第17話
翌日。
僕は学校に行った。
家にいてもどうしようもないし、連絡がないということは千波先輩はまだ目を覚ましていない。一人でいる方がネガティブになってしまうから。
だから、僕はいつもの日常の中にいることにした。
校内で日奈子先輩を見かけた。あちらも友達といたから、長く話すことはせずに軽く挨拶をするだけだった。僕は学校で日奈子先輩の姿を見かけたことに少しだけ安心した。自分と同じ気持ちの彼女が頑張って前を向いている、そう思うと僕も頑張ろうと思えたから。
きっと、日奈子先輩も同じ気持ちだったと思う。
とはいえ、千波先輩のことを考えていると授業に集中はできなかった。ぼーっとしているとついつい考え込んでしまい、先生に当てられるとどうしようもなくて笑って誤魔化した。
放課後になっても、連絡はなかった。
どうしようか悩んだけれど、とりあえず僕は病院に向かうことにした。何も出来ないかもしれないけど、家でじっとしているのがしんどかった。
バスに揺られて流れる景色をぼーっと眺めていると、ポケットの中に入れていたスマホがヴヴヴと震えた。
今朝から何度もスマホが震えては慌てて内容を確認した。その度にただのゲームの通知だたりしてがっかりしたけれど、それでもやっぱりすぐに確認する。
『千波が目を覚ましました』
千波先輩のお母さんからで、僕と日奈子先輩宛に送られたメールだった。
僕は思わず立ち上がってしまったが、バスが揺れて転けそうになったのですぐに座り直した。変な目で見られたけど声が出なかっただけ、良かったとしよう。
バスを降りると病院まで全力で走った。
今すぐに、先輩の顔が見たかったから。息が切れても、心臓が破裂しそうでも、足が痛くなっても、それでも僕は走り続けた。それだけ、先輩に会いたかったのだ。
息を切らしながら病院の中に入る。さすがに施設の中で走るようなことはしない。記憶を頼りに昨日の病室へと向かう。
少し間違えたけれど、ようやく『水瀬』と書かれた病室を見つけた。
ノックをして入ろうとすると、中からおばさんが出てきた。その顔はどこか悲しそうというか、申し訳無さそうな表情だった。
「あの、千波さんが目を覚ましたって」
僕はまだ息が切れたまま、途切れ途切れ言葉を発する。それに対しておばさんは無言で頷いた。
何だろうか。
まさか、千波先輩に何かあったのか?
「あの、千波さんは?」
言いづらそうに口を噤んでいたおばさんが、ようやくゆっくりと口を開く。
「千波は目を覚ましたわ。でも、今は誰とも会いたくないんだって」
「え、と」
想像もしていなかった言葉を聞かされて、僕は言葉を詰まらせる。
どういうことだ? なんで、会いたくないなんてことを言うんだろうか。もしかして、交通事故の影響で何かあったのか?
「一応、心配しないように言っておくと、千波は元気よ。当分は入院しなきゃいけないだろうけど。ただね、いろいろとあって今はまだ会いたくないんだって」
「そう、ですか」
本人がそう言っているのならば、僕は帰るしかない。
「鳴海君が来てくれたことはきちんと伝えておくからね」
「あ、ありがとうございます」
僕は力なく返事をして病院を後にした。
僕にできることは何もない。会えないならば話もできない。父さんのようにそばにいてあげることも。そもそも、先輩がそれを望んでいないのかもしれないのだから、いよいよできることはない。
結局、その日は何をすることもできずに僕は家に帰った。
父さんも、もしかしたらこんな気持ちだったのかな。何も出来なくて、歯がゆい気持ちを味わって、自分が無力なんだと思い込んでしまう。
そうだよ、僕は無力だ。
でも、だからといってそれが何もしない理由にはならない。
「よし」
翌日。僕はまた病院に顔を出した。
またおばさんが出てくれて、やっぱり会いたくないと言っているそうだった。
「また、来てもいいですか? それとも、迷惑でしょうか?」
それだけが気がかりだった。
もし僕の行動で先輩や、その家族の方に迷惑がかかっているのならば、止めるしかないから。
けれど、おばさんは僕の言葉にかぶりを振った。
「今は、まだ気持ちの整理がついていないだけだと思うから。だから、こうして来てくれていることは、少なからずあの子の励みになっているはずよ」
「そうですか……じゃあ、明日も来ます」
僕はそれだけ言って、病院を後にした。
僕に出来ることはそれだけだ。会えなくても、会いに行くことはできる。言葉は届かなくても、思いは届くはずだから。
だから、僕は僕にできることをしよう。
それが何かに繋がるかは分からないけど、繋がると信じて。
「透真くん」
また次の日、校内で日奈子先輩に声をかけられた。
数日前に比べると、明るい表情をしていたけれどそれは僕も同じだろう。その姿を見て少しだけ安心する。
「千波の病院に通ってるんだって?」
「あ、はい。おばさんに聞いたんですか?」
僕が聞くと、日奈子先輩はイエスと答えた。
「私も初日に顔を出してね。おばさんから同じことを言われたよ」
「会いたくないって?」
「うん。まあ、千波にもいろいろあるだろうから、私は待つことにしたよ。あの子が会いに来てくれるのをね。透真くんは、これからも通うんだよね?」
「はい」
僕は短く言った。
それだけで僕の気持ちは伝わってくれたようだ。日奈子先輩はそれ以上のことを聞いてくることはなかった。
その代わりにニコリと笑って、僕の両肩をバシッと掴む。
「頑張りなよ! それはきっと、透真くんがすることだ!」
「……僕が?」
「そうだよ。千波はきっと、それを望んでいるよ。だから、もう少しだけ待ってあげて?」
それは言われるまでもないことだった。
僕は先輩の気持ちが変わるならば、いつまでだって待ち続けるつもりだ。
僕の顔を見て安心したのか、日奈子先輩は優しく微笑んだ。
「それじゃあ、私は部活に行くね」
「今までずっとサボっていたのに、こういう時には行くんですね?」
僕が軽い口調で言うと、日奈子先輩は申し訳無さそうに笑う。
「行けない理由がないと、行っちゃいそうだからさ」
そう言って、行ってしまった。
日奈子先輩も心の中では心配でしょうがないんだと思う。でも、自分にできることは何かを考えて、そして出した答えを全うしようと動いている。
僕も、僕の答えを全うしよう。
その日も、学校が終わると病院に向かう。
「少し、お話しましょうか」
病室に行くと、やっぱり先輩は面会を拒んでいるようで、その代わりといっては何だけどとおばさんがお茶に誘ってくれた。
カフェスペースに移動して、他愛ない話をする。
「鳴海君のことは千波がよく聞いていたわ」
「……この前も言ってましたけど、何か変なこと話してなかったですか?」
僕が聞くと、おばさんはくすりと笑う。何を思い出して笑ったんだ?
「まあ、おかしなことがなかったかと言われると何とも言えないわ。いろんな話を聞かされたんだもの、中には笑っちゃうようなこともあった」
「何を話したんだ……」
より一層気になる。
僕が内容を気にしていると、でもねとおばさんが言葉を続けた。
「どんな話をするときも、千波は笑っていたわ。いつぶりかしら、あの子があんなに楽しそうに学校の話をしてくれたのは」
いつの日かを懐かしむように、おばさんは小さく言った。
「この前、ずっと水泳のことだけを考えていたあの子がおしゃれの仕方を聞いてきた時はおかしくて笑っちゃった。そしたらあの子、顔を赤くして怒ってね」
日奈子先輩と同じことを言っている。
そうまでしてくれていたと考えると、僕まで照れてしまう。
「きっと、それもこれも全部、鳴海君と出会ったからなのね」
おばさんはまっすぐに僕を見た。
「ありがとう、鳴海君。あの子と出会ってくれて」
「いえ、そんな」
何と言っていいのか分からずに、僕はただ笑うことしかできなかった。
千波先輩と出会えたことを喜んでいるのは僕も同じだ。いや、きっと僕の方がずっと何倍も喜んでいるな、うん。
「鳴海君。あなたに一つ、話しておくことがあるの」
改まって言われると少し不安になるな。
でも、今までもそんな不安を乗り越えてきた。きっとだいじょうぶだ。
「あのね、千波はね――」
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