第43話:銀の調べは歌を奏でる


 銀珠ちゃんに運んで貰い、警備を倒してレイナ嬢達と共に宝物殿に辿り着き、僕は自分の竪琴を見つける事が出来た。だけどその竪琴にはかつてのような銀の輝きはなく、僕が触れようにもすり抜けてしまう。


「――やっぱりダメか」

「やっぱりってじゃあ何しに来たんだよ!?」

「また亡者が来るよ二人とも、あたしがなんとかするからはやく目的を達してくれ」


 竪琴は僕の手には戻らない。

 それは一度手放した以上わかりきっていたこと、僕の魂――授けられた御霊であるこの竪琴は一度別の神の手に渡ってしまえば許可が下りるまでは戻らないと分かっていた。


「でも、それでも――諦められるか」


 今あの場では一人で彼が……僕の友達が戦っているんだ。

 だから――諦めない。僕達の為に戦ってくれた彼に答えるために、僕が立ち止まっているわけにはいかない!


「君が怒ってるのは分かる――許せないのも理解出来る……だって僕は君を一度手放したから――――でも、もう一度。たった一度で良いから応えてくれないかい?」


 懇願するように祈るようにして竪琴に思いを伝える。

 僕の本気を――御霊に届かせるように。


「頼む、頼む――セツラ君が、僕の初めて出来た友達が戦ってるんだ! 何も出来ないのは嫌だ。あの時みたいに誰かを失うのは嫌なんだ――だから、お願いだ」


 だが、光らない。

 かつての輝きは取り戻されず冷たい風だけが冥府に流れる。


「だめか――でも、僕は!」

「ウザ男一体抜けた! 避けろ!」

「間に合わない、刀を投げても無理だぞ!」


 命の危機だとか知らない。

 亡者が僕を殴るが、それでも手を伸ばす。

 竪琴に――銀の調べを放つ、僕と妻のとても大切な宝に……。


「まったく……仕方の無い持ち主ですね。許せませんが、力を貸しましょう」


 声が届いた。

 僕の耳にはっきりとした女性の声が。


「――一年ぶりの演奏です。気合い入れて合わせなさい?」

「――あぁ、いくよアステール【第一演目――ケラウノス・ジュピター】」


 雷が轟く。

 歌を歌えば竪琴を奏でれば、星が生まれるように巨大な何かが作られて亡者の群れを焼き払った。


「おまっそんな事が出来たのか!?」

「亡者が全部消えた……」

「まぁね! 僕達が揃えば無敵さ! ね、アステール!」

「自惚れないで下さい、何があったか知りませんが友達を助けるのでしょう?」


 僕の隣にいるのは夜空のような黒い髪を持つ女性。

 子供の頃から一緒に居るその御霊は、咎める様にそう言った。


「そうだね、セツラ君を助けに行こう!【外伝――タラリア】」

 

 奏でれば僕達に装備される翼の生えたサンダル。

 それを着けると僕達は空を飛びはじめて――さっきの闘技場まで移動を始めた。


「これでひとっ飛びさ! 僕に感謝するといいよ二人とも!」

「更にウザくなったなこいつ、殴って良いか?」

「我慢した方がいいと思う、落ちたら嫌だしな」

 

 うーん辛辣、だけど僕はめげないぜ。

 アステールを取り戻した僕は無敵、どんな敵もハーデスだって怖くない!

 ……そうして戻った闘技場、だけどそこには異常な光景が広がっていた。


「ッ飲まれるな旅人、この世界すらそれは飲み込むぞ!」


 叫ぶハーデス。

 神らしくない慌てように何があったか見てみれば、そこには防戦一方となる神の姿を見ることが出来た――でも、戦ってる筈のセツラ君の姿が見えない。

 見えるのは黒い靄。

 それを認識し何か理解した瞬間に襲ってくるのは死の恐怖。

 いや、もっと根源的な何かだ――あらゆる負の感情を煮詰めたようなそのナニカ。

 それは人の形を取っているが、化物にしか見えない。


「あれ……は?」

「何だあれセツラか? ――待て、配信を確認する……って強制終了されてるだと!?」

「え、あれが……セツラ君?」 


 近付いて目を凝らしてみれば、それは確かにセツラ君そのものだった。

 でも、違う。

 姿は勿論だが、気配が存在が何もかも彼とはかけ離れている。

 少しセツラ君が手を動かした――その瞬間、黒い靄が刀となってハーデスの体を串刺しにせんと動き出し、泥のような黒を撒き散らしながら冥府を侵食していく。


「バイデント、解放するぞ!――【タルタロス・オリジン】」


 ハーデスが解放する御霊の秘技。

 それは奈落の神の名を冠する物であり、巨大な穴が彼を飲み込んだ。

 この技の詳細は父であるアポロンから聞いた事があるが、全てを無に帰す最悪の技であるらしい。


「しゅくごう――かい、ほう――八十の太刀、改め……神咒の大太刀しんじゅのおおたち


 だけど、それは――巨大な刃によって破られた。

 黒く濁った呪いそのもののような――純粋な悪意の塊が、冥界の一部を両断した。


「敵は、殺す――命を喰らい咒に祈り、八十を束ねて呪いを生む――我が名は」

「この国の神格は呪いから成るモノだとは知っていた――我が名にかけて貴様の名は叫ばせん。【管理コード:クロノス】忌々しい父の名を使いたくないが、我にも任された物がある――停めさせて貰うぞ禍津神」


 それは知らない言葉。

 だけど発動させるのはダメだと分かる。

 いま僕には何が出来る? いや、違う出来るじゃない守るんだ。 

 あのままだと、彼が危ないという予感がする――何が何でも守らないといけない。

 だから僕は空を駆け、間に入り――竪琴を鳴らす。


「――ッオルフェウス! 貴様、何をするつもりだ!?」

「友達は守りたいからね。行くよアステール! 最高の一曲を奏でよう!」

「あの旅人が助けたい方ですか、変わりましたねオルフェウス――なら私も応えましょうか」

「「さぁ歌い奏でよう【終曲――銀命の調べ】!」」

 

 旅人曰くMP、僕達風に言うならエーテル。

 そしてスタミナと呼ばれる概念全てを注いで使えるアステールと僕の……僕等の秘奥。妻が大好きなこの一曲の恩恵は――全ての状態を戻すという物だ。

 攻撃は発動前に、異常は正常に……運命をゼロに戻す僕達の究極技だ。呪いも原初の神の御業すらもこの演奏の前では戻される。


「さぁ、戻ってくるんだセツラ君。頑固な神に一撃ぶちかまそうぜ!」


――――――

――――

――


 声が聞こえた。

 友人の声だ――それは何処かに堕ちていた意識を呼び戻し、俺を引き上げてくれた。


[配信戻った!?]

[大丈夫かセツラ!?]

[何その姿……]


 何があったか分からない。

 ただナニカに飲まれて刀を振っていたことだけは覚えている。


「戻ったようだが、貴様は危険だ――その命奪わせて貰う」

「誰が、殺されるか――ストックは最大、何があったか知らないが減らした体力も過去一――それに今だったら何でも出来る気がする」


 謎の高揚感と全能感。

 ……意味不明な量のバフに加え、オルフェウスのうざったい笑顔が体力バーの上に見える。背中を押されていると感じて、俺は八十の太刀を解放すると同時に霹靂神に纏わせた――そして居合いの構えを取った。


「何があった説明しろよセツラ! 【充填加速】」

「あたしも手伝うぞ! 【武器昇華】」


 どこかから、俺の行動を見た瞬間にかかる見知らぬ魔法とスキル。 

 それは一瞬で居合いのチャージ時間を終わらせて刀を光らせ――。


雷禍一閃八十の太刀らいかいっせんやそのたち、これでしまいだ冥府の神様!」


 全て乗せた一撃が、神の体を切り裂いた。

 

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