第4話 ヒュドラってお宝でした
ヒュドラ退治の次の日の朝、朝食。
アリア様は「ヒュドラの肉は美味しいですよ。鳥の味に近いんです」と言っていたが、私は食べる気にならなかった。
だって蛇だよ蛇。
昨日の夜、アリア様は平然と食べていたけれど、私にはちょっとハードルが高かった。
「浄化魔法のレベルを調整して毒の風味を残してあるので、ちょっとピリピリしておいしいんですよ。香辛料みたいなんです」
いや、ダメだな!ハードルは激高だった。
私はアリア様の食に対する探究心の強さに感服した。
しかし、アリア様の料理の腕は確かなようだ。
今日の朝のヒュドラのステーキは絶品だった。
「これはヒュドラ狩りをするしかないですね……」
「ええ、ですよね」
私たちが食事を終えて話していると、扉が開いて誰かが入ってきた。
「失礼します!」
それは鎧を着た兵士だった。
アリア様は神様だが、動きやすいように人間の貴族としての身分も持っているので、たまにこういうことも起こるのだった。
ちなみに伯爵令嬢だ。私と同じである。
アリア様が実は神様だというのは、この城の中でもごく一部の人間しか知らないので、こういう時はちょっと緊張する。
「どうしました?」
「アリア様、緊急事態です!魔の森のヒュドラが何者かによって討伐されました!」
対するアリア様の返事は「へぇ、そうなんですか」だった。
その返事はどうかと思ったけど、いまは誤魔化す流れだぞ!という空気ははっきりわかった。
神様が地上に普通にいるとかバレるのよくないしね。
私も一緒になって「へぇー」って言っておいた。
「これは重大な事件ですぞ! ……今朝早く、村の者がヒュドラの死体を発見してわかったのです!」
「それは大変ですね」
「本当に大変なことなんですよ!ヒュドラが倒されたということは!」
「どうして?」
「ヒュドラの心臓は万病の薬となります!それを欲する者は多いのですよ!」
「なるほど」
「なので早急に手を打って欲しいと村長が言っております」
「わかりました」
アリア様は立ち上がった。
「ではリシェルさん、行きましょうか」
「え、どこにですか?」
「決まっているじゃないですか。村です」
「……え?」
私も?
「だって一人だと寂しいですし」
そんなこと言われたら断れないじゃないか!
というわけで、アリア様と私たちは馬車に乗って村に向かうことになった。
ちなみに御者はアリア様が魔法で作った人形がしている。
できるだけ内情を知る人間を減らすためだそうだ。
人間そっくりに見える人形を操る高度そうな魔法だが、アリア様曰く、魔力を流し込むだけでいいらしい。
すごい技術だな。私は素直に感動してしまった。
「リシェルさんも練習すれば使えますよ」
「いや、止めておきます」
即答する。
当面の所は剣の練習に専念したい。
それに私は魔法についてはからきしなのだ。
いきなりそんな高度そうな魔法は無理だろう。
「そうですか?残念です」
本当に残念そうにするアリア様に、申し訳ない気持ちになる。
でも無理なものは無理なのだ。
しばらくすると、村が見えてきた。
ヒュドラは村に運ばれてきたらしく、村人たちが総出で解体作業をしていた。
アリア様が小声で話しかけてくる。
「あのへんに見えるのはヒュドラの皮ですね。あの辺り一帯が血だらけになっているのは、全部血抜きをしたからでしょう」
なるほど、この冷静な分析は他の人には聞かせられないな。
私も小声で応じる。
「そうなんですか。でも、あの血って毒なんですよね」
「村人も頑張って対策していますが、あのレベルのヒュドラだと完全に無効化するのは難しいですね。私が事前に浄化魔法で毒対策しているからいいですが、そうでなかったらちょっと困ったことになっていたかもしれませんね」
アリア様が言うと、なんだか説得力があった。
さすが神様である。
「ステーキにしてたということは、肉はある程度切り取ったんですよね。心臓はどうしたんですか?」
「あそこは村人が欲しがるのを知っていたので体内に残してありますよ。コリコリしておいしいんですが……」
「いらないです……」
アリア様はなんでも食べるんだな……。
「リシェルさんも食べてみればいいのに」
「いや、無理です」
アリア様は楽しげに笑っている。
そんな会話をしながら、私たちは解体作業を見守った。
「リシェルさんはヒュドラ革のマントを見たことがありますか?」
「はい。何度か」
「あれは美しいですよね、光に当たると虹色に輝くんです」
ヒュドラの素材は人気がある。
特にその革は最高級品と言われている。ヒュドラの革を使ったマントを着ている人は貴族階級が多い。
それだけ人気があり、需要が高いということだ。
だからみんな必死に解体しているのだなぁ。
私は呑気に考えていた。
作業を見ていると村長らしき老人がやってきた。
「これはこれは領主さま!お忙しい中わざわざありがとうございます!」
「いえいえ、ちょうど時間が空いていたので大丈夫ですよ」
「ありがたいお言葉です」
「それで、ヒュドラの心臓はどうしましたか?」
「こちらでございます」
村長は持ってきていた箱を開けて中を見せてくれた。
「へぇ……」
「綺麗ですね……」
アリア様と私は思わず声を上げた。
「これほど見事なものは初めてです」
「はい。私も驚いております」
「これは専門の商人に売ってしまった方がよさそうですね」「はい。私もそう思いました」
アリア様の提案に、村長は同意した。
「この美しさならば、相当な額で売れることでしょう。しかし、問題がありまして」
「何ですか?」
「ヒュドラを倒したと主張する冒険者たちがいるのです」
「ああ、よくある話ですね。しかし、彼らが証拠を持っていないなら、証明はできませんよね?」
「はい。そうなんですが、他に正当な討伐者もいないようなので、このままだと彼らにヒュドラの心臓を奪われかねません」「それは困りますね」
「ええ。そこで、アリア様にお願いしたいことがあります!」
「はい」
「彼らの言い分を聞いて吟味していただきたいのです!」
「私がですか?」
「はい!」
村長は必死だった。
「なるほど、わかりました。冒険者たちの言い分を聞いてみましょう」
「ありがとうございます!」
こうして、私たちは村長の案内で、村で一番立派な建物にやってきた。
村長の家だそうだ。
村長の家には、数人の男たちが集まっていた。
「あの者たちが冒険者です」
「わかりました。では早速聞いてきますね」
アリア様はスタスタと歩いていき、冒険者のリーダーとおぼしき男の前に立った。
男は30歳前後で、背が高く筋肉質でいかにも強そうな見た目をしていた。
「はじめまして、私はアリア・ド・ラ・リュゼ・グリフィアと言います。あなたがヒュドラを倒したという方ですか?」
「いかにも。俺が倒した」
「なるほど。それを証明する人は?」
「いないな。ちょっとヒュドラから離れたところをここの村人に奪われちまったんだよ」
「なるほど」
「どんなふうに戦ったのですか?」
「どんなって……普通だ」
「具体的に」
「具体的には……仲間と協力して攻撃魔法を放った。あとは剣で斬りつけたりした」
「ヒュドラの首は切断されていたそうですね。どんな武器を使ったのですか?」
「これだよ」
そう言うと、男は腰に差していた剣を抜き、構えた。
「我が魔力に呼応して顕現せよ。【聖剣】!」
男が詠唱を終えると、剣に光が集まり始めた。
そして光が収まると、そこには眩しく輝く剣があった。「これでヒュドラの首も簡単に切れたぜ」
自信満々に言う男。
アリア様は、そんな彼を笑顔のままじっと見つめている。
アリア様が何を考えているのかわからないけど、私はドキドキしてきた。
やがてアリア様は口を開いた。
「毒対策はしていたんですか?」
「もちろんだ。毒対策用の薬を持っていたからな」
「薬?」
「ああ。解毒ポーションを飲んでいたんだ」
「ヒュドラの毒は猛毒ですよ?ポーションを飲んだのですか?しかも大量に」
「ああ、それがどうした?」
「いえ、すごいなと思いまして」
アリア様は心底感心した様子だった。
「では、こちらを飲んでも大丈夫ですね」
そういってアリア様は机の上にポーションの瓶を置いた。
禍々しい赤色をした液体が中に入っている。
「処理前のヒュドラの血液です。これを飲んでみて下さい。まだポーションの効果時間内ですよね」
「ふざけんな!こんなもん飲むわけねぇだろうが!!」
「おや、いいんですか?ヒュドラの心臓を横取りされてしまいますよ?」
「ぐっ……」
「私にはあなたの言っていることが本当かどうかわかりません。なので、この血を飲めるかどうかで判断することにしましょう」
「その言葉忘れんなよ……!」
男はしぶしぶといった感じで、瓶を両手で持った。
そしてゆっくり飲み干す。
ゴクッという音が聞こえてきた。
「どうだ!飲み切ったぜ!」
「リシェルさん、取り押さえてください」
「え!?あ、はい!」
私は慌てて男の体を拘束する。
「離せ!約束を破る気か!」
「申し訳ありません。ですが、万が一のことがあるかもしれませんので」
男は暴れるかと思ったが、いやにおとなしい。
ちょっと妙な感じだな。
「さて、その手の中を見せてもらいましょうか。暴れない方がいいですよ。ヒュドラの血液入りの隠し袋が破れてしまいますからね」
「くそぉ……」
観念したようで、彼はゆっくりと手を開けた。
手の中にはアリアさんが言うようにヒュドラの血液が入った袋が握られていた。
あ、これ、パームとかいうテクニックか。
前世で読んだ手品の解説書に書いてあった気がする。
全然気づかなった。……やるなぁ。
私が取り押さえたままの男にアリア様が声をかける
「ここまで用意している交渉に臨むとは、なかなか賢いですね」
「ふん、当然だろ」
「両手で丁寧に瓶を持っていなかったら、気づかなかったかもしれません」
「飲むときに少しでもこぼしたら大変だからな」
「なるほど、よく考えられていますね。でも、少しツメが甘い」
「なんだと?」
「その血液は私が用意した偽物です」
「え?」
「本物のヒュドラの血液はここにあります」
そう言ってアリア様は別の小瓶を取り出した。
「そちらは偽物です。自暴自棄になって本当に飲まれたら困りますからね」
「おい、どういうことだ?俺が騙されたってことなのか?」
「はい。そういうことになりますね」
「クソがぁ!!!」
男は悔しげに叫んだ。
「完敗だ……なんなんだ、あんた」
「善意の一般人です」
「嘘つけ!そんな一般人がいるかよ」
「いるんですよ、これが。まあ、今回は私の勝ちということでよろしいですか?」
「ああ、認めるよ」
こうして、交渉はアリア様の圧勝によって終わった。
「今回は見逃してあげますね。何か頼みたいことがあったら仕事をお願いするので、その時はよろしくお願いします」
絶対ろくでもない依頼だろうな……可哀そうに……私はちょっと冒険者のリーダーに同情した。
冒険者たちはアリア様に連絡先を握られた後、ほうほうの体で帰っていった。
うーん、私、なんにもしなかったな。
まあいいか。
村人たちもホッとした様子だったし。
「ありがとうございました、アリア様!」
村長も大喜びだった。
「いいえ、どういたしまして。ところで一つ聞きたいのですが、最近、周辺で変わったことはありませんでしたか?」
「変わったことですか?そういえば巨人が討伐されたようです。もしかしたらどこかの領主がこっそりと騎士団を派遣したのかもしれません。巨人は危険な魔物ですからね」
「なるほど……他には?」
「え?大ごとですよね、これ?」
「言われてみれば、それもそうですね」
「あと、けっきょくヒドラを倒したのが誰なのかもわかっていません」
「そういえばヒュドラもけっこう強いんでしたっけか」
この人、神様だけあって強さの評価がバグってるなぁ。アリア様は、しばらく考え込むような表情をしていたけど、「ま、いっか」と言って考えるのをやめてしまった。たぶん強さの細かい順列がどうなっているか思い出そうとして諦めたのだろう。どうやらアリア様にとっては、あの程度の事件は日常茶飯事らしい。
村長は困りながらヒュドラの強さを説明している。
「というわけで、ヒュドラはとても恐ろしい怪物なのです、領主様」
「ちょっとよくわからないですが、わかりました」
そこはわかってほしい。
「うーん、倒したのはですね、たぶん『勇者』ではないでしょうか」とアリア様は続ける。
「おお、なんと!長年空位だった『勇者』の資格を得た者がついに現れたのですね!それならヒュドラも倒せましょう」
「おそらくそうですね」
アリア様がそう言うと、周りの村人たちも大いに歓喜した。
「これで安心だ!」
「これでもう、怖いものはないな!」
「よかった!本当に良かったわ!」
みんな嬉しそうだ。
私も無責任に喜びたかった。
「では私は失礼します。また近いうちに来ますね」
「はい!お待ちしております!」
私たちは村で宴会をやるというのを丁重に辞して、アリア様の城に戻った。
「よかったですね、リシェルさん。皆さん、勇者の再来をとても喜んでいましたよ?」
「はい……」
喜べない。
だって私が勇者なのだから。
「毎日、岩を斬った甲斐がありましたね」
「それはそうなんですが……」
どうしてこんなことに……。
いや、3年後に宮廷学級会かなんか開かれて死ぬよりはマシか……
私は、自分の運命に頭を抱えた。
悪役令嬢だけど今日から勇者はじめます! ヤネウラ @yanegann
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