第2話 とりあえず岩を斬ってます
リシェル・ローデンヴァルト。それが私の名前だ。
髪の色は紫で、瞳の色も紫。典型的な悪役顔の美少女といった感じだろうか。
一応主人公と同い年の伯爵家令嬢である。
ちなみに主人公というのは私のことではなく、この世界の主人公であるヒロインさんのことだ。
ややこしい。
さて、そんな私は今、アリア様と一緒に森の中を歩いている。
どうしてこうなったのかと言うと、話は少し前に遡る。
勇者になる決意をした私に、彼女は言った。
「勇者といっても、すぐに魔王を倒してきてほしいとは申しません」
「そうなんですか」
「はい。まずは修行を積んで、強くなっていただいてからです」
なるほど。確かに今の私が行っても、足手まといにしかならないかもしれない。
「じゃあ、これからどうすればいいんですか?」
私が尋ねると、彼女は少し考えた後、言った。
「そうですね……。まずはあそこにある岩を斬れるようになってもらいましょうか」
「えっ」
指差された先を見ると、そこには高さ10メートルはありそうな巨大な岩があった。
「これを……?」
思わず聞き返してしまう。無理じゃない、これ。
絶対切れないと思うんだけど。
「はい。あなたならできるはずです」
「……」
相変わらずの根拠のない言葉に少し不安になる 。
だが彼女の目は真剣そのものだった。なので仕方なくやってみることにした。
「ふぅー」
大きく息を吐いて精神統一する。そして剣を構え、集中した。すると身体の奥底から力が湧き上がってくるような感覚を覚えた。
いける!
そう思った瞬間、一気に駆け出した。そして渾身の力を込めて振り下ろす。
ガキィッ!! 鈍い音を立てて刃が止まる。
「ぐぬっ……!!」
それでもなんとか押し切ろうと力を込める。
「はああああっ!!!」
気合と共にさらに体重をかける。そしてついに、岩は真っ二つになった。
「やった……!」
あまりの嬉しさに声が漏れる。しかし喜びも束の間、アリア様の声が聞こえてきた。
「お見事です! 流石ですね!」
その言葉を聞いた途端、どっと疲れが押し寄せてくる。
いやー、すごいな、勇者認定の力。
「じゃあ、次の岩ですね」
「えっ」
アリア様の無慈悲な一言を聞き、私は絶望的な気分になる。
それから私は、ひたすら巨大岩石を相手に修行を続けた。
「うおおおっ!!!」
気合いと共に、全力で岩に斬りかかる。だが弾き返されてしまう。
「まだまだ甘いですよ!」
アリア様に叱咤され、私は再び走り出す。
「せいっ!」
今度は横に薙ぎ払うように攻撃してみる。しかしこれも弾かれてしまった。
「次は縦です!」
「はい!」
指示通り縦に思いっきり叩きつける。しかしまたもや跳ね返されてしまう。
その後も何度も挑戦するが、なかなかうまくいかない。
「なんなんだよもう……」
つい愚痴が出てしまう。こんなのいつまで経っても終わらないじゃないか。
「大丈夫ですか?」
心配そうに顔を覗き込んでくるアリア様。
「はい、まだ行けます!」
元気よく返事をする。ここで弱音を吐くわけにはいかない。
「よしっ!」
もう一度、気を引き締めて挑むことにする。そして何度目かもわからない攻撃を繰り出した。
ガキンッ!!! 激しい金属音が鳴り響く。見ると、今までで一番いい感触だった。
「よし、このまま行けるかも!」
調子に乗ってそのまま押す。押す。押す。
徐々に刃先が食い込んできた。
「いける! いける!!」
この勢いのまま切断できるかも。そんな希望が見えてくる。
「いけますよリシェルさん!頑張ってください!」
アリア様からの応援も聞こえる。私はそれに答えようと、さらに力を込めた。
「うおりゃああぁっ!!!」
裂帛の気合と共に、岩を両断することに成功した。
「やっ、た……?」
信じられずに自分の手を見る。そこには綺麗に割れた岩の破片が残っていた。
「やりましたね! すごいです!」
アリア様が褒めてくれる。
「いえ、これは私だけの力で出来たものではありません。アリア様が応援してくれたおかげです」
素直に感謝の言葉を伝えると、彼女は嬉しそうに微笑んだ。
「これで明日は巨人と戦えますね」
「ええ!? 巨人と戦うんですか……?」
いや、小さめの巨人ならまだ行けるかもしれない。
私は希望を込めて質問した。
「どれくらいの大きさのやつですか?」
「そんなに大きくないですよ」「どのくらいでしょう?」
「20メートルくらいでしょうか」
「無理ですね」
どう考えても勝てる気がしない。
私が完全にビビっていると、彼女が提案してきた。
「じゃあ、明日は5メートルくらいのにしておきましょう」
「いいんですか?」
「はい。修行の成果を確かめるという意味でもちょうどいいと思います」
「わかりました」
ということで翌日は巨人退治に行くことになった。
「じゃあ行きましょうか」
「はいっ」
こうして私たちは森の奥へと進んでいった――。
森の中をしばらく歩いていると、前方に巨大な人影が現れた。
「あれが巨人です」
「大きいですね……」
その姿を見た私は、思わず圧倒された。
5メートルと聞いて、なぜ昨日の私はいけると思ったのだろうか。
きっと疲れのためIQが下がっていたのだろう。
それくらい5メートルの巨人は大きく感じた。
「では、まずは私が手本を見せます」
そう言うなり、アリア様は巨人の方へ歩いていく。そして立ち止まると同時に、剣を抜いた。
「はっ!」
そして一閃。その一撃で巨人の脚が吹っ飛んだ。
「えっ」
あまりの出来事に言葉を失う。
倒れてきた巨人を避けながらさらに一撃入れ、華麗に首を斬り飛ばしていた。
彼女は剣を鞘に収めると、こちらを振り返った。
「という感じです。やってみてください」
「はい……」
という感じですと言われてもなぁ……
呆然としながらもなんとか返事をし、彼女の後を追うようにして歩き出す。
そして巨人の前に立った。
「ふぅー」
大きく息を吐き、心を落ち着かせる。そしてゆっくりと深呼吸した後、精神統一を始めた。
(大丈夫だ。今の私の力ならきっとできる)
自分に言い聞かせるように心の中で呟く。そして覚悟を決めた。
「いきます!」
そう叫ぶと、一気に駆け出した。そして全力で振り下ろす。
「うおおおぉっ!!」
バキッ!! 鈍い音を立てて刃が折れた。
「えっ」
予想外の事態に頭が混乱する。その隙を突いて巨人が襲いかかってきた。
ドゴッ!! 重い蹴りが腹部にめり込む。
その衝撃に吹き飛ばされ、地面に転がった。
「ぐあっ……!」
あまりの痛みに声にならない悲鳴を上げる。
意識が飛びそうになったところでアリア様の声が聞こえてきた。
「惜しい!」
「いや全然惜しくないですよ!!」
つい突っ込んでしまう。すると彼女は笑顔でこう言った。
「次はもう少し大きなのにしましょう」
「嫌ですよ!!」
巨人なんて絶対に倒せない。私はそう確信していた。
ちなみに私を蹴ってきた巨人はアリア様があっさり両断した。
この人を怒らせるのは絶対によそう。
私はそう心に誓ったのだった。
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