第2話 僕の未来予想図

川を眺めていた最中に唐突に呟かれた茜の『告白を受ける』宣言。

それを聞いてからというもの、ずっと僕の思考と感情は混沌を極めている。


一体どんな顔をしたらいいの?

一体どんな会話をしたらいいの?


大体、これからは茜とどう接していけばいいのか……





「泣いてる?」





先程からずっと続くこの混乱のさなか、長い沈黙を破ったのは茜のそんな一言だった。





「あれ?ホントだ……あれ?なんで?ちょ……止まらない…」



いつの間にか勝手に流れ出ていた涙。

恥ずかしいし、自分でも訳が分からくて慌てる僕。



「ちょっと……やめてよ…私も…泣いちゃう」



そう言いながら、心配そうに覗きこんで僕の涙を拭っていた彼女もまた、つられるようにして大量の涙を流していた。



「お、おい、バカお前、何で茜まで泣いてんだよ……アハハッ!」


「ふふっほんとだね……アハハッ!」



僕らは互いの涙を互いに拭いながら笑い合った。

……うん。ふつーにシュールだ。


こうして、少しの間そんなシュールな行為をしていた僕らだったけれど、泣いて笑っていたらなんか落ち着いてきた気がする。


はぁ、それにしても、一体僕は何故泣いていたのだろうか。

茜はまぁ、ただのもらい泣きだろうけどさ…



……うーん……まぁ…いっか、おかげで何かスッキリしたし。



「あーあ、袖びっちゃびちゃ。よく分かんねーけど、茜、泣かして悪かったな。あと、おめでとね」



二人して泣いて笑ったおかげで先程までの混乱が落ち着き、すっかりといつもの調子を取り戻せた僕。

恋人獲得、というこの茜のめでたい門出を、清々しい心持ちでもって素直に祝福の言葉を述べることが出来た。



「え?あ……うん…えっと、そんな事よりさ、ミナ…何で泣いてたの?」



…あれ?

てっきり笑顔で「ありがとう」と返されるとばかり思っていたのに違った。

茜の反応は僕が思っていたような明るいものではなく、いやに真剣な眼差しで、声色もどこか固いものだった。


…っていやいやいや、それにしてもさ、そんなこと改めて聞いちゃう?

しかも真顔で。

そこは流せよ、空気読んでよ。

泣いていた理由を改めて話すとかさ、ふつーにハズいわ。

いやほんと、なにこれ、何かの罰ゲームですか?


……ったく、マジでなんだよ。

さっきは茜だって盛大に泣き笑っていたくせにさ……


つーかさ!「そんな事より」ってなんだよ!

一応僕の心を込めた「おめでとう」だったんだけど?!


……はぁ。

しかし、何で…か。


涙の理由……正直なところ自分でもよく分かっていない。

なんたって茜に指摘されるまで気付かなかったくらいなんだから。


だから、「答えになるか分からないよ?」と一つ前置きをした上で、沈黙の10分間で僕が何を考えていたのか、それを話してみる事にした。



「えーと、まず思ったのがさ…」


「うん…」


「告白を受けるって言った後の茜の横顔がさ、凄く綺麗だと思った。夕日に照らされた真顔の茜がすっごく美しくて、今までで見た事がないくらいに綺麗で、なんか、大人っぽくてさ、正直ドキッとしたんだ」


「…え?」


そんな僕の言葉に目を見開いて驚く茜。

だよね、無理やり言わされた事はあっても、僕が自分から茜を可愛いとか、綺麗だなんて今まで言った事ないもんね。


「今日僕に伝えるのさ、きっと凄く悩んだんだろ?この関係が保てなくなる怖さとか、僕が拗ねたら嫌だなーとか考えてさ」


「えと…」


「でもさ、覚悟を決めて茜は言った。茜は現状を変えることへの恐怖と戦ったんだ。そんな、茜の覚悟が篭った横顔がさ、僕にはとても大人っぽく見えて、凄く綺麗だと思った。そして…」


「…そして?」


「……寂しくなった、かな」


「…寂しく?」


「うん。なんか、置いて行かれちゃったなーって。ついさっきまではさ、僕らは並んで歩いていると思っていたのに、いつの間にか茜は先に進んでいたんだな。ってね」


「…そんな事ないよ……」



そう言いながら申し訳なさそうに俯いた茜。

いや、実際茜は凄いよ?

だって、恋を知った茜は間違いなく僕より先を行っているんだから。



「茜、僕はさ、いつか茜と結婚するもんだと思ってたんだよ」


「 えっ?! 」



…いや、声大きいから。

ビックリするっての。

ほら、散歩中の犬も驚いて跳ねてたぞ?可哀相に。

そんで飼い主のおばさんから僕はちょっと睨まれた クッソ。

なんか悔しい。

だから注意と憤りを篭めた目で僕は茜を睨んでやった。



「ご、ごめんて!余りにビックリしちゃって!で、でもそれホント?!ミナは私と結婚したかったの?!私の事好きなの?!ねぇ!!どうなの?!」



うわっ 

何かグイグイくる!早口だし。

つか痛い!掴まれた腕が痛い!千切れちゃう!



「な、なんだよ!焦んなって!腕痛いって!落ち着けよ!」


「あ、ごめん…でも…だって…」



また何故か涙を溜めながら僕を見つめ出した茜。



え、何これ。

振ってごめんみたいな感じ?

「私にはもう恋人となる人がいるの。だからその気持ちには答えられない!ごめんなさい!」的な?!

え、僕振られたの?違うよね?!

…やめろよ、また泣くぞ?



「いやいや、好きに決まってんだろ?僕ら何年一緒にいると思ってんだ?…好きとか大好きなんてとっくに超えた何かだよ、既に。…ただ、なんか家族って感じじゃん?僕ら。…だから茜が恋人になるイメージがどうにも浮かばなくてさ…。今さらキスとか、エッチとかの関係になるのが想像出来ないんだよね。…だけどね、その癖にさ、僕らに子供がいて、大きな犬とか飼ってて、ニコニコした茜が側にいて、皆で楽しく食卓囲んでいる風景なんかはさ、簡単に想像出来ちゃうんだ。…だから、漠然とね、茜は奥さんになる人なんだろな…って思ってたんだ」



「なっ………」



僕の未来予想図を聞いて、いかにも『絶句』みたいな感じで口を開けたまま固まる茜。


え、そんなに意外だった?


僕に対しては茜だってそんな感じじゃないの?


え、僕だけ?


やだどうしよう…はっず。


……けどまぁ…この際もう何でもいっか。えーと、何故僕が泣いたのか、の続きね?ちょっと恥ずかしいけど、この際だから話すとしますか。



「えっとね、結婚の事はひとまず置いといて、結局僕が泣いたのはさ、娘がお嫁に行っちゃう親心みたいな寂しさと、今まで僕は茜との関係を壊すのが怖くて恋愛に向き合ってこなかったのに、ちゃんと恋に対して向き合っている茜に対する嫉妬と尊敬?みたいな感覚、それから、単純にこれからはあまり茜と過ごせなくなっちゃうなぁーみたいな寂しさとか、今までの思い出とか、そんな色んな感情が重なって涙になって溢れた…って感じかな?…うん。たぶんそんな感じ」



おぉ…どうにか上手くまとまった。

うんうん。

と僕が満足気にしていると、茜は俯いたまま小さく「…ごめん」と呟いた。


つかやめて?茜に謝られちゃうとさ、やっぱり振ってごめんね感が凄いから!

確かに、さっきの僕の発言はプロポーズに聞こえるけれど違うからね?ただの僕の妄想的なアレだからね?一緒に泣いて笑ってくれたおかげで、今はスッキリサッパリと祝福の気持ちでいっぱいだからね?妹だか姉だかは分かんないけど、独り立ちする家族を見送る的な?だからさー!やめてよこの空気ー!



「と、とにかく帰ろーぜ茜!」



謎の敗北感やら、どうにもいたたまれないこの空気に耐えられなくなった僕は、茜の手を掴んで帰宅を促す。

「うん」と返事はするものの、一向に動こうとしない茜を引っ張って強引に立たせる。

すっかりと冷えきっていた茜の右手を握ったまま、一緒にポケットに突っ込んで河川敷を後にした。


家までの道中、何故か茜は終始俯いたままで、何度話しかけても適当に返事をするだけだった。

そんな僕らがギクシャクしたカップルのように見えるようで、すれ違う人達から「何かあったのかしら…」みたいな微妙な視線を何度も浴びた。


そんな同情するような視線が気になったし、茜の煮え切らない態度が気持ちが悪かったけれど、自宅に着いた所で「ミナ、また明日ね!」といつもの笑顔を見せてから茜は家に入っていった。


「お、おう…」


なんなんだよ…

道路にポツンと取り残された僕。

そんな僕を慰めるように、「ジジジッ…ジジッ…プンッ」と小さく音を立てて街灯が灯った。

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