平は心から安堵と歓喜した。背中に伝わる柔らかなクッションから、ベットの上で寝ているのだろうとすぐに分かった。
病院に居るのは、ほぼ間違いないだろうと耕平は確信する。手足を動かしてみれば、布同士が擦れ合う音が彼の耳に聞こえる。
これは事故の影響で失った聴覚が回復したことを意味する。
(トラックに撥ねられた時は、もうダメかと思ったが、どうやら手術は上手くいったみたいだな。しかし……妙に頭が冷たいな?)
耕平は自分の額と後頭部に冷たい何かが当たっている感覚に気になっていた。
(まぁ、今はそんなのはどうでもいいか。まずは目を開けないと。フラーラのことだからベットの隣で俺が起きるのを待っているだろうし)
すぐに思考を切り替えて、彼は重く感じる瞼をゆっくりと開く。
眩しい光が一瞬、視界全体に広がる。
やがて光は徐々に収まり、耕平の目に映し出されたのは見慣れない天井だった。
視線を左右に動かし、周囲を確認した耕平は違和感を覚える。
(なんだここは、病院じゃない?)
彼が思った通り、今いる場所は病院ではなかった。
飛行機の絵柄の壁紙が張られた壁に、おもちゃが入っている箱。子供が好きそうな絵本が収納された白い棚。
病院というよりは子供部屋と言ったほうが正しかった。
耕平は上半身を起こして、自分の状況を確かめる。
「なんだ、ここは?……俺の手、なんか小さくなっているし」
耕平は自分の両手が子供ように小さな手になっていることに気が付く。
しかも、それだけではない。
「なんか俺の声、高くなっているぞ?」
声音までもが変化していることを知って、耕平は動揺した。何が起きているのだと思っていた時、壁に立て掛けられた姿見鏡に彼の視線が釘付けになる。
「嘘……だろ?」
耕平の目が大きく見開く。
鏡に映し出されたのは、黒いパジャマ姿の幼い少年だった。
雪のような白銀の短い髪に血のように濃い深紅の瞳を宿したつり目。中性的な顔立ちに綺麗な白い肌。
「冗談だよ……な?」
彼はベットから降りて、鏡に近付く。
すると鏡の中の少年も近づいてきた。
何度も瞬きをしたり、目を擦ったりするが鏡に映っているのは知らない少年になった自分だった。
夢なのではと思った耕平は頬を強く抓る。
「痛い……ということは、これは現実!?」
信じられないといった様子で耕平は思わず驚きの声を上げた。
だが、彼はすぐに冷静になり、自分を落ち着かせる。
「まてまてまて。こういう時はまず状況確認だ」
耕平は深呼吸をして、頭に手を当てる。
あらゆる料理技術を学ぶために世界各地を旅してきた彼は、危険なことや不測の事態に巻き込まれることが多々あった。
その経験のお陰で、あらゆる状況でも冷静に対応できる技術を手に入れた。
耕平は部屋の周囲と鏡に映る自分の姿を見て、思考を巡らせる。
「まず俺は早崎耕平、二十八歳の料理人。弟子のフラーラを守るために俺はトラックに撥ねられて死んだ。で、気が付いたら子供部屋に居て、幼い少年になっていたと」
状況を整理し、耕平が導き出した答えは、
「これはいわゆる『転生してしまった件』というわけか」
それ以外、彼には考えられなかった。
助かったのではなく、生まれ変わってしまったのだ。しかも記憶がある状態で。
信じたくはない。誰か嘘だと言ってくれ。
そう彼は願うが―――叶うことはなかった。
耕平は混乱しそうになる気持ちを必死に抑えて、ゆっくりと顔を上げ、深くため息を吐き出した。
「マジか……」
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