第3話 濡れ枕

さっきまではいつもと変わらない、何でもないような日常を送っていたはずだった。

それなのに、この一時間で思いもよらない展開の連続があっていささか僕は疲れている。

泣いたり笑ったり、驚いたり、恥ずかしい思いも一杯した。

そのせいで、ほんと、よく分からない展開だったにも関らず、なんとなく凹んだ心境で帰宅した僕。



「ただいま(ポツリ)」



ほらね、元気がない。


そんな凹んだ状態の僕に構うことなく、いつもの調子で「おかえりー!!」と笑顔で駆け寄って来る妹、陽日はるひ

中学生になってからも変わらず懐いてくれる僕の妹。

なにこれ可愛い。

死ぬほど尊い。



「ただいまぁー!!」



これまでの凹んだ気持ちなぞなんのその、陽日の笑顔を見た瞬間、一瞬の内に癒されてしまう単純な僕。

シスコン万歳!



「なー!ちょっと聞いてくれよ陽日!なんと、茜に彼氏が出来たらしいぞ?」


「えーっ!!うっそマジぃ?!つかお兄ちゃん先越されたね!アハハ〜どんまーい♪」


「どんまーい♪てお前は相変わらずの軽さだな!パリピか?てかさ、陽日はまだ彼氏いないよな?お兄ちゃんも明日からパリピってお前より先に恋人作ってみっかな」


「え?いるよ、彼ピ」


「…………え?」


「だからいるってば」


「ウソ…だろ……」


「いるよ、ほら、目の前にね♡」



そう言って悪戯っぽい笑みを浮かべた陽日は僕を指差す。



「…ちょ!バカっ!やめろよぉ!お兄ちゃんショックで心停止するとこだったじゃん!」


「アハハ〜何焦っちゃってんのー?可愛いお兄ちゃんでちゅねー♡ヨシヨーシ♡」



く、悔しい!でも本気で焦った…

茜のみならず、実の妹にまで先を越されてたら暫く立ち直れなかったわ…



その後、夕食時もやはり話題は茜の件についてだった。

そこでも僕は両親にもからかわれて散々な夕食タイムになったけれど、茜の件に関しては両親も「茜ちゃんも大人になったねぇ」的な感じで感慨深いみたいだった。親父は涙目だったし。


うん。

やはり茜の事はウチの親としても実の娘みたいな感覚みたいだし、妹も三兄妹だと思っているし、僕の一方的な考えではなくて、やっぱり茜は家族の一員なんだなって改めて思った。

明日茜が家に来たら、きっと皆から怒涛の質問責めにあうんだろうな、ふふっご愁傷様。


そして就寝前、ふと気になってベランダ越しに茜の部屋を見た。

明かりが点いているのでまだ起きているようだ。

いつもみたいに「おやすみ」と声を掛けてみようと思って上げた腰がピタッと止まる。

なんとなく、声をかけることに躊躇ためらう自分がいた。

別に茜に彼氏が出来たからといって声をかける事がまずい訳じゃないのだけれど、今までのままじゃダメかも……そんな考えが頭をよぎり、僕の動きが止まった訳だ。

もう昨日までの関係性じゃいられない。

いくら家族みたい、と言っても本当の家族じゃない僕ら。

適当な距離感ってのがきっとあるはずなんだ。

何が良くて、何がダメな行為なのかはまだ全然分かってないけれど、彼氏にも悪いし、少しづつ距離をとっていかなきゃな、そう思った。

正直それを考えただけでも辛いけど、僕達が大人になるにはこんな経験も必要なんだよね、きっと。


それにしても、彼氏か…

まだ茜が彼氏と一緒にいる所を見たわけじゃないから、今の所彼氏に嫉妬みたいなものはないけれど…きっと見たら凹むんだろうな。

…と、少し寂しくなる。


……あぁ…そういえばあの時の横顔、綺麗だったなぁ…


なんだか女性の魅力に溢れててさ、まるで茜じゃないみたいだった。


いや、茜ではあるんだけど、いつも隣りにいる茜ではなくてさ…


…はぁ…凄い。

思い浮かべただけでポーッとなっちゃう。


ずっと見ていたかったし、出来れば触れてみたかった。


また会いたいな……


……ってあれ?


…これって……もしかしたら恋……なのか?


………そっか……僕は、10年以上隣にいた君に、今日、初めて恋をしたんだね…




ってどんなタイミングだよ!!

笑える。


そして気付いた時には既に失恋してました…とか。


あーあ、面白すぎて泣けてくるわ。

ほんとに…





今日、僕は恋を知り、失恋を知った。


そして、枕が濡れた。

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