悪役令嬢だけど今日から勇者はじめます!
ヤネウラ
第1話 気がついたら悪役令嬢でした
朝起きたら私は18歳の悪役令嬢になっていた。
私の命はあと3年ということらしい。このままいくと私は確実に死ぬことになる。原因はだいたい宮廷での吊し上げだ。展開によって背後から刺されるとか、不運にも雷が落ちるとかそういうのもある。
乙女ゲームというものをご存じだろうか。簡単に説明すると女性向け恋愛シミュレーションゲームである。プレイヤーはヒロインとなり様々なイケメンたちと恋をしたり、ライバルと戦ったりするのだ。そしてそのゲームの中で悪役として登場するのがこの私なのだ。
なんで私が悪役なんだよ! と言いたいところだが仕方がない。そうなってしまったからだ。ゲームの世界のはずなのだが、選択のやり直しももう無理なようだ。カムバック、タイトル画面。
まあ、私は乙女ゲームはあまりやらないからジャンル的な詳しいことは知らないのだが、とにかく私は悪役として生まれてきたらしい。だからといって何をすればいいのかわからない。そもそも私は何者なのか。それもよくわからない。私がこのジャンルに疎いということで、友人が熱心に勧めてくれたソーシャルゲームだったので、あんまり本気でプレイしていなかったのだ。季節のイベントなんかはちょこちょこやったのだが、メインストーリーは完全におざなりだった。だって、長めのストーリーを本腰入れて読むための時間がとれないんだからしょうがない。しかし、そんなこと言わずにプレイしておけばよかった。やはり友人への不義理は良くないということだろう。因果応報である。とはいえ、悪役令嬢というのは最近有名なので、自分がどんな立場になったのかはだいたいわかる。
しかし、悪役令嬢として生きるとなると、ちょっと何やっていいかわからない。やっぱり悪事を働かないといけないのかな。でも悪事って具体的にどういうことだろう? 自分には悪事を行いたいという積極的な欲求があるわけでもないし、もしかしたら悪役令嬢に転生したというのは勘違いかもしれない。
そんなことを考えながら部屋の姿見を見てみると、きわめて残念なことに、今の自分は悪役令嬢っぽい見た目をしていた。まず目を引くのがその髪の色だろう。青みがかった紫。それが肩まで伸びていて、ゆるくカールしている。そして瞳の色はこれまた深い紫色をしていた。服装の方も特徴的である。黒いレースがついたドレスに白い手袋、首元には真珠のついたチョーカーをつけており、頭にはティアラのようなものを乗せていた。どこからどう見てもお姫様のような格好である。
顔立ちは整っているものの、とてもきつい印象を与えるものだった。眉間にはいつもシワが寄っており、口角は下がっている。目はつり上がり気味で、目つきが悪いと言われても仕方のないような表情をしていた。これはよくないと思い、鏡の前で百面相をしてみる。笑ってみたが、背筋が寒くなるような笑顔にしかならない。台詞をつけるなら「ふふ、諦めなさいな!」あたりだろうか。
うーん……。この容姿は間違いなく悪役令嬢だよなぁ……と思いつつ、とりあえず現状を把握しようと部屋の中を歩き回ることにする。
ここは天蓋付きのベッドが置かれた寝室であった。広い部屋の中には家具がいくつか置いてあるだけで他には何もない。窓の外を見てみると、そこは一面の花畑になっており、見たこともない蝶々たちが舞っていた。
花畑の向こうには城が見える。なんとなくわかるのだが、おそらくあれが私の家であろう。なかなか立派な佇まいをしているように思う。
さすがは悪役令嬢といった感じの家だ。なんというかこう……とげとげしい形状をしていて、しかも禍々しいオーラを放っている気がする。
しばらく向こうにある実家の観察を続けた後、私はふと気がついた。あれが自分の家なら今いるここはどこなんだろう。そしてなぜ私はここにいるのだろうと。
確か前世の私は死んだはずだ。そう、心臓麻痺とかいうふざけた理由で。だからここがあの世ということになるのかもしれない。しかしそれにしては意識がはっきりしすぎているような気がした。死後の世界というものは、もっとぼんやりとしているものだとばかり思っていたのだ。
ありがたいのは、健康体だということだろう。痛いところも特にないし、身体のキレもいい。本来の私よりだいぶ若返っているし、運動能力も高いようだ。この世界では剣が主流らしいので、それを習えばある程度戦えるようになるかもしれない。魔法もあるみたいだし、それを極めれば無双できるんじゃないだろうか。
とりあえず外に出てみようと思って扉に向かって歩いていくと、突然後ろから声をかけられた。
「あら、どちらへ行かれるのですか?」
驚いて振り返るとそこには一人の女性がいた。年は今の私と同じくらいのようだ。髪の色は白に近い金髪で、背中に届くほどの長さがあった。瞳は青で、その色は宝石のように輝いている。肌は白く、人形のように整った顔をしていた。身に着けているのは白いシンプルなドレスで、まるで天使のように美しい姿形をしている。所作や言葉遣いから察するに、彼女はどこかのお嬢様なのではないかと思えた。
「……えっと」
まさか誰かがいるとは思っていなかったため、戸惑ってしまう。すると彼女は不思議そうな顔をした後、「ああ……」と言って微笑んだ。
「ここは初めてですものね。わからないことがたくさんあって当然ですわ。私が教えて差し上げます」
「いや、そういうことでもなくてですね……」
思わず敬語になってしまう。だって目の前の少女は明らかに普通ではない雰囲気をまとっていたからだ。
何と言えばいいのか……。そうだ! 神様みたいだ!
そうとしか表現できないような不思議な存在感があった。
「大丈夫わかっていますよ。あなたは転生者ですね。安心してください。ここにはあなたの敵はいませんから」
「てんせいしゃ……てんせぇ!? 私が!? ち、違います! 私はただちょっと散歩に出ようとしただけです!」
慌てて否定したが、少女はにこやかな笑みを浮かべるだけだった。
「ふふ、照れなくてもいいんですよ。そろそろ記憶がよみがえることはわかっていましたから。さあ、まずはこの世界のことについて説明しますね」
そして私は彼女に言われるまま椅子に座り、話をすることになった。正直ちょっと警戒していたが、断れるはずもなかった。
どうやらここはゲーム『恋は夢見るラプソディ』の世界であるらしい。
そんな馬鹿なと言いたいところだが、実際問題、私はそのゲームの世界に転生してしまったようだ。しかも悪役令嬢として。
名前はリシェル・ローデンヴァルト。私の前世の名前とは似ても似つかぬ華麗な名前である。
「どうして私が転生したんだろう……」
話を聞いた後、そうつぶやくと、彼女は困ったような顔で答えてくれた。
「私にも詳しいことはわからないんですけど、魂が似てる人を選ぶんじゃないかって言われていますよ。まあ、あくまで噂ですが」
「……そうなんですか」
悪役令嬢と魂が似ているとはなかなかの暴言である。
しかし他に言いようがないのだろうと思い、反論するのはやめた。
そんなことを考えながら、私はふとあることを思い出した。
それはこのゲームのことではなく、別のことである。
「ねえ、あなたの名前を教えてくれないかしら?」
そう言うと、彼女は少し驚いたような顔になった。
「あれ、まだ名乗っておりませんでしたっけ?」
「ええ。聞いていないと思うけれど」
「これは失礼しました。私はアリアといいます。どうぞよろしくお願いいたしますね、リシェル様」
その名前を聞いて、私は心の中で叫んだ。やっぱり!!
「どうかされましたか?」
「いえ、なんでもないですよ!」
動揺を隠しつつ笑顔で答える。まさかこんなところで会うなんて……。その名前と設定は覚えている。
アリアは失踪してしまったという噂が流れている、天界の偉い女神さまだ。まさかこんな場所で会えるとは思ってもいなかった。
気になる設定だから覚えていたが、キャラとして登場するとは思わなかった。てっきり世界が混乱する理由を作るためだけに設定された、データのない存在だと思っていたのに。
「ええと、実は……」
どうしよう、ここはそのことについて触れておくべきだろうか。でも失踪してるって設定だしなぁ。迷っているうちに彼女が言葉を続ける。
「そういえば、先程から私の顔をじっと見られていますよね?何か思い出されましたか?」
「いえ、違うんですの! ごめんなさいね、勘違いさせてしまったようで」
なんとか誤魔化せたことにほっとする。
えーと、向こうは知って私のこと知っているようだけど、ちゃんと名乗っておいた方がよさそうだ
「では改めて自己紹介としましょうか。私はリシェル・ローデンヴァルトと申します。よろしくお願いいたします」
「私は女神のアリアと申します。以後、お見知りおきくださいませ」
お互いに挨拶を交わした後、私は愕然とした。
失踪してるのに女神って名乗るの!?嘘でしょう!?
確かにこの人は本物の神様かもしれない。でもだとしたらなぜここにいるのだろう。
もしかして私と同じ転生者で好きな神様の名前を名乗っているのかもしれないとも思ったが、すぐにそれを否定する。
なぜなら彼女の雰囲気はあまりにも神々しかったからだ。きっとこの人は本物の神さまなのだ。
ああ、気になる。
これは仕方ないな……聞くしかないか。
「あの……ひとつ伺ってもよろしいですか?」
「はい、なんなりと」
「どうしてアリア様はここにおられるんですか? 確かもうずっと前に……」
「ああ、それは……」
彼女は懐かしむように目を細めた後、話してくれた。「それは私の役目が終わったからですわ」
「役目……?」
どういう意味だろうと首を傾げる。すると彼女は微笑んで言った。
「私には果たさなくてはいけない役割があるのです」
一体何の話をしているんだろう。私が不思議そうな表情をしていたせいか、彼女は少し考えるような仕草を見せた後、再び口を開いた。
「そうですね……。簡単に言えば、世界を救っていたのです」
「世界を救う……?」
なんだかスケールの大きな話が飛び出してきた。私が戸惑っていると、彼女は詳しく説明してくれる。
それによると、かつてこの世界は滅亡の危機にさらされていたという。原因は魔王の復活だ。復活した魔王は魔物たちを率いて人間たちに襲いかかってきたのだ。そこで人々は一致団結して立ち向かったのだが、戦況は不利だった。
このままではいずれ滅びてしまう。誰もがそう思った時、一人の勇者が現れたのだという。その青年は不思議な力を持っており、次々と魔物を倒していったそうだ。
そしてついに魔王を倒すことに成功した。しかしその代償は大きく、勇者は命を落としてしまったという。
その後、残された人々は再び結束し、平和な国を作り上げた。
そして女神アリアは人々の願いを聞き入れ、新たな勇者が選ばれる年が来るまで世界の平和を守っていた。それが彼女に与えられた使命だったというわけだ。
「つまりアリア様はこの世界を守る神様ということでしょうか」
「そういうことになりますね」
なるほど。ゲームの設定を思い出しながら納得する。
「それで役目を終えたということは、次の勇者が……?」
「そうです。今年が勇者が選ばれる年なんです」
そう言って彼女は笑みを浮かべた。
「なるほど……」
つまり彼女は新しい勇者を探しているわけか。なるほど、それで天界からいなくなったんだな。
「私が選ばれたらよかったんだけど……」
つい本音が口に出る。3年後に死ぬ悪役令嬢ルートよりは良いルートかもしれない。
「でも、私は悪役令嬢以外できなさそう」
「え、もしかして勇者にご興味が!?」
「あ、いえ、そういうわけではないんですよ」
慌てて否定するが、アリア様はかなり食い気味で聞いてきた。
「もし勇者に興味があるなら、是非やってみてください! 絶対に後悔させませんよ!!」
「いや、だから違いますって」
「大丈夫ですよ!私に任せていただければ、ちゃんとサポートしますから!」
どうしよう、全然話を聞いてくれない。
「 リシェルさんなら必ずできます!!」
私でいいなんて、そんなことがあるだろうか。
だって私は悪役令嬢で、ヒロインが攻略対象とくっつくための踏み台役に過ぎないはずだ。
「根拠はあるんですか?私、自分が勇者に相応しいとは思えないんですけど……?」
「ありますよ。あなたには人を導く才能があります」
「ええ!?」
思わず声を上げる。何を言っているんだろうか、この女神さまは。
悪役令嬢の私にできるのはヒロインを陥れるために周りを扇動するくらいだぞ。
しかも大失敗して逆に追い詰められるっていうね!
「うーん、その力はあるようなぁ、ないようなぁ」
「いえ、間違いなくあります!それに私、あなたのこと一目見て気に入っちゃいました」
「そ、そうなのですか?」
「はい!だから自信を持ってくださいね」
理由が完全に主観だ。本当に神様なのか疑わしくなってきた。
いや、逆に神様っぽいのか?
「というわけでリシェルさんはものすごく勇者に向いていると思いますけど、私はあなたの気持ちを尊重するつもりです。ですからどうか、前向きに考えてください」
うーん、どうしよう。まさかこんな展開になるとは思ってもいなかった。
悪役令嬢をやっていたらたぶんあと3年くらいで死ぬだろう。逆に言えば3年は生きられるということだ。
でも、勇者になれば?
もしかしたらいきなり死ぬかもしれない。でも希望はある。
じゃあ、夢見てみようかな!
よし、決めた!
私はアリア様の目を見て答える。
「わかりました! 私、勇者になります!」
そう答えると、彼女の顔がぱっと明るくなった。
「ありがとうございます! ではさっそく、選定の儀式を始めましょう!」
こうして私の悪役令嬢勇者としてのルートが始まったのだった―――
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