第10話
日曜日。
午前六時、起床。
「なんだ、透真。えらく早いな」
僕がリビングに行くと仕事へ向かう準備をしていた父さんが驚いた声を漏らす。
休日は基本的に昼前まで寝ているので、こんな時間に起きることは滅多にない。早起きと言ってもここまで早くないので、こんな時間に起きるのはもしかしたら人生初めてかもしれない。
「朝飯食うか? つっても、トースト焼くだけだけど」
「あ、うん。じゃあ食べようかな」
今日は人生初な出来事がもう一つ。
僕は今日、初めて女の子と二人で出掛けるのだ。
デートだとは思っていないけれど、デートの定義を異性と二人で出掛けることと仮定するならばこれは初デートということになる。あくまでも、仮定するならば、だ。
だとしたら、デートって何なんだろ。
「ほらよ。それじゃ、父さん行ってくるな」
「今日は早いんだね」
いつも早いけど、今日は特に早い。
珍しいというほどじゃないけど、それでもあまりこの時間に家を出るところは見ない。
「まあな。大勝負の日は早めに出るのさ」
「なにそれ……まあいいけど、行ってらっしゃい」
「おう」
僕が知らないだけで日曜日はこれくらいの時間に出ているのかもしれない。この時間は寝てるからな。
一人になると途端に静かになったので僕はテレビをつけて適当にチャンネルを回す。この時間に面白そうな番組はやっておらず僕はニュース番組のチャンネルで手を止める。どうせ真剣に見るつもりはなかったので、何でも良かった。
『今日の星占いランキング!』
ぼーっと見ながらトーストをかじっていると、テンション高いネコのようなキャラクターが踊りながら登場した。こんな星占い初めて見たな。めちゃくちゃキレのあるダンスしてる。
『今日の一一位は――』
そんな感じで星占いランキングが発表され始める。
別に信じているわけじゃないけど、こういうのって見入ってしまうのはどうしてなんだろか。悪い結果だと全く信じないけど、一位とかだとちょっと得した気分になる。その辺も都合のいい性格をしていると思うが、人間だいたいそんなもんだろう。
『今日の一位は双子座!』
あ、一位だ。
それはそれでちょっと嬉しいんだよなあ。しかも一位ときたもんだから、幸先いい。
『今日は最高最大の超ラッキーデーだよ! 何をやってもうまくいく。どんな冗談言っても大爆笑間違いなしでみんなの人気者になれちゃうかも! カリスマ性が研ぎ澄まされた今日の君は恋愛運も絶好調! こんな日は大好きなあの子とデートするしかない! んん? デートって何だって? そんなの知るか! デートだと思えばそれはもうデート何だよーッ!』
何そのピンポイントなセリフ。
しかしべた褒めだったな。
そこまでいい日だと言うのならば、もしかしたら何かいいことがあるかもしれない。
うん、朝から気分がいい。
「しかし、早く起きすぎた」
さすがにこの時間に起きてもすることがない。
かといって待ち合わせ時間まではまだまだ時間がある。二度寝するほど眠たくはないし、暇を持て余すとはまさにこのことだな。
適当に時間を潰した僕は九時前に家を出る。
待ち合わせの時間は一〇時なので、今からバスに乗れば十分間に合うだろう。昨日の陽介のようなことはあってはならないので余裕を持って行動することにした。陽介を待たせるのと先輩を待たせるのでは天と地ほども違う。
その戒めを昨日与えてくれた陽介には感謝だな。
バス停でバスに乗り、揺られること四〇分。到着した時には九時半だった。三〇分前に来ればさすがに待たせる心配はないだろう。
待ち合わせ場所は昨日と同じバス停前の広場。見渡してみるが先輩の姿はなかった。当然だ、あっては困る。
僕は昨日陽介に選んでもらったコーディネートだ。白シャツの上に紺のパーカーを羽織り、下はジーンズ。この前着ていたダボッとした服に比べてスラッとしたシルエットになっているので、パッと見た時の見栄えも悪くない。ほんと、さすがは陽介だ。
腕には腕時計。高校の入学祝いに買ってもらった防水性能付きのものだ。アウトドアとかに持っていくにも適しておりお気に入りである。ちなみに、まだアウトドアに持っていったことはない。
カバンは持っていない。
普段からあまり荷物が多いタイプではないので財布とスマホをポケットに忍ばせる程度で事足りるのだ。財布の中にお金は入っている。これは昨日も確認したし、父さんに臨時のお小遣いも貰った。
大丈夫だ、抜かりない。
今日も今日とて、じりじりと肌を刺激する日差しは健在だ。
ニュースでやっていた天気予報でも夏日になると言われていたので暑くなることが予想される。現に、既に僕の額には汗が流れている。影に入ると少しだけ涼しく感じるけど、それも一瞬だけで結局温度が高いので暑いことに変わりはなかった。
日陰に入り、バス停をぼーと眺める。
先輩がどのバスに乗ってくるのかは知らないので、ただひたすらに眺めているしかない。ああ、昨日の陽介ってこんな気分だったのか。今度もっかい謝っとこ。
陽介への謝罪の気持ちが込み上げてきたところで、到着したバスから先輩らしき人影を見つける。その人はキョロキョロと辺りを見渡し、僕の存在に気づいてこちらに駆け寄ってくる。
やっぱり先輩だったようだ。
だが、僕が自信を持ってその人を先輩と言えなかった理由は彼女の外見にあった。
「ごめん、待たせちゃった?」
はあ、はあと息を切らせながら駆け寄ってきた先輩は肩で息を整えながら言う。
時計を見るとまだ集合時間の一五分前だ。仮に僕が待っていたとしても責められるのは逆に僕だろう。ていうか、余裕を持っていてよかった。時間ギリギリに来ていたら待たせてしまうところだった。
「いえ、僕も今来たとこです。早いですね、まだ一五分前ですよ?」
僕が言うと、先輩はおかしそうにふふっと笑う。
「それを言ったら、透真もでしょ」
まあ、そうなんだけど。
おかしくて、僕もあははと笑ってしまう。
そして一瞬の沈黙。
ようやく息を整えた先輩は自分の服の裾を掴んで離す。そして、僕の方をちらと見た。
「今日はいつもと雰囲気違いますね。最初、先輩だって気づきませんでした」
思い返すと今まで先輩の私服を見る機会はなかった。
学校では制服だし、その帰りに来ていたのでお見舞いももちろん制服だ。そう考えると先輩はいつも制服だったな。初めて先輩の私服を見たのは多分昨日が初めてだ。
どちらかと言うとボーイッシュな格好をしているイメージだったし、現に昨日もパンツとシャツの動きやすい感じのコーディネートだった。
でも今日はそんなイメージと一八〇度違った女の子らしい服装だ。水色のロングスカートに白シャツ。上のシャツは袖が短く、ノースリーブとは言えないまでもほぼ肩が露出しているような服。
いつもはポニーテールで纏めている髪も今日は下ろしてあるので受ける印象が全然違う。顔を見ると軽く化粧をしているのが分かった。
「そ、そう? あんまりこうして出掛けることもないから、せっかくだしちょっとおしゃれしてみたの。変じゃない?」
「はい! すごく、その……可愛いです!」
可愛い、という言葉を言うのを躊躇ってしまう。
何ていうか、本当に可愛い人を目の前にするとそういう言葉を言うのは恥ずかしいと感じてしまう。
「そっか! それはよかった! いつまでもここにいたら暑いし、とりあえず移動しよっか!」
くるりと回って、先輩は早口にそんなことを言う。そして歩き始めたので僕は慌ててその後を追っていった。急にどうしたのかなと思って、横に並んだタイミングで顔を覗き込んでみると、口元を綻ばせて笑っていた。
「……」
何か声をかけようとしたけれど、言葉が出てこなかった。何というか、今の彼女に何と声をかけていいのか分からなかったのと、単純に恥ずかしくなった。
あんな先輩の顔は初めて見たから戸惑ってしまったのかも。
バス停の横にはお馴染みのショッピングモールがある。そこに行けばある程度のものは揃っており、休日の暇潰しやあらゆる買い物で訪れる人が多い。現に僕も昨日は買い物でお世話になった。
そんな住民の味方である場所へは行かず、先輩は真反対の方向へと進んでいく。
僕はこっちの方には詳しくなく、正直言ってこのショッピングモールと病院以外の場所には行ったことがないと言っていい。なので、先輩がどこへ向かっているのかは全く見当がつかない。
とはいえ、今日は先輩に案内を任せてあるので僕はついて行くだけだ。
「どこに向かってるんですか?」
「海岸の方よ。あっちに行けば美味しい海鮮が食べられるの。透真は海鮮大丈夫?」
「あ、はい。好きです」
そう言えばあれから随分経つけど、先輩の『透真』呼びは今でもたまにゾワゾワとしてしまう。
嫌とかじゃなくて、何というかこそばゆい気持ちになる。
僕が先輩のことを名前で呼ぶようになった日に、先輩が『じゃあ私も名前で呼ぶから』と言ってきたのだ。もちろんそれを断る理由はないので了承してみると、こんな感じ。
いつになったら慣れるんだろって思う。
「先輩はよくこっちに来るんですか?」
「んー、よくって言うほどは来ないかな。練習の帰りにたまに寄る程度よ」
商店街に入ると屋根があるので日差しがカットされた。それだけで感じる暑さが全然違うので有り難い。僕らは隣同士で歩きながら他愛ない会話を交わす。
「でも、それこそ水泳を始める前は結構来ていたかも。よく両親に連れてきてもらっていたわ」
「そうなんですか」
都会にも商店街はあるけれど、正直賑わってはいない。
便利な場所が増えてしまったので商店街を利用する人が減ったからだろう。だから、こんなに賑わっている商店街は久しぶりに見た。皆が顔見知りで誰が通りかかっても一言交わす、そんな温かい場所のように思えた。
「こういう場所、何かいいですよね」
「そう?」
僕が言うと、先輩は不思議そうに首を傾げた。
そうか、その風景が当たり前であるここの人達からすれば、これは普通なんだもんな。
都会の商店街の様子を見たら驚くかもしれない。
「はい。僕は好きですね」
「私も、好きかな。どこがって言われたら難しいけど」
「分かります」
多分、雰囲気とか空気感とか、そういうことが言いたいんだと思う。それは実際にこの場所に来て、ここの空気を感じなければ分からないことだ。でも、感じてみればきっと好きになる。そんな場所。
そんな商店街を抜けて更に歩く。喋りながら歩いているのでそこまで疲れは感じないけど、実際は結構歩いた気がする。先輩は水泳やってるから体力的に問題はなさそうだな。どちらかと言うと先に倒れるのは僕な気がする。
根性見せよう。
「透真は朝ご飯食べた?」
「あ、まあ一応。って言っても六時とかなんですけど」
「結構早起きなんだね?」
あ、やっぱりダラダラと寝ているイメージ持たれているな? 事実だからどうしようもないけど、やっぱそうなのかとショックを受けてしまう。
「今日はたまたま目が覚めたんですよ」
「そうなんだ。私もそういう日あるけどね」
「先輩はいつも早起きなのでは?」
「んー、そうでもないよ。学校の日は早く起きる分、休みの日は結構ゆっくり寝ちゃうことの方が多いかな。その代わり、昼からしっかり練習するけどね」
抜かりない。
僕なんて昼前に起きてご飯食べたら適当にダラダラするかぶらぶら散歩をするかの二択だ。イメージ通りすぎてなんとかそのイメージから脱却したいけど難しい。根付いた習慣っていうのはそう簡単になくならない。
「ちょっと早いけどお昼ご飯先でもいい?」
「全然大丈夫です。何なら歩いてたらお腹空いてきたくらいで」
朝食早かったし、これだけ歩けばお腹も空く。これだけって言っても大した距離じゃないんだけど。僕からしたら結構な距離というだけ。普段からもうちょっと運動とかするべきだよなあ。
足も治ったし、これを機にジョギングとか始めちゃおうかな。
「よかった。実は私もお腹空いてて」
ふふっと笑う先輩は楽しそうに歩いている。その姿を見ていると、こっちまで楽しい気分になってくるのが不思議だった。陽介が楽しそうでも別にこっちまで楽しくなることはないもんな。
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