冥府の神と管理者と
――これはAI女子達のお茶会との同時刻での出来事だ。
「……ハーデス君、弁解はある?」
「ない、我は役目を果たしただけだ」
「はぁぁぁぁぁ、ケテルちゃんから報告あったから繋いだけどさぁ……本当になんで小っちゃくなってるの……お姉ちゃんびっくり」
管理AIと話せるPCに映った小さくなった冥府の神。
この報告を聞いたときに耳を疑ったどころか……働き過ぎの幻聴すら思ったんだけど、本当にこの神は小さくなったらしい。
「罪状を読み上げ上げますが……イベント期間中に試練と称してプレイヤーと戦闘する、褒美として追加の御霊を授ける――これ役満ですね。擁護できません。しかも一回やられてますし、貴方は本来なら戦闘を行わない筈ですよね? マスターの言った通り何か言い訳はありますか?」
「そう言われると頭が痛いが、我も最初はⅣゲージ削られたら止めるつもりではあったぞ?」
攻めるケテルちゃんと全く悪びれないハーデス君。
セフィロトモチーフに作った管理AI彼女たちと、根本から違うハーデス君達は少し仲が悪いの知ってたけど、口撃出来る隙が出来てケテルちゃん嬉しそう。
「では、なんで一度敗れたんですか? その瞬間のデータ一切残ってないので、ちゃんと説明して下さい」
「倒されるつもりはなかった。ただ我が英雄を見誤っただけだ。あのプレイヤーは試練を乗り越えた上で我の命に刃を届かせた――それしか言えぬな」
「それがこのざまと……はぁ、冥府の神も落ちぶれましたか?」
「はーい二人ともストップ。本当に空気悪いから落ち着こうね? でさ、ハーデス君。一つ聞かせて」
一触即発どころか、ハルマゲドン……あ、ラグナロク?
いや――ギリシャだからティタノマキアかな……とか呑気に思ってたけどこのままだとガチの喧嘩が始まりそうだから私はそこで止めて話題を変える。
「なんだ氷柱嬢?」
「戦ったのはおとうとくんだよね?」
「……む、汝の血縁者は妹ではなかったか? 弟が居るとは聞いてないが」
「おとうとくんはおとうとくんだよ?」
いったい、何を言ってるだろうこの神様は?
……おとうとくんはわたしのおとうとくんなのに。あ、これは紹介した方が良い感じかな? 仕方ないな、ここはちゃんと教えてあげないと。
「えっとね。まず最初にわたしはお姉ちゃんなの。だからおとうとくんはおとうとくんなんだ。そもそも小さい頃はずっと一緒にいたし、この先家族になるからね」
「…………なぁケテル殿、氷柱嬢は何を言っている?」
「初めて貴方と意見が合いましたね、理解したくありませんこれ」
うーんこれでも足りないのかぁ。
じゃあもう一押しだね。
「え……まずね、わたしは雪ちゃんのお姉ちゃんなの。だからおとうとくんのお姉ちゃんでもあるんだよ? 分かったかな二人とも」
「……データでは知ってましたが、これが恐怖という感情ですか」
「デイモスでもここまでの恐怖は与えられぬぞ?」
何でわたしはギリシャの恐怖を司る神と同一視されるどころかそれ以上の恐怖を与える存在として認識されてるんだろう? これが人と神とAIの違いかなぁとか思いながらもわたしは逸れた話を戻すことにする。
「話戻すんだけどね、おとうとくんは強かった?」
「……強かった。神代にいたら英雄にはなるくらいにはな」
「うん、それが聞けたならいいや。今回のことは不問にしてあげる……でも、あんまり好き勝手にやるならわたしでも怒るからね?」
「あぁ肝に銘じておこう」
「よろしい、じゃあ解散かな? ケテルちゃんもお仕事戻って良いよー」
という事にして、わたしは二人に持ち場に戻ってもらい一人でパソコンを操作する。普段管理AI達に任せている部分を自分で確認し一人のAIのことを呼び出した。
「ふふふやっぱりこの願いはいいなぁ! 本当にとっても歪で真っ直ぐに歪んでて……すっごく綺麗、しかも持ち主は――えへへへへ、だいすき」
でも呼び出しても来なかったので、わたしは画面を彼女の宮殿へと切り替える。
そこに居たのは黒髪の少女、ボロボロの衣服を纏い千切られた鎖をアクセサリーとして付けてる彼女は恍惚とした表情を浮かべながら笑っていた。
「……おーいビナーちゃん? 大丈夫?」
「邪魔しないでよマスター、今は御霊観察で忙しいんだ」
「えっとね本当に大事な話だからちょっと時間貰いたいなーって」
「――ふーん。まあいいよ、でもその代わりお願い聞いてマスター」
ビナーちゃんが……お願い?
え、なにこれ。人間が大好きで観察して理解することだけが生き甲斐って言ってたこの娘がわたしにお願い?
ハーデス君が小さくなったとき以上の衝撃に言葉を失ってしまったが、しっかり仕事しなきゃいけないので彼女に頼み事をする。
「セツラってプレイヤーの御霊情報見せてくれない?」
「――――うんいいよマスター! まさかマスターも見たかったなんて、それならもっと早く言ってよ!」
おとうとくんのことを調べようと名前を出せば、急に笑顔を浮かべて上機嫌になるビナーちゃん。初めての反応に疑問符を浮かべれば、宝物を見せたい子供のようにわたしにおとうとくんのデータを見せてきた。
「性能は知ってるから願いを教えて。どういう願いであの子は生まれたの? ビナーちゃんは全部覚えてるでしょ?」
「うん、どうでもいいのは忘れたいけど――セツラのはちゃんと覚えてるよ! 願いとしてはね――何を犠牲にして何を代償に払ったって最強に勝ちたい、現れた理不尽に負けたくない。それこそ自分の全てを賭け金に何としてでも最強を降す。誰にだってその席を渡したくなくて、自分以外がそこに辿り着くのは許せないだって」
「……おとうとくんらしいね」
「すっごく綺麗でしょ、ますたぁ。傲慢で強欲で怒ってて嫉妬深くて――歪なのに真っ直ぐで歪んでるのにとても綺麗で……どこまでも足りないからどこまでも求める大きな渇望――えへへ本当に生きてる人間らしくてさぁ」
……あー。
このゲームのAIを作った時点で何人かのAIにおとうとくんは気に入られると思ってたけど、ビナーちゃんに気に入られるなんてこれから大変だよおとうとくん。
「あ、聞き忘れるところだった。ねぇビナーちゃん……おとうとくんの御霊って本当に彼から生まれたの?」
「――間違いないよマスター、ちゃんと彼の魂から願いからあの子は生まれた」
「何か隠してない?」
「まさか、私程度がマスターに隠し事できるわけないよ。あ、お願いなんだけどセツラに会いに行っていい?」
「流石にダメだよ?」
「ケチマスター……まあいいや、機会探すから」
そこで会話は終わり。
……色々と成長してくれるAIに喜べば良いのか、隠し事するような反抗期に悲しめばいいのか分からない。けれど、これで分かった事があるわたしが探してたモノはやっぱりおとうとくんが持っていたと。
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