悪役転生~弟子を庇って死んだら、アニメに登場する最凶のラスボスに転生してました~

@gurenn1950

第一章

プロローグ

 俺は転生なんて信じない。


 ライトノベルやアニメなどでよくあるよな。


 幼女に転生して、軍人として活躍するとか。


 スライムに転生して、魔王になるとか。


 悪役令嬢に転生して、逆ハーレムを作るとか。


 今の時代、転生系が大人気だ。


 だけど俺は、転生なんて絶対にないと思っている!


 人なんて、死んでしまえば終わりだ。


 もう大切な人とも会えない。


 話すこともできないんだよ。


 それに俺は、ロボットやSFのほうが大好きだからね!!


 だから、俺は転生なんて信じない!!!―――そう、思っていたんだけどな……。




◁◆◇◆◇◆◇◆▷




 日本の東京都千代田区。


 そこは最高裁判所や内閣総理大臣官邸などの主要政府機関、また数多くの大企業の本社がある場所。


 そんな東京都千代田区に有名な料理店が存在していた。


 五つ星レストラン【絶界ぜっかい】。高さ約五百メートルの巨大ビルレストラン。


 レストランの中では多くの客達が席に座って、食事を楽しんでいた。


 芸術のように美しく美味な料理を食べる人々は、幸せそうに笑顔を浮かべる。


 そんな【絶界】のビルの最上階、料理長室。そこで、調理白衣を着た男―――早崎耕平はやさきこうへいは寛いでいた。


 革張りのソファーに深く腰を掛けて、ポックコーンを食べながら、大型スクリーンを眺めていた。


 スクリーンの中では、人の形をした黒き邪神が、鎧を纏った少女と激しい戦いをしている。




『くっ!なぜだ、なぜそこまで戦える。死が怖くないのか、滅びた国の王女よ!!』




 邪神は、憎々しげに声を上げた。


 多くの命を奪い、いくつもの国を消し、人間をやめた愚かな化物。


 攻防を繰り返しながら、少女は強く答える。


『怖いですよ。今でも自分の故郷を滅ぼしたあなたの事が怖いです、でも!恐怖を乗り越え、立ち向かう。それが人間です!!』


 画面に流れているアニメ映像を見て、耕平は興奮して拳を強く握りしめる。


「やっぱりカッコいいな。主人公がラスボスに立ち向かうこのシーン、何度見ても最高!!」


 彼がアニメに夢中になっていたその時、料理長室の扉が勢いよく開き、調理白衣姿の若い金髪女性が入ってきた。


「先生!大変です!!」

「なんだよ、今いいところなのに」


 アニメ鑑賞を邪魔された耕平は、不機嫌そうに振り返る。


 突然、料理長室に入ってきた少女—――早崎フラーラは慌てた様子で彼に異常事態を報告する。 


「大変です!大変です!」

「なにが大変なんだ?それに休憩時間はまだあるぞ」

「それが、総理大臣とその親族がお店に入ってきました」

「はぁ!?予約はされていないぞ?」


 フラーラの発言に驚いて、耕平は持っていたポップコーンを床に零す。


「どうも総理大臣の子供が突然食べたいと言い出してしまって」

「マジかよ。すぐに準備する」


 ソファーから立ち上がった耕平は、長いコック帽を被り、料理長室から出る。


 早歩きでキッチンに向かう彼の後を、フラーラは追いかける。


「さぁ、上手い料理を今日も作るぞ!」

「はい!」


 早崎耕平。


 料理界の頂点に立つ天才料理人。


 世界各地を旅し、あらゆる料理技術を学んだ彼は二十歳でレストランの料理長になり、その一年後に五つ星を獲得した。


 耕平は多くの人達に食べてもらいたく、料理の値段は安く設定。


 稼いだお金は孤児院に寄付し、子供たちに料理の素晴らしさと楽しさを教えた。


 誰もが尊敬し、信頼する男。


 彼の名を知らない者は、料理界には存在しない。


 キッチンに到着した耕平は手を洗い、調理を開始する。


 目に留まらない包丁さばきで魚を解体し、油を引いたフライパンで焼く。


 香ばしい匂いが鼻孔を刺激する。


「フラーラ。そっちは?」


 耕平は隣で調理しているフラーラに視線を向ける。


 彼女はフライパンに乗せた分厚い肉にワインを投入。瞬間、肉は炎に包まれ、肉汁とアルコールの匂いを漂わせる。


 いわゆるフランベという調理法を行っていた。


「はい。もう少しで完成です」

「よし、こっちはデザートを作る」


 耕平とフラーラは目に止まらない速さで、料理を次々と作っていく。


 そして完成した料理を、ウェイター達が運んでいった。


◁◆◇◆◇◆◇◆▷


 調理開始してから一時間後、総理大臣とその親族は料理に満足して帰って行った。


「なんとか無事に終えたな」


 額に浮かんだ汗を腕で拭う耕平。


 今回、総理大臣は百人以上の親族を連れて、予約なしにレストランに来たのだ。


 本来なら大人数で来る場合、予約してもらわなければならないが、相手は日本の内閣の首長。


 断ることは出来ず、急遽フルコース料理の準備することになったのだ。


 だが、なんとかフラーラと乗り切ることができ、彼は安堵する。


 先程、総理大臣達の料理を運んでいたウェイターの一人が耕平に近付く。


「料理長。総理大臣が今回の料理も最高だったと言っておりました」

「そうか、それはよかった」

「それと、今度の日曜日のパーティーの料理もあなたに任せただそうです」


 耕平はよく総理大臣などが開催するパーティーの料理を頼まれている。そして必ず耕平が作った料理は、パーティーが終わる頃にはなくなっている。


 過去に何度も王族に料理を振舞ってきた彼の腕は絶大だ。


「了解、わかった。じゃあ俺達はそろそろ上がろうと思う」

「わかりました。お疲れさまでした」

「お疲れ」


 耕平はウェイターに手を振り、帰宅の準備を始めた。


 料理長専用のロッカー室で調理白衣から私服に着替える。


 彼は近くにある姿見鏡で一度、自分の服装を確認。


 日本人特徴の黒髪に黒い瞳の男性が、細長いズボンと白い長袖のシャツを着用。その上に黒いロングコートを羽織っている。


「うん。いつも通り普通だな。というか相変わらず、普通過ぎるな俺は」


 それが耕平の素直な感想だった。


 何処にでもいるような二十代の男性が姿見鏡に映っているだけ。


 特徴的な部分ない。身長は平均。顔は良くも悪くもない。


 料理の才能以外なにもかもが平凡な男性。


 それが自分だと耕平は思っている。


「さてと。今頃、あいつは下で待っているだろうし、行くとしますか」


 耕平はカバンを持って、ロッカー室から出て行った。


 エレベーターで一階に移動。


 清掃する従業員や新人の料理人、食事を運ぶウェイターなどに軽く挨拶をして、レストランの裏口ドアに向かう。


 ドアノブに手を掛けて開けると、そこに一人の女性が頬を膨らませて立っていた。  


 フラーラだ。


 彼女の私服姿は純白のジーンズに青いデニムのシャツ。その上に薄茶色のコートを羽織り、肩に黒いレディースのバックを掛けていた。


「遅いですよ。先生!」

「悪い悪い」


 腰に手を当て、耕平に詰め寄るフラーラ。


 それほど時間は経っていないだろうが、彼女にとっては長かったのだろう。


 子供のように怒るフラーラを、耕平は宥める。


「本当に反省していますか?」

「してるしてる」

「なら、証明してください」


 フラーラは目を閉じ、前髪を左右に分けて額を突き出す。


 その行動を見て、またかと耕平は嘆息した。


 苦笑いを浮かべながら、フラーラの額に優しく口付けする。


 ゆっくりと唇を離すと、彼女は照れたような笑みを浮かべた。


「えへへ」

「これで許してくれるか?」

「はい!許してあげます」


 満足そうに言うフラーラは耕平の手を取り、歩道を歩く。


 二人は横に並び、手を繋ぎながら自宅に向かう。


 暗く染まった空に、無数の星と美しい満月が浮かぶ。


 ビルの窓から照らされる光。


 道路を走る車のクラクション。


 道端で音楽を響かせるバンド。


 そして、楽しそうに会話する男女のカップル達。


 耕平の眉間に皺がよる。


(リア充、死ね!)


 二十八年生きて、恋人ができない天才の料理人。カップルと交差する度、私怨の言葉を心の中で叫んだ。


 いつも通りの風景の中を歩きながら、耕平は隣にいるフラーラに視線を向ける。


(もう、十年になるのか)


 耕平は懐かしむように目を細め、過去を思い出す。


 十年前、高校を卒業した耕平が立派な料理人になるために、旅をしていた時のことだ。


 アメリカで料理を学び終えた彼は新たな国に向かう途中、道端で倒れている瘦せ細った女の子と出会った。


 その女の子が当時、九歳のフラーラだ。


 耕平は今にも死にそうな彼女を見捨てることが出来ず、宿に連れて行き、食事を与えた。


 元気を取り戻したフラーラから事情を聴くと、なんと親に捨てられ、帰る場所を失い、飲まず食わずで彷徨っていたという。


 それが許せなかった耕平は警察に通報。フラーラの両親は育児放棄の罪で逮捕された。


 残されたフラーラは児童施設に保護してもらおうとしたのだが、耕平から離れなかった。


 どうやら彼女に懐かれてしまい、説得しても、引き離しても付いていこうとする。


 仕方なく耕平はフラーラの保護者となり、共に旅をすることになった。


 トラブルや大変なことはあったものの、二人で乗り越え、多くの料理の技術や知識を手に入れた。


 それから二年後、日本に帰国した耕平は旅で培ったものを活かして料理人になり、店を開く。


 多くの料理大会で優勝し、海外で知り合った友人達の協力のおかげで店は恐ろしい速度で大きくなった。


 それから七年が過ぎた頃、通わせていた高校を卒業したフラーラは、レストランで働くことを志願した。


 彼女は恐ろしい速度で料理技術を上げた。今では【絶界】の副料理長となり、耕平の右腕として働いている。


「そういえば、今日もあのアニメ、見ていましたね」

「……ん?ああ、『クイーン・オブ・クイーン』か」


 昔を懐かしんでいた耕平は、フラーラに遅れて返事を返す。


「最高に面白いよ。あのアニメは奥深いよ」


 興奮気味に応える耕平。


 彼の趣味はアニメや漫画、ライトノベルを観賞することだ。


 耕平はいわゆるオタクというものだ。


 フラーラは嘆息して呆れた表情を浮かべる。


「もうすぐで三十歳になるんですから、自重してくださいよ」

「俺は好きなものは好きでいると決めている。それに俺はまだ二十八歳だ」

「もう……趣味が子供なんですから」

「はいはい、わるーございました」


 弟子の注意を耕平は軽くあしらう。


 そんな他愛無いどこにでもある普通の会話をしていた耕平は、フラーラに気になっていたことを尋ねる。


「あのさ…お前に気になったことがあったんだが」

「なんですか?」

「お前……恋人とかできたか?」

「え?」


 フラーラは立ち止まり、呆然とする。


 まるで時間が止まったかのように、彼女は硬直した。


 数秒後、彼女は顔を真っ赤に染めて大声で否定する。


「い、いませんいません!!」

「そ、そうか……残念」


 耕平は嘆息して肩を落とす。


 落ち込む師を見て、フラーラはギョッと目を見開く。


「なんで残念がるんですか!?というか、そこまで落ち込まなくても」

「いやだってお前、もうすぐ二十歳だろ?保護者の俺としてはそろそろ良い相手を作ってくれると嬉しいんだが」

「いやいやいや。そう簡単に作れませんし作りませんよ!!」

「そうか?お前、美人だからモテると思うんだが」


 耕平の言う通り、フラーラは絶世の美女だ。


 サファイアのような蒼い瞳に艶のある金髪。雪のように綺麗な白い肌、引き締まった身体に大きな胸。あらゆるものが完璧で男性は見惚れて、女性は嫉妬するような容姿を彼女は持っていた。


 レストランで働く男性料理人達の中には、彼女に恋をしている者も。


 フラーラは顔をリンゴのように真っ赤に染め、怒鳴り声を上げる。


「な、な、な!こんな往来で私を美人だと言わないでください!!」

「えええ、褒めたのに!?なんで怒るの?」

「知りませんよ、バカ!さっさと帰りますよ!……本当に鈍感なんですから」


 フラーラは耕平の手を離し、先に進む。


 不機嫌になった弟子を慌てて追いかける耕平。


 その時、何かが破裂した音が響いた。


 音が聞こえた方に視線を向けた耕平とフラーラは、驚愕した。


「なにっ!!」

「あれはっ!?」


 二人の視界に映し出されたのは、クラクションを鳴らしながらこちらに向かってくる大型トラックだった。


 突然の事態に狼狽する耕平は、トラックの前輪のタイヤがパンクしていることに気が付く。


(さっきの破裂音はこれだったのか!!)


 衝突を免れるために回避しようとした時、耕平は足を止めた。


 もし、ここで回避したらフラーラはどうなるのか?


 一つの疑問が、耕平に未来を予想させる。


 頭に浮かび上がったのは、トラックに衝突して血を流すフラーラの姿だった。


「フラーラ!」


 耕平は必死な形相で、フラーラを突き飛ばす。


 直後、彼はトラックと衝突した。


◁◆◇◆◇◆◇◆▷


「先生!先生!」


 トラックと衝突して、気を失った耕平に何度も呼びかけるフラーラ。


 歩いている通行人が、なにごとかと集まってくる。


「先生、お願いです!目を覚ましてください!」


 蒼い瞳から涙を零しながら、彼女は強く叫んだ。


 すると、耕平の瞼がゆっくりと開いた。


「うぅ……」

「先生!」

「フラ―…ラ……無事…だったか」


 弱々しい声を口から出す耕平。


(俺は……どうなったんだ?)


 ぼんやりとした頭を働かせ、視線を動かす。


 周りには、心配な表情で耕平を見守る人々。


 目の前には、泣きながら何度も叫んでいるフラーラ。


 そして―――ありえない方向に曲がった自分の左腕と両脚。



 ああ、これはもうダメだな。


 痛みも感じないし、何も聞こえない。


 寒いし、眠気が襲ってくる。


 血もたくさん流れて、血だまりもできている。


 間違いなく、俺は死ぬな。



 自分の死を確信した耕平は、フラーラに伝える。


「フラーラ。俺は今日、死ぬと思う……」

「いやです!絶対に助かります!」


 ごめんな。お前が何を言っているのか、わからないんだ。


 きっと、絶対に助かるって言っているんだろうけど、もう無理な状態なんだ。


 だから、死ぬ前に、


「フラーラ……俺はお前を愛している」

「ッ!!」

「妹のように、娘のように愛している。俺が旅で生き残れたのも、料理人として名を馳せたのも、五つ星を手に入れたのも……全て、お前のおかげだ。ありがとう」

「せん…せい……」


 嗚咽を漏らしながら、涙を流すフラーラ。


 泣かないでくれ。そんなんじゃ、俺は安らかに眠れないだろ。


 目尻に浮かんだ彼女の涙を、耕平は右手で優しく拭う。


「俺は……あの世でお前を見守っている。お前が幸せになるのを願っている」

「わた…私は!先生がいない…なら……幸せに…なれませんよ!」


 フラーラは顔をクシャクシャに歪めた。


 同時に、耕平の視界がぼやけ、意識が遠のき始めた。


 ああ、そろそろ時間だな。


 なら最後に伝えよう。別れの言葉を。


 耕平は微笑みを浮かべて、フラーラの頬を優しく撫でる。


「フラーラ」


 今までありがとう。


「大好きだぜ」


 さようなら。


 そう言い残した耕平は、ゆっくりと瞼を閉じた。


 フラーラの頬から右手が滑り落ちる。


「先生えええぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!!」


 暗い夜の中、少女の悲鳴が響き渡った。 

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