第4話


「俺は、実家のラーメン屋を手伝っていたはずだよ」

 俺はラーメン屋のユニフォームではなく重たい濃緑の鎧を着て、薄暗い町を歩いていた。いや、そもそもここは町なのか? 

 空気が重いし、霧も濃いし、なんだか町並みが歪んでいて、すごく気持ち悪い。悪寒がするし、鳥肌が立ちっぱなし、テルの頭かよ。

「嘆いている暇はないんだ、赤間三等兵。覚悟を決めろ、死ぬぞ」

 肩に乗る、俺と似たような鎧をまとう赤髪の少女、スカーレット大佐がいった。

「いや、怖いんですよ。なんか、幽霊屋敷みたいな」

「幽霊が怖くて、銀河連邦軍の戦士になったとは驚きだ名」

「強制じゃないっすか! 拒否権なんてなかったし」

 谷中銀座商店街から日暮里駅前に出て、雑貨ビルが並ぶ通りを歩く。

 バス停のあたりは暗くよどみ、人影などない。

「いや~……本当に日暮里駅なんすか、ここ?」

「日暮里といえば日暮里だ。ただ、UFOでも話した通り、ここは赤間が住む人界とは違う、魔界での日暮里だ。異世界といえば、わかりやすいかな?」

「いや、わかりにくいっす」

「なら、ささっと怪人と出会うことだ。危機的状況になれば、人間はおのずと理解するからな。さー、出てこい怪人! 赤間三等兵のお通りだ!」

「説明がざっつ! そもそも、なんすか、その怪人って」

「上官に向かって、その口の聞き方はなんだ。ま、初任務に免じて、今日は不問にしてやる」

「なんで、そんな偉そうなんすか?」

「上官だからだよ。しかも、大佐だぞ。褒めたまえ」

「あーすごいすごい。スカーレット大佐、すごいすごい」

 バカにしたつもりだ。しかし、この小人の大佐は鼻を高くする。褒められると弱いらしい。

「そうだろ? 大佐になるのは、すっごく大変だったんだ。バカでアホなクズの地球人にあれこれ指示して、ようやく大佐になったんだ……よくやったぞ私、すごいぞ私、天才だぞ私」

 少女は満足そうだ。笑うとえくぼが浮かぶようだ。

 

 ウウウウウウウオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオス!!!!!!


 けたたましい音に、たまらず耳を防ぐ。

 サイレンのよう高音の叫びは動物の声とも言い難く、鼓膜を貫くよう響く。

「ななな、なんだよ……」

「怪人だ。下からの鳴き声……モグラ型、嫉妬の怪人かな」

「モグラ型? 嫉妬の怪人?」

 あー、情報量が多い。恐怖もあって、状況がちっともわからない。

 混乱する俺に、スカーレット大佐は頬をつねる。けっこう痛い。

「今は、目の前の敵に集中しろ! 高橋メグミがこの魔界に連れ去られたのは確かなんだ。二人とも死ぬぞ!」

「死ぬぞって、てか、どうやって戦うんすか? 素手っすよ、俺?」

 俺は何の武器も持っていない。あるのは偉そうな上官と、この重い鎧だ。

「戦えばわかるさ」

「えぇっ?!」

 無責任な上官に呆れた俺の足元は大きく揺れ始めた。

「来たな」グラグラ、地面から何かが上がってくる。「避けろ!」

 

 ウウウウウウウオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオス!!!!!!


 叫びとともに、地下から熱湯が吹きあがった。

 俺はサーフィンのよう、地面のタイルに乗ったまま高く打ち上げられた。

「避けろっていったろ!」両方の頬をつねるスカーレット大佐。

「急に無理だよ! てかつねらいで、痛いから!」

 半泣きしながら俺は返す。

 やがて勢いが落ち、そのまま地上へ叩きつけられた。

 だが、まったく痛くなかった。しかし、起き上がる俺は目を疑った。

 特撮ヒーローに出てくるモンスターがいたからだ。

 両腕は太く長く、両手は鋭利で大きく頑丈そうな爪、鼻はゾウのように長くニョロニョロと動く全身茶色の、三つ目の化け物だ。

 そんな叫び逃げたくなる奴に向かって、赤髪の少女は肩から降り立ち、勇者のよう言い放つ。

「この魔界を作った怪人だな。私は銀河連邦軍、アクエリアス軍団第三部隊所属、ウォッカ・スカーレット大佐だ! 銀河連邦地球保護法第三条より、『地球上において、暗黒物質からなる生物を、銀河連邦軍の駆除対象とする』とここに宣言する。さ、赤間三等兵、奴を駆除せよ! さー、さー!」

「む、無理だよ、あんなの」足がすくむ。俺より二倍はある巨体だ。

「何を言っているんだ! UFOで月石を食べたんだろ! すでに魔力が使える体なんだ。さー、自分の中にある感情を爆発させるんだ」

「カンジョー? なにそれ、焼肉のなんか?」

「なにをボケているんだ! しかも、クソつまらんぞ!」

「つまらんいうな! こっちは、足が震えて動か……う、うわーっ!」

 怪人が俺を殴り飛ばしたのだ。俺はコンビニに激突し、店内の棚やらスナック菓子やらに埋もれた。

 


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