4.記憶喪失の私

 目が覚めたら知らない人が泣いていた。

 白い服を着た男の人が私に尋ねた。

「ここがどこか、自分がだれかわかりますか」

 わからなかった。

「いいえ」

 ひどく喉が渇いていた。ざらつく声になった。


 思い出せない。

 悲しいことも楽しいことも。

 何も考えたくはない。世界は白い。

 なぜだか私はすごく疲れているようだった。

 病院から栄養剤をもらった。

 思い出せないこともある。

「辛いから忘れようとしているのでしょう。

 いいのよ。思い出したくなければそのままで」


 お医者様は私に言った。

「むしろ思い出してはダメ。

 あなたが自分を守るために消した記憶ならば、

 それはあなたにとってデメリットでしかない記憶。いいのよ」


 いいのか悪いのかと考えようとすると頭の中がズキンと痛む。

 続いて目をあけていることが億劫になる。



 正当だとは思ってみてもどうにも罪悪感がぬぐえない。

 横には母親と名乗る女性がいた。その人も焦らなくてよいといった。

 彼女は昔話をするようになった。

 幼稚園、小学校中学校、今現在通っている高校のことまで話す。


 そんなの当然覚えていない。

 どうしても必要なものだったというのに薄情ではないのかと考えるし、

 周りの人に劣っているのではないか、

 自分はおかしいのではないかという焦りが湧き上がる。


 これでいいはずなのに自分自身が肯定できない。


 もういい大人だから自分の下した判断は

 自分で気責任を持ち自分で肯定していかないと

 自分が埋もれてしまうだけだ。


 与えられる存在ではなく、与える存在にならなくてはならない。

 できないことなどできないとストレートに言ってはいけない。

 自分に迷いがあったとしても不確かな言葉は使ってはいけない。


 ストレスなんて吹き飛ばせすことが必要。


 何でもできる実行力が必要なのであろう。

 記憶のない私がいる。


 さっき言ったことを思い出せない。


 誰に何をいったのかすら覚えていない。

 普通の人ならあるのだろうか。


 今までの私にはなかったこと。

 どうしたら改善できるのかもわからない。


 できないという事実だけがある。怖いとも思う。

 だけど相談できる人もない。

 話してみても悲しい顔をされるだけだから。


 今まで積み重ねてきたものが意味をなさない。


 どうすれば。


 病院を退院しても、思い出せない時期が続く。

 いつか思い出せるようになるだろうか。


 家にあるアルバムを見ても、どうしても思い出せない。

 すべて思い出せるようになるのはまだ先の話。


 END

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