第5話
無事退院を果たした僕は日常を取り戻していた。
そう言いたいところだったけれど、そうするにはまだもう少しだけかかりそうだ。というのも、歩くにはまだ松葉杖を使わなければならない。歩けない状態や車椅子に比べれば自由度は増しているが、大変さは変わらない。
健康って大事なんだなと痛感している。
「なあ透真、昼飯どうするよ?」
「学食かな。用意してきてないし」
うちは父さんと二人暮らしだ。
朝は起きるのが早い父さんが用意し、夜は帰るのが早い僕が用意する。それが我が家の基本的な食事事情だ。なので、昼は各々用意するようになっている。コンビニで買ってくるか、時間に余裕がある時は適当に家から持ってきたりするけれど、最近は何事にも時間がかかるのでそれも難しい。
「陽介は?」
「俺もノープラン。だからお前に合わせようと思ってさ」
そう言えば陽介もあんまりお弁当とか持ってきてるイメージないな。
「そういうことなら行こっか」
「その足で学食まで行くの大変なんじゃねえの? パンでいいなら俺がパシられてやるけど?」
「大丈夫だよ。面倒くさいけど、大変ってわけじゃないからね」
言いながら、僕は松葉杖の準備をする。確かに階段の上り下りは少々厄介であるが、僕的にはそれ以上にトイレが辛いんだよなあ。せいぜい早く完治してくれることを祈るだけだ。
「鳴海君、呼ばれてるよ」
準備をする僕に声をかけてきたのはクラスの女子だ。
「僕が?」
「うん。教室の前で待ってるから早く言ってあげて」
「ありがと」
僕は隣の陽介と顔を見合わせる。
「お前を訪れる生徒がこの学校にいたか?」
陽介の最もな疑問に僕は首を横に振った。
自慢じゃないけど人との関わりはこの学校の中で一番薄いだろう。他のみんなは中学も一緒だったとかで顔見知りが多い中、僕だけが転校生みたいなものだから。最初この空気に馴染むのは大変だった。
「とりあえず行ってみようぜ」
「うん」
陽介と一緒に廊下に出る。
そこにいたのは見知らぬ女生徒だった。上履きの色を見る限り、上級生であることが伺える。一年生は緑、二年生は赤、三年生は青色のラインが入った上履きを使用する。その他にも体操着とか、いろんなところでこの学年カラーは見かける。
その女生徒の上履きは赤色、つまり二年生だ。
「あの」
僕は恐る恐る話しかける。
するとその女生徒はにこりと笑って口を開いた。
「君が鳴海透真くん?」
「あ、はい」
彼女が掛けているメガネの奥の瞳が僕をじっと見つめている。
整った顔立ちの女性に見つめられると照れてしまう。茶色い髪を下の方で纏めたローツインテールのその女生徒は、僕を下から上まで観察するように眺めてきた。
「ふぅん、なんかイメージと違うな」
「イメージ?」
「うん。聞いていた話から、私が勝手に抱いていたイメージ。想像力には結構自信があるんだけど、まだまだのようだ」
それにしても、この人誰なんだろ。
聞いていたイメージと違うということは、誰かから僕のことを聞いていたということになるけど、僕二年生に知り合いなんて……あ。
「阿澄先輩、透真に何か用ですか?」
「え、陽介この人と知り合いなの?」
僕の後ろにいた陽介がフレンドリーに話しかけるので僕は驚いてしまう。この二人は知り合いなのかな? ということは、もしかして僕の話をしていたのは陽介なのか? だとしたら、僕は何という勘違いをしていたんだ。
「まあ知り合いってほどでもないけど。顔は知ってる」
「そうだね。こうして話すことはあんまりないね」
陽介の言葉に阿澄先輩と呼ばれた女生徒はニコリと頷く。
この学校特有の校内全員顔見知り現象の一環だったか。
だとしたら、この人はやっぱり……。
「日奈子!」
少し遠くから、大きな声がした。
一瞬何のことか分からなかったけれど、阿澄先輩がその声に振り返ったこと、そしてその人影がこちらに大急ぎで向かってきていることから、どうやら阿澄先輩の名前を呼んだのだろう。
「何をしているのかな?」
ぜえぜえと息を切らしながら阿澄先輩の肩をがしっと掴んだのは水瀬先輩だった。
その様子から急いでここまで来たのだろうということは何となく察することができた。
「廊下は走っちゃダメなんだよ、千波」
「論点はそこじゃないの!」
冷静沈着といわれる水瀬先輩がペースを崩されている。いや、そもそもここに来た時点でもう既に崩れていたけど。あんな大声出すんだなあ、とか思ってしまったし。
「どうしてこんなところにいるのって聞いてるの?」
「どうしてって、噂の鳴海くんが見たくて」
阿澄先輩が言うと、水瀬先輩は僕の方を見る。
いつもの余裕のある顔ではなく、走ってきたからか頬が朱色に染まりどこか余裕のない表情が新鮮だった。
「だからって勝手に」
「えー、いいじゃない。あ、そうだ、せっかくだから一緒にお昼食べましょ?」
「んなっ!?」
あくまでもマイペースにことを進める阿澄先輩にさっきから水瀬先輩は戸惑いっぱなしである。ここまでのやり取りを見ても、二人が友達であることは伺える。友達の前だとこんな漢字なんだなあ。
「いいじゃん。食べようぜ、透真」
「陽介……」
阿澄先輩の誘いに乗ったのは陽介だ。
何故かニヤニヤと笑っているところが気になったけれど、僕としても水瀬先輩と一緒にご飯が食べられるのは悪い話ではない。
「じゃあ私達は一緒に食べるね。千波は今日は一人で食べて」
「私も行くっ!」
そんな感じで一緒に食べることが決まったので僕たちに合わせて先輩方も学食で食べることになった。学食に向かう道中、気が合ったのか何故か陽介と阿澄先輩が二人で楽しそうに前を歩いている。
なので、自然と僕の隣には水瀬先輩がついてくれる形になった。
「阿澄先輩とは仲がいいんですね?」
以前、周りの生徒はどこか一歩引いたような感じがあると言っていただけに少し驚いた。あの距離感は明らかに友達のそれだ。
「ああ、うん、日奈子はそうね。家が隣同士の幼馴染なのよ」
「へえ」
幼馴染、か。
そりゃこれだけ狭い町なんだし、そういう人がいても不思議ではない。ましてや家が隣同士となれば自然と仲良くなるものか。
「先輩、何だかいつもと違った感じがして楽しそうでした」
「へ、どういう意味かな?」
先輩は顔を引きつらせて僕に尋ねてくる。
「いつもはスマートな感じだけど、今日は子供みたいでした」
「それは私はどう思えばいいんだろ」
「さあ、どうなんでしょ」
僕としては、先輩の知らない一面が見れて嬉しかったんだけど、褒め言葉かと聞かれるとそうでもないし、先輩的には捉え方が難しいのかも。
「まあ、いいけどね。でも、ごめんね。日奈子のわがままでこんなことになって」
「いや、それは全然。僕としては先輩と一緒にご飯食べれて嬉しいですよ?」
「そ、う、なんだ……その、ちなみに聞くんだけど」
水瀬先輩は少し言いづらそうに口ごもる。
「その先輩って言うのは日奈子のこと?」
「あ、いや、水瀬先輩、ですよ? もちろん、阿澄先輩とも話してみたいとは思いましたけど」
自分の言っていることが恥ずかしくなって慌てて誤魔化す。何でもかんでも思ったことを口にするのは止めたほうがいいかもしれないな。思い返したときに死にたくなる。
ていうか、別にどっちでもいいんじゃないかな、と思いながら水瀬先輩の方を見ると何だか嬉しそうだった。まるでプレゼントを貰った子供のような純粋無垢な笑顔を浮かべている。
このタイミングでそんな顔されると、勘違いしてしまうぞ。
「迷惑じゃないなら、よかった」
そう言って僕に笑いかけてくれた時には、いつもの先輩の顔に戻っていた。
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