第44話:冥府の試練の報酬は……
生まれた時から皆と色が違かった。
銀の毛並みに魂を砕くコキュートスの冷気、硫黄の灼熱は岩礁の如くであり、爪も牙も――全部が全部同じじゃなくて、いつもひとりぼっちだった。
ある時、知らない声を聞いた。
この冥界には怨嗟しか響かず、それ以外の声など皆の遠吠えしかないはずなのに……その声は冥界に色をもたらしたのだ。
皆が初めて見るその男に、声に、音色に、見惚れ聞き惚れ祭りを開いた。
だけどその時ですら仲間に入れないボクはひとりぼっちで――ずっと……ずっと洞窟の中に隠れてた。
だってぼくは皆と違うから、銀の毛並みを持って生まれてしまったから一人で居ないといけなかったんだ。
亡者も巨人も魔物達も――皆がぼくを恐れて寄ってこない。
生まれた時から持っているそんな問い、生まれた時から違うという感覚に何度も泣いたこともある。
親も仲間も誰もいない――ずっと一人の冥府の番犬。
――ひとりぼっちの薄汚い銀の獣、それがぼく。
「貴様は……その在り方でいいのだ。いつかナニカを見つけられる――それが特異なる貴様の運命だからな」
でも、神はボクをそのままでいいといったのだ。
――だから、それが嫌で何度も亡者を喰らった。
そうすれば黒く染まれると思ったから、皆と同じになれると思ったから。
だけど、どうしてか……皆が遠ざかる。
どれだけ群れに焦がれても、孤独が嫌だと吠え続けても、どこまでも一人だったんだ。
喰って殺して切り裂いて、砕いて燃やして貪って――どれだけ黒くなろうとも、どうしてもどうしてもボクは銀のまま。薄汚れた銀の毛並みのままだった。
そんな生活を幾星霜と繰り返して、出会ったのが歪な少女。
『む、面白いなこの犬は……美しく綺麗な銀の毛並みだ』
初めて褒められた。
どこまでも嫌われていたぼくの体を綺麗だと――呪われたぼくを褒めてくれたのだ。名前をくれたおやつをくれた……遊んでくれたんだ。
初めてだった。
こんな経験は奇跡だと思った。
そうして連れられた先で出会ったのが、その子の主だった。
つけてくれた名前を呼んでくれた――仲間と言ってくれた。ぼくを認めてくれたんだ。頼ってくれて、褒めてくれて、ぼくを綺麗と言ってくれた。誰も触れなかったのにお構いなしに撫でてくれた。
【銀珠】
二人がくれた大切な名前。意味は分からないけど、とても綺麗な宝物。
だからぼくは恩返しの為に神に牙を向けた。
案内して初めて誰かの為に爪を振るった――二人のために冥界の敵となって、最後は彼を守ったんだ。
もう声は聞こえない、撫でられない――でも、それでいい。
二人が生きてくれるなら、ぼくはそれだけで生きたと言えるから。
――――――
――――
――
とどめの一撃がハーデスの体を切り裂いて、彼の体からポリゴンを散らし始める。
「ッ――見事だ英傑」
達成感それと一緒に襲ってくる虚無感、勝ったはずなのに――どうしてか心にぽっかり穴が空いたみたいだ……。
「貴様は危険因子だ――だが、同時に我を倒した英雄でもある。誇れ、貴様は冥府の王を認めさせたぞ!」
消えていくハーデス。
完全にその場から消滅し、訪れるは暫しの静寂。
壊れた闘技場のみが残ったこの場所で、少しすると俺は誰かに後ろから頭をぐりぐりとおさえつけられた。
「っし、よくやったなセツラ」
「凄かったぞ!」
実行犯はレイナ。
労うように声をかけてくれて、それに合わせてムラマサも褒めてくれる。
「……オルフェウスは?」
「僕はもう動けないかな? ――スタミナないしエーテルも使い過ぎちゃったから」
「なにがあったか分からないが、まじでありがとな」
「どういたしまして、僕も友達守れてよかったよ」
彼に手を差し伸べて、倒れる彼を立ち上がらせる。
向き合い――彼が生きてたことに安堵しながら、俺は一点を見つめた。
「あれ、銀珠ちゃんは?」
「銀珠は……死んだよ。俺を守ってハーデスに殺された」
「――――そっか」
言葉はいらない。
会ったばかりの俺をどうしてあいつが守ってくれたか分からないが、あいつが俺を庇ったのは事実。どんな思考があったか知るよしもないが、あいつは自分の意志で俺を守ったんだ。
[そろそろ説明求む]
[あの、その方レイナ様ですよね?]
[刀神もいて草]
[なんだこのイロモノパーティー]
そういえば俺、今配信してるんだった。
……完全に忘れていたが、今この光景は全世界に流れている。
勿論、エタファンのプレイヤーも見ているわけで……コメント的にはめっちゃ加速していた。比率としては状況に対する説明要求が4割でレイナに関する事が5割くらい。
「どっちから説明すればいいんだ?」
「あ? そんなのオレとセツラが友達ってことだけでいいだろ?」
[ぶっkillyou]
[死罪、判決死罪]
[クリーク! クリーク!]
[今から冥界向かいます、理由? そんなの決まってるだろ]
[冥府にお前の名前を刻んでやるよ]
[セツラの墓は毒沼の中だな]
……あれ、これもしかしなくてもヘイトやばい?
レイナの影響力は知らないが、これまずいというか……あまりにも殺意が。
「おま、お前等落ち着け? ただ小学校ぐらいから付き合いあるだけだから」
[油……かな]
[デスorデス?]
[負ければよかったのに]
あ、地雷踏んだ。
これどう収集つければいいんだ?
……感傷に浸る間もなく、怒濤の殺意に晒された俺はどうするべきか悩んでいたのだが、急に配信が落ちた。
「……なんだ?」
「セツラ君、なんか腰元にいるけど……それ、なに?」
「それって?」
「む、やっとわれに気付いたのか、えいゆう」
言われて腰辺りをみれば、そこには長いバイデントを持ったショタがいた。
顔はハーデスを幼くしたようなもので将来は凄くイケメンになるんだろうなと思えるような顔だ。
「お前、誰?」
「はーですだ……いちど死んだから小さくなりはしたがな」
「なんで?」
「きさまがわれを倒したからだろう? こっちの体を作るのも大変なのだ。まぁあらためて名乗ろう――冥府のかんりAIのはーですだ」
なんか威厳が完全に消えて、ちゃんと発音すら出来なく生っているハーデスがそこには居た。
「NPCじゃなくて?」
「なわけなかろう、ただのNPCがかんりコードなど使えるはずがない」
「管理コードって何だよ」
「やはり記憶がとんでいるのだな。まぁしかたないだろう」
不遜な態度でそう言ってくる冥府の神。
さっきの姿と乖離しすぎているせいで、本物か疑いたくなるが……この口調と態度はきっと本物だ。
「さぁ、英雄――そろそろ褒美の時間だ」
「褒美?」
「あぁ、我は王。試練を乗り越えた者にには褒美を渡す……それで何が欲しい?」
そう言われて咄嗟に欲しい物なんて出てこない。
さっきまで死に物狂いだった訳だし、そもそも何かを貰おうと始めた物ではないからだ。
「――いや,あった。オルフェウスの竪琴と奥さんを返してくれ」
「それは褒美にはならぬぞ、竪琴はもうぐしゃの手の中、エウリュディケーを監禁する意味もないので解放しよう。だから別のものを求めよ」
「じゃあ――お前は冥界の神なんだよな?」
「あぁ、われこそが王にして――この冥府の神である」
「ならさ、銀珠を弔ってくれ。あいつは俺……俺達の仲間なんだ」
心からの願い、本心からあいつが休まるようにと彼に安息を約束させる
疲労して出てこれない禍津もきっと同じ事を願うはずだから、この願いだけは叶えて貰わないと困る。
「我に番犬を弔えと?」
「あぁ、絶対そうしろ」
「――しかし、われは今回敗者であり、それだけでは褒美として足らん――だからおまけを付けてやる」
ハーデス(ショタ)がそう言うと、どこからか銀の光りが降りてくる。
それは、俺の体の中に吸い込まれて――次の瞬間世界を閃光が埋め尽くした。
「あ……ぼく、生きてる?」
閃光が止み目の前に居たのは犬耳のパーカーを着た銀髪の幼女。
両袖に犬が刺繍されたその子供は俺を見るなり泣き出した。
「生きてる? セツラ、守れた! ――禍津は、禍津は何処!?」
俺の名を叫び、禍津を探すその幼女は初対面の筈なのにどうしてか誰かを重ねてしまう。
「……おまえ、銀珠か?」
「銀珠――ぼくは銀珠。あれ、でもなんで生きてるの?」
「ハーデス? お前銀珠に何した?」
「御霊として貴様に授けた。元々素質はあったからな」
「……は? そんな事出来るのか?」
「管理AIの一人だそれに魂を扱うのは我の得意分野。だが……まぁ、氷柱嬢に何か言われるだろうが、英雄を見れたんだそのぐらいは安い」
御霊は個人に一つ、二つに分かれるモノもあると聞くが……一人に二つ授けるのはどうなのだろうか? そう思ってしまったが、銀珠が生き返ったことを今は喜ぼう。
「出来た理由はこの番犬が特異な魂を持ってたからこそだ」
「……あんた意外に優しいんだな」
「褒美を与えただけだ――直に我の妻がエウリュディケーを連れてくるだろう。貴様等はそれから帰るが良い」
小さいハーデスは、そうして後ろに振り返り、奥の神殿へと戻ってしまった。
……皆が黙りこくる中、銀珠だけが動き回る。
「セツラ――ぼくは一緒にいられるの?」
「そうらしいな、よろしく頼むぞ――銀珠」
【ミソロジークエスト:冥界下る銀の調べを攻略しました】
【御霊・銀珠が授けられます】
[あとがき]
次回、三章エピローグです。
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